第445回 『神々の熱き戦い』ふたつの神の軍勢
オープニングが明けると、アスガルドのワルハラ宮である。オーディン像を望むテラスで、沙織達はドルバル司教達と対面する。沙織は行方不明になった氷河を探しにきたと彼らに告げたようだ。ドルバル(声/家弓家正)は中年か初老の男だ。物憂げな様子で、退廃的な雰囲気すら醸している。家弓家正の芝居が、実にいい味を出している。アクションものにありがちなパターンならば、いきなりオーディン神の一味が沙織達を襲ってくる展開になるわけだが、『神々の熱き戦い』では、敵地に乗り込んだ主人公達が客として扱われる。沙織は礼儀正しくドルバルに接するが、星矢達は同席していた神闘士ロキ(水島裕)と敵愾心をぶつけ合う。
ドルバルは氷河の事は知らないと言う。その場を退出した沙織達の前に、ロキを含めた全ての神闘士達が現れるが、まだ闘いは始まらない。静かに緊張感が高まるのみだ。この一連の場面で、本作の主要登場人物がほとんど顔を揃えている。アテナ側は、沙織、星矢、紫龍、氷河、瞬。オーディン側はドルバル、神闘士のロキ、ウル(村山明)、ルング(玄田哲章)、ミッドガルド(?)、ドルバルの臣下の青年フレイ(難波圭一)、その妹のフレア(山野さと子)だ。ミッドガルドは仮面をつけた謎の男である。キャストを(?)と表記したのにも理由がある。この場面では星矢とロキ、瞬とウル、紫龍とミッドガルド。後に闘う事になる者達が、それぞれ対立する描写もある。
これだけの人数を短い時間で、巧みに捌いているのに感心する。また、緊張感があるだけでなく、雰囲気がある。場の空気が濃密なのだ。なるほど、異なる神の軍勢が顔を合わせるとはこういう事か、と納得できる場面になっている。
少々引っかかるのが、沙織とフレイの関係だった。顔を合わせた時に、2人は互いをじっと見つめ合う。沙織は「あなたは……」と問うが、フレイはそれには答えず、僅かに目を潤ませて、彼女を見つめ続ける。妹のフレアに、初対面のレディをそんなに見つめるとは失礼ですよと窘められると、彼は「初めてお会いした気がしなかったもので」と沙織に詫びる。いかにも曰く因縁がありそうで、後の展開で伏線として回収されるべき描写だが、この映画を最後まで観ても、この時の2人の関係が何だったのかは分からない。フレイが沙織の美しさに一目惚れをし、それがクライマッスでの彼の英雄的行為に結びついていると解釈すべきなのかもしれないが、2人が見つめ合っている描写には、それ以上のものがあるように思えてならない。ひょっとしたら、2人には何かしらのドラマが予定されており、尺の関係でそれが削られてしまったのかもしれない。
あまりにも気になるので、山内監督に、あの2人が見つめ合っていたのは何だったんですか、と尋ねてみた事がある。すると監督は「高貴な者同士だけに分かりあうものがあるんですよ」と答えてくれた。ちょっとはぐらかされた感じだが、2人の間にあったのは恋愛感情ではないという事だろう。ひょっとしたら、フレイは、かつてアスガルドにもあり、今は喪われている高貴さ、聖なるものを沙織に見出したのかもしれない。
あるいはこの描写は、クライマックスで星矢と沙織が見つめあうのと、対になるものとして考えるべきなのかもしない。それについては後に触れる事にしよう。
物語はスピーディに展開する。その夜、氷河の聖衣の一部がフィヨルドで発見されたとの報せがあり、星矢と紫龍は、氷河の捜索に走る。フレイは、ドルバルに聖域(サンクチュアリ)との闘いを止めるように進言し、彼の怒りに触れて幽閉される。ドルバルからの使者により、氷河が見つかったと告げられた沙織は、再びワルハラ宮に向かう。沙織とドルバルが対峙したのは、ワルハラ宮内の神殿と思しき場所だ。真意を問われたドルバルは、アテナを亡きものにし、聖域を我がものにするつもりだと明かす。沙織に気圧された彼は、オーディーン・シールドで彼女を封印する。このオーディーン・シールドが、それまでのアニメで、一度も観た事のないものだった。それについては次回で。
第446回へつづく
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(10.09.06)