第456回 「逆襲のシャア友の会」(中編)
その当時から、僕には業界で「アニメファンとして、この人にはかなわない」と思っている人が3人いた。佐藤順一さん、井上俊之さん、庵野秀明さんの3人だ。佐藤さんはアニメの本質のようなものをつかんでいたし、井上さんは超絶作画マニアだった。庵野さんはありとあらゆる意味で濃かった。冗談でも大袈裟でもなく、マニアの鑑のような人だった。先に断っておくが、今回と次回は「庵野さん」と「さん」づけで原稿を書く。いつものように敬称略にすると、しっくりこない気がする。
庵野さんとは何度か『逆襲のシャア』について話をしており、僕は多大な影響を受けている。最初に、庵野さんと『逆襲のシャア』について話をしたのが、アニメージュ1990年4月号(vol.142)の取材記事だったばずだ。『ふしぎの海のナディア』放映開始時の特集の一部で、5ページにわたるロングインタビューだ。その取材の終盤で、彼は「フィルムって、自分のもっている意見とか、ものの見方がストレートに出るんですよ。富野由悠季さんなんか、フィルムに凄い業が出てますよね。『この人はこんなことまで考えているのか』って驚かされます。アニメであそこまで人間の業を描こうとしているんですから、それだけでもすごい」と語り、また、「富野さんは作品をとおして自分の裸をみせているようなものでしょう。あそこまで服を脱ぎ捨てられるのは、すごいですよ」とも話している。庵野さんは後にも、作品作りにおける監督の態度について「パンツを脱ぐ/脱がない」といった発言をするが、その最初がこの取材だったのだろう。記事中では『逆襲のシャア』のタイトルは出ていないが、当時の最新作であったこの作品を射程に入れたトークであったはずだ。
読み返すと、この庵野さんの発言は、富野作品の核心をついている。自分にとって『逆襲のシャア』についての考えを整理するきっかけになったのは間違いない。つまり、ここから富野監督の個人的な感覚、価値観と作品の関係について考えるようになった。ただ、それが考えとしてまとまるのは、随分と後の事だ。それから、当時、自分の周りには『逆襲のシャア』が好きだという人間はいなかったし、富野監督の作品について改めて語ろうとしている人間もいなかった。だから、庵野さんが、富野監督を熱心に語っているのが新鮮だったし、そんな人がいるのが嬉しかった。
同年9月号(vol.147)では、制作中の新作『機動戦士ガンダムF91』について、富野監督にロングインタビューをとっている。そのインタビューの後で、1ページ使って庵野さんに、富野作品について語ってもらった。この記事も僕が担当している。4月号記事での、庵野さんの発言が興味深いものだったので、その延長線の企画として考えたものだ。記事を読み返すと、僕の中で、富野監督と『逆襲のシャア』へのリスペクトが高まっているのが分かる。
僕は一時期、『逆襲のシャア』を何度も観返していた。この9月号の頃には、相当にハマっていたはずだ。観るたびに『逆襲のシャア』が好きになっていった。観るたびに発見があった。「このキャラクターは、口ではこう言っているけれど、本当はこう思っているのではないか」と深読みしたり、前に観た時にはなんとも思わなかったキャラクターの言動に、何かを感じとったりした。情報量が圧倒的に多く、しかも、複雑な事を表現していた。それを読み解いていくのが愉しかった。
『逆襲のシャア』はペシミズムに彩られた作品だった。そして、登場人物を非常に生々しく描いていた。キャラクターの生々しさとペシミズムがひとつとなり、説得力たっぷりに、ある事を描いていた。それは、人間というものが愚かであり、この世界が悲しみに満ちているという事だ。そんなネガティブさが、むしろ、気持ちよかった。そこに魅力を感じていた。
翌年の4月号(vol.154)では、公開直前の『F91』が巻頭特集になった。特集は4部構成で、PART1は本編の画を使って、順当に作品の紹介。PART2は「THE富野イズム それは『ガンダム』における娯楽である」という押しの強いタイトルで、富野監督の作家性に突っ込んでいくインタビューだ。以下に、その記事のリードを紹介しよう。僕の原稿だ。
「ガンダム」シリーズの生みの親であり、今回の『F91』の監督でもある富野由悠季さん。
彼は現在のアニメ界におけるもっとも強烈な作家性とそれにみあう表現力をもった演出家である。そして、アニメファンにとって常に刺激的な存在であり続けてきた。
他に類のない生々しい人物像を創造し、生と死のドラマを鮮烈に描きだし、人はどのようにあらねばならないのかというテーマを作品に込め、その一方でロボットアニメとしてのエンターテインメントをきっちりとやってみせる。そこには他の演出家には見られぬ“富野イズム”ともいうべきものが確かに脈打っている。
『F91』をより楽しむために、今回はいろいろな角度からその富野イズムを再確認してみたい。まずは、富野監督へのインタビューをまじえて過去作品における富野イズムをみてみよう。
やる気満々の原稿だ。読者に富野作品の素晴らしさを伝えるのだ。そんな使命感に燃え上がっている。「もっとも強烈な作家性とそれにみあう表現力をもった演出家である」と断定してしまっているのも凄い。断定してしまうくらい想いが高まっている。「富野由悠季さん」と「さん」づけになっているのは、当時のアニメージュのお約束だ。本当は、ここで「さん」づけにしたくなかったに違いない。
第457回へつづく
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(10.09.22)