アニメ様365日[小黒祐一郎]

第430回 川尻善昭の『妖獣都市』

 川尻善昭の名前は知っていたが、『妖獣都市』を観るまで、作家としてここまで強烈な個性を持っているとは思わなかった。しかし、それも当然と言えば当然だった。それまでの彼は、アニメーターや画面構成としての仕事がメインであり、演出家としての仕事は少なかった。彼が画面構成を務めた『夏への扉』と画作りのセンスが近いと気づくのは、『妖獣都市』を観てしばらく経ってからだった。

 『妖獣都市』以前に彼が監督としてクレジットされた作品は『SF新世紀 レンズマン』『Manie-Manie 迷宮物語』だ。『SF新世紀 レンズマン』では広川和之と連名でクレジットされている。これは彼にとって「絵コンテだけ描いてくれ」と依頼された作品であり、自分がアニメーターとして描きたいものを、コンテで描いただけだった。絵コンテのみの参加だけのはずだったのが、制作現場をまとめる事になり、結果的に監督としてクレジットされる事になった。だから、自分が監督だという意識で参加した作品ではなかった。
 『Manie-Manie 迷宮物語』はオムニバス作品であり、その中の「走る男」を監督している。「走る男」のハードなタッチの作りは、『妖獣都市』に通じるものであり、彼にとって『妖獣都市』に到達するためのステップとなった作品であるのは間違いない。ただ、『迷宮物語』の公開が遅れたために、『妖獣都市』の方が先に世に出ることになった。僕も先に『妖獣都市』を観ている。「走る男」を観ていなかったため、『妖獣都市』の登場はよりインパクトのあるものとなった(ちなみに「走る男」の画作りは『妖獣都市』よりも遙かに濃厚なものであり、『Manie-Manie 迷宮物語』初見時には、その点で驚く事になる)。
 その「走る男」も「こういう画を動かしたい」という気持ちでやっていたのだそうだ。この作品も、彼にとってアニメーターとしての仕事の延長だったのだ。以下、「PLUS MADHOUSE 2 川尻善昭」のロングインタビューから引用しよう。


小黒 ということは、次の『妖獣都市』は、それまでの作品とはかなり取り組みの違うものだったんですね。
川尻 全然違った。『妖獣都市』は、自分が山田風太郎が大好きだったというのが大きい。映像作品で、そういうものはかつてなかった。菊地(秀行)さんの原作を初めて読ませてもらって「ああ、こんなかたちで山田風太郎の世界を!」と思った。
小黒 『妖獣都市』の原作を、山田風太郎的だと思ったんですね。
川尻 そう。こういう新しいかたちで、あの世界を作れるんだ、と思った。自分もそういう世界が好きだったし「これの映像化は自分にしかできないな」と思った。原作を読んで「俺だったらこういう妖美の世界をこう見せる」というイメージが、自分で止められないくらいの勢いで、どんどん湧いてきた。それで、絶対面白くなると思った。初めて「自分が『こういうのが面白い』と思ったことを人に伝えたい!」という意識が生まれたんだ。
 それ以前の作品は、自分がアニメーターとして満足すること、自分の好きな映像を作りたいだけだった。自分が「面白い!」と思ったことを伝えたいと感じた初めての作品だし、伝えるためにはどうすればいいか考えた初めての作品だった。フィルムに対する創作意欲、それがもの凄く湧いた作品だった。


 『妖獣都市』は国内だけでなく、海外でも大ヒットを記録。その後、川尻善昭は監督として『魔界都市〈新宿〉』『MIDNIGHT EYE ゴクウ』 『CYBER CITY OEDO 808』『獣兵衛忍風帖』と、次々にハードなアクションものを手がける事になる。

 彼は『妖獣都市』を手がけるまでは、監督をやりたいとも、ハードな作品をやりたいとも思っていなかったそうだ。この作品を作っていく過程で、自分がやりたいもの、自分の個性に気づいたのだ。『妖獣都市』は川尻善昭の映画作家としての才能が一気に花開いた作品だ。才能が作品に漲っている。

第431回へつづく

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カラー/80分/片面1層/スタンダード
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PLUS MADHOUSE 2 川尻善昭

構成・編集/スタジオ雄
価格/2310円(税込)
体裁/A5判
頁数/192頁
発行/キネマ旬報社
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(10.08.16)