アニメ様365日[小黒祐一郎]

第444回 『神々の熱き戦い』のプロローグ

 今回は『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』のプロローグ部分について触れる。最初の舞台は、東シベリアの氷原だ。1人の男が、仮面をつけた兵士達に襲われていた。そこにキグナス氷河が現れて、仮面の兵士達を蹴散らす。彼が高く宙を跳んだ時、背後の空にオーロラが輝く。氷河が傷ついた男を抱き起こすと、彼は「ああ、アスガルド! ワルハラ宮が! 神々の闘いが、始まる……」と言う。アスガルドとは、北欧神話の神の国だ。そこそで何か異変が起きようとしているのだろうか。
 次の場面は日本だ。そこは沙織の屋敷なのだろう。氷河から報せを受けた沙織、星矢、紫龍、瞬が、アスガルドに向かう事を決意する。このシーンの最初で、星矢が曇った窓ガラスに、指で「ASEGARD」と書く。その描写で、何か濃密な空気感を出している。このシーンの終わりから、重々しい男声コーラスがはじまる。後で触れるが『神々の熱き戦い』という映画にとって、コーラスを使ったBGMは非常に重要なものだ。
 その次の場面はアスガルドだ。何があったのか、聖衣を身につけた氷河がフィヨルドに倒れている。そこから、女性のナレーションが始まる。夏が来る事はなく、冬が3度続き、世界が恐怖の戦争に突入する。人々は兄弟同士といえども殺し合い、他人を想いやる者など誰もいなくなる。そういった内容だ。そのナレーションは、北欧神話のラグナロク、すなわち“神々の黄昏”について語ったものであるようだ。カメラはアスガルドの山々を撮る。大胆すぎるほどに大胆なオプチカル合成で、カメラがダイナミックに手前に移動するかのようなカットを構築。そのカットの最後で、これまた大胆なオプチカル合成で、画面下から背景描きのオーディン像がフレームインしていくる。このカットでプロローグ部分は終了し、オープニングに繋がる。オープニングは、主題歌も映像もTVシリーズからの流用だ。

 プロローグからして、ドラマチックであり、壮大な世界の広がりを表現している。展開もスピーディであり、歯切れがいい。自分の事で言えば「神々の闘いが、始まる……」のセリフに痺れた。この後の展開の話になるが、『神々の熱き戦い』の巨悪は、北欧神話のオーディン神の地上代行者であるドルバル教主だ。彼はアテナの地上代行者である沙織の命を奪い、聖域(サンクチュアリ)を我がものとしようとしている。ドルバルは神闘士(ゴッドウォリアー)と呼ばれる戦士達を従えており、星矢達は沙織を守るために、彼らと死闘を繰り広げる事になるのだ。北欧神話の神の軍勢と、ギリシャ神話の神の軍勢の闘い。文字どおり“神々の戦い”が繰り広げられるわけだ。『聖闘士星矢』で星矢達が、ギリシャ神話以外の神と対立するのは、これが初めてだ。そして、このプロローグの緊張感は、その結果として世界が黄昏を向かえる事になるような、激しい闘いが始まる事を予感させるだけのものだった。

 映像も素晴らしい。『神々の熱き戦い』は全編に渡って、映像が凝っているのだが、特にプロローグ部分は見どころが多い。氷河と仮面の男達の闘いは華麗かつ、シャープ。荒木プロ独特のデフォルメの効かせた身体、ケレンミたっぷりのアクションがゾクゾクするほどかっこいい。また、仮面の男が剣を振り下ろすカットで、1コマだけ剣を光らせるといった小技も効いている。
 沙織達がアスガルドの異変について語る場面で、風を受けて沙織の髪が流れるように動く。技法としてはリピート作画だ。アニメならではの、様式的な動きであるが、これが実に美しい。この髪の動きは、荒木プロのオリジナルであり、彼らの美意識がなければ成立しないものだろう。同様の髪のリピート作画が、本作では数ヶ所で使われている。作画以外の話だと、同場面で、窓の外で揺れる木々に、特殊効果で質感がつけられている。アニメ制作がデジタル化した今なら驚かないが、アナログ制作時代としては、かなりの手間だ。ラストのオプチカル合成のカットは、TVモニターの視聴では何とも思わないかもしれないが、劇場スクリーンで観ると、大変なインパクトだった。ドシンと腹にくるような迫力だった。
 もう少し作画について触れよう。『神々の熱き戦い』は荒木プロのカラーが非常に濃い。ファンにとって嬉しい仕上がりだ。荒木プロのカラーが強いのには理由がある。作画に興味があるファンなら、エンディングクレジットを観て、驚く事になるだろう。「レイアウト原画/荒木伸吾」「原画/姫野美智」とクレジットされているのだ。別に第二原画のクレジットもあるが、他に原画のクレジットはない。荒木伸吾が全カットのレイアウトとラフ原画を描き、それを元に姫野美智が全カットの原画を仕上げたのだろう。荒木プロを代表する2人のアニメーターが、彼らだけで映画1本分の原画を仕上げている。つまり『神々の熱き戦い』は、純度100%の荒木プロ作画なのだ。

 オープニングを挟んで、アスガルドのワルハラ宮が舞台となる。ここで沙織達は、ドルバルや神闘士と出逢う事になる。それについては次回で。

第445回へつづく

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(10.09.03)