アニメ様365日[小黒祐一郎]

第458回 「逆襲のシャア友の会」(完結編)

 アニメージュで富野イズムについての特集をしてからも、僕は『逆襲のシャア』について考えたり、人と話したりしていた。何かにつけてこの作品を話題にするので「また小黒さんの『逆襲のシャア』が始まったよ」なんて言われた事もあった。一連の『逆襲のシャア』についての活動で、ピークになったのが同人誌「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア友の会」だった。これは1993年の年末に刊行した本で、庵野秀明さんと一緒に作った。実は、この本はもう僕の手元にはない。2、3冊持っていたのだが、読みたがっていた友人に貸したっきり、もう10年以上戻ってきていない。返してもらえばいいのだけれど、誰に貸したのか思い出せない。放っておいても返ってくるかと思っていたら、結局返ってこなかった。このコラムを読んだ小黒の友人で「逆襲のシャア友の会」を借りた覚えがある人は、怒らないから戻してもらいたい。

 本を持っている人に確認してもらったのだが、奥付には、発行人・責任編集/庵野秀明、編集/小黒祐一郎、小川びいとあるそうだ。小川びいというのは「WEBアニメスタイル」スタッフのB君だ。内容としては、寄稿もあったがインタビューが中心だった。参加していただいたのは、會川昇、あさりよしとお、幾原邦彦、出渕裕、井上伸一郎、内田健二、大月俊倫、押井守、岸川靖、北爪宏幸、ことぶきつかさ、此路あゆみ、サムシング吉松、鈴木敏夫、鶴田謙二、永島収、早見祐司、ふくやまけいこ、藤田幸久、美樹本晴彦、むっちりむうにい、山賀博之、結城信輝、ゆうきまさみだそうだ。『逆襲のシャア』に参加したスタッフを含めた業界の色々な方に『逆襲のシャア』と富野由悠季監督について語ってもらったり、描いてもらったりしたわけだ。勿論、富野監督自身にも登場していただいている。僕にとっては「逆襲のシャア友の会」は、アニメージュの富野イズム特集でやった「それぞれの視点で8人が語る富野イズム」のパワーアップバージョンだった。
 庵野さん、B君と一緒にあちこちに取材に行った。当時、すでに庵野さんは『トップをねらえ!』と『ふしぎの海のナディア』で監督を務めていた。その庵野さんと一緒に、たとえば角川書店まで行って、井上伸一郎さんに取材をしたわけだ。今となって思えば不思議な経験だ。この本で印象的な事はいくつもある。押井さんや山賀さんへの取材も刺激的なものだった。そして、富野監督への取材は一生忘れられないものとなった。僕達がファンモードで臨んだためだろうか、富野監督は気持ちよく作品について語ってくれた。かなり生々しい話も出た。

 編集作業のためにGAINAXに泊まり込んだ事などは覚えているのだが、どうして「逆襲のシャア友の会」を作る事になったのかは覚えていない。この本を作った1993年は『機動戦士Vガンダム』が放映されていた年だ。『Vガンダム』は、『逆襲のシャア』とはニュアンスが違うが、やはり富野監督のエキセントリックな部分が強く出たシリーズだった。放映が進むにつれて内容が過激になっていくのを、僕達は大喜びで観ていたのだが、当時の月刊のアニメ雑誌は『Vガンダム』のエキセントリックさ、過激さを拾ってくれなかった。僕はその当時はアニメージュではなく、Newtypeで仕事をしていたのだが、同誌で『Vガンダム』に触るチャンスはなかった。アニメ雑誌がやってくれないのなら、自分達で富野監督へのリスペクトをかたちにしよう。そう考えて、同人誌をやる事になったというのはあったはずだ。
 『Vガンダム』放映中も、まだまだ富野監督作品に対して、業界やファンは冷めていた。富野監督に限らず、アニメ界があまり作家を必要としていない時代であったのかもしれない。例えば、僕がアニメ雑誌の編集者を前にして『逆襲のシャア』『Vガンダム』に対して熱く語ったとして、それで「変な人」扱いされかねない時期だった。業界やファンの間で、富野監督再評価が始まるまでには、まだ数年の歳月が必要だった。「富野監督作品の魅力を、『逆襲のシャア』や『Vガンダム』のよさを、どうして皆は分からないのだ!」といった苛立ちは、少なくとも僕にはあった。
 それから、1993年と言えば『美少女戦士セーラームーンR』が放映されていた年だ。アニメファンの多くが『セーラームーン』シリーズで盛り上がっていた。僕も『セーラームーン』が大好きであり、見事に浮かれて観ていたのだけれど、それに対して「ちょっとこれでいいのかな」という引っかかりがあったのだろうと思う。単純に明るくて楽しいだけでいいの? という疑問があって(実際には『セーラームーン』も明るく楽しいだけではないのだが、まあそれはおいておく)、自分達にとって大事なものが何だったのかを確認したくて『逆襲のシャア』を追い求めていたような気もする。

 大勢の人から『逆襲のシャア』や富野監督についての話を聞くのは楽しかった。「あのセリフは、こういった事の比喩ではないのか」といった話をするのも面白かった。本を作っていくうちに僕の中で、この作品に対する理解がますます深まっていった。『逆襲のシャア』に関しては、ドラマがよいとか、キャラクターの描写がよいとかそういった事ではなく、作品に「富野監督」がストレートに反映されているところがよいのだ。作品に込められた富野監督の「気分」を楽しむための映画だ。この場合の「気分」とは、作り手の価値観や人生観のようなものだ。僕のこの作品のとらえ方は、遂にはそんなところにまで到達してしまった。理解が深まったのではなく、単にコアなファンになっただけなのかもしれない。その頃、僕は『セーラームーン』に浮かれていたが、同時に『逆襲のシャア』に酔っていた。

第459回へつづく

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(10.09.27)