アニメ様365日[小黒祐一郎]

第447回 『神々の熱き戦い』聖闘士VS神闘士

 『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』はたっぷりとアイデアが盛り込まれており、内容的にも密度が高い。沙織が封印された後、星矢、紫龍、瞬が、神闘士と闘うのだが、それぞれの戦闘で、段取りにも、ビジュアルにも工夫が凝らされていた。テンポよく話が進む感じも心地よいし、紫龍が闘いの途中で裸になる、瞬のピンチに一輝が助けにくるなど、ファンが期待している展開をきっちりとやってくれるのも嬉しい。

 紫龍の前に立ち塞がったのは、仮面の戦士ミッドガルド。その正体はドルバルの魔拳によって洗脳され、敵に回ってしまった氷河だった。オーディーンこそ唯一絶対最高の神だとまで言い放つ氷河に対し、紫龍は意を決して拳を振るう。青銅聖闘士同士の闘い。ファンとしては燃えるシチュエーションだ。氷河に投げられた紫龍の身体は十数メートル上空まで飛び、蹴られた紫龍の身体が激突すると巨木が倒れていく。2人の闘いは力と力のぶつかり合いだ。闘いは林の中に始まり、川の中へ。最後は氷河のオーロラ・サンダー・アタックと、紫龍の廬山昇龍覇。2人の必殺技が同時に炸裂する。廬山昇龍覇を受けた氷河は、十数メートルは跳ばされ、岩の壁に激突。聖衣も砕け散る。ここで注目したいのが、壁に激突した際の氷河のアップカットだ。これが荒木&姫野コンビでなければ描けない、凄まじい形相だった。強烈な痛みの表現も『神々の熱き戦い』の見どころである。これについても、後で改めて触れる事にしたい。
 細かいところで言うと、巨木が倒れるカットで、木の幹と地上に露出した根はセルになっているのだが、それに特殊効果が施され、木の質感が表現されている。劇場作品でもなかなか見ない描写で、これも初見時に感心した。アクションの合間のカットで、そんな凝った事をやっているというのもいい(この後の一輝VSルングでも、砕けた岩に丁寧な特効が入っている)。

 瞬の相手は、剣士のウルだった。瞬の星雲鎖(ネビュラチェーン)が防御主体の武器である事を知っていた彼は、初手から一気に攻めていく。この場面の見どころは光だ。星雲鎖を剣で粉砕していく際に生じる盛大な火花、地面を真っ二つに切り裂いた時に、その切れ目から生じる光。その透過光の処理は、やり過ぎではないかと思うくらいに派手でであり、美しい。瞬とウルは絶壁で闘っているのだが、切り裂かれた地面が、スッと落下していくビジュアルも見事なものだった。
 話は前後するが、瞬が遙か彼方に、封印された沙織を見つけた場面。ポン、ポンとカメラが寄り、沙織のアップまでもっていく大胆なカット割りが印象的だ(瞬の主観カットであり、彼の動きに合わせてカメラが動いているのもいい)。山の壁面を走っていた瞬を、何の前触れもなくフレーム上からインしてきたウルが、地面に蹴り落とすカットは、その唐突さが素晴らしい。

 ウルに押されて、瞬がピンチに陥ったところで、期待どおりに一輝が登場。本作最大の見どころのひとつだ。ウルが瞬にとどめを刺そうとした時、「鳳翼天翔!」の叫び声が響き渡る。鳳翼天翔は一輝の必殺技だ。次の瞬間、ウルの身体は炎に包まれる。ウルは「な、何が起こったんだー」と絶叫。「鳳翼天翔!」から「な、何が起こったんだー」まで、わずか4カット。文字どおりの瞬殺だ。「この世に邪悪がある限り、必ずや現れるフェニックスの聖闘士。一輝がはるばる弟に代わり、邪悪を根こそぎ退治にやってきた」と、一輝はキメキメの決めぜりふを口にしながら現れる。しかも、そのセリフを口にしながら、片手に持っていたウルの身体を、ゴミでも捨てるようにポイと放るのである。ここは笑いどころだ。笑ってしまうくらいに、この場面の一輝は強い。しかも、鳳翼天翔の直前まで、ウルは「勝利の味もまた、むなしいものだな……。これでむなしさを断ち切れるか」と、ナルシスティックに勝利に浸っていた。だから、なおさら瞬殺されたのが笑えた。ここまでかっこよく登場してくれれば、瞬でなくても大喜びだ。
 この場面は突っ込みどころが多い。「この世に邪悪がある限り……」は、聖闘士全員のキャッチフレーズだ。公開当時、友人が「聖闘士のキャッチフレーズを、自分1人のものとして使っているよ!」と言って笑っていた。ロキを倒した後、一輝は巨漢の神闘士ルングと闘う。ルングから、オーディーンに服従を誓うなら命だけは助けてやると言われた彼は「この命、端からアテナに捧げておるわ!」と応える。一輝はアテナの聖闘士ではあるが、一匹狼であり、必ずしもアテナに仕えている感じではない。しかも、少し前まで、彼は暗黒聖闘士として沙織達と敵対していた。少なくとも、最初から命を捧げてはいないだろう。細かい揚げ足とりをしているようだが、あまりにも一輝が大胆なので、おいおい、お前、何言ってるんだよ! と、突っ込んでしまう。
 このあたりの一輝の描写は、やり過ぎ感がたまらない。この映画はやり過ぎている部分が沢山あり、それが魅力になっているのだが、特にここはやり過ぎだ。作り手に勢いがついている感じが愉しい。

 一夜明けて、星矢はオーディーン像と共にある封印された沙織を発見。そこで彼は、神闘士のリーダー格の男ロキと闘う。ロキは強敵だったが、ペガサス流星拳とペガサスローリングクラッシュで、星矢は彼を倒す。星矢は、倒れているロキに対して、自分が勝った理由を説明するのだが、その内容があまりにも説教くさいので、観返すたびに苦笑してしまう。これもスタッフがやり過ぎたところか。このシーンにおけるビジュアルの見どころは、ロキの必殺技である襲撃群狼拳だ。おそらく超スピードで拳を放ち、それが狼の群れに見えるという技なのだろう。短いカットで、数匹の狼が星矢に向かって走り、それがカット尻でロキと合体して人狼になる。動きの密度も高く、また、カットの構成もかつて見た事のないものだった。これも荒木&姫野コンビでくては成立しないアクションだ。

 神闘士との闘いまででも、満足度は高い。この後、沙織を助けてお終いかと思ったら、決してそんな事はなかった。メインイベントはこれからであり、そのメインイベントが、とてつもなくこってりしたものだったのだ。

第448回へつづく

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(10.09.08)