第464回 ハサウェイ・ノア
ハサウェイは、エキセントリックなクェスやギュネイに比べると、平凡な少年だ。映画の途中から、戦いに身を投じたクェスを助け出すのが、彼の目的となった。彼は非戦闘員であったが、映画後半の決戦のさなか、ジェガンに乗り込んでクェスの元に向かう。彼女が乗っているα・アジールに取りつくが、クェスは言う事を聞いてくれない。「駄目だよ、クェス。そんなんだから敵だけを作るんだ!」とハサウェイが言えば、「あんたも、そんな事を言う。だから、あんたみたいのを生んだ地球を壊さなくっちゃ、救われないんだよ!」とクェスが絶叫する。ハサウェイの思いやりをおせっかいと感じるだけならまだしも、そこから、一気に地球を滅ぼす話まで飛躍するのが、思春期らしいムチャクチャさだ。クェスは他の場面でも、似た発言をしている。
熱くなっているクェスに、ハサウェイは「クェス、そこにいるんだろ。わかっているよ。ハッチを開いて。顔を見れば、そんなイライラ、すぐに忘れるよ!」と言う。こういった話の流れの中で、このセリフを入れたのが凄い。ハサウェイは、1人でモビルスーツを駆って、愛しいクェスのところにたどり着いた。ヒロイックな行為に、舞い上がっていたのだろう。それで自分の顔を見れば、苛々なんて吹き飛ぶと言ってしまった。頼りがいがある男を演じているのではなく、かっこいいセリフを言いたかったのだろう。そう思いたい気持ちは分かるけれど、口にしてはダメだ。そのセリフに対して、クェスは、前々回で取り上げた「子供は嫌いだ! 図々しいから!」というキツいセリフを返す事になる。
一方、チェーンも戦場に身を投じていた。修理途中のリ・ガズィで出撃したのだ。その理由は、サイコ・フレームが増えた方がアムロが有利になるからというものだ。サイコ・フレームについては、後で改めて説明する。結果的に彼女が考えたとおり、そのサイコ・フレームが人々を救う事になるのだが、サイコ・フレームを増やすのを目的にして出撃するのは、あまりに突飛な行動だった。戦場で彼女もおかしくなっていたのだろう。アストナージは、彼女を止めようとして、戦闘に巻き込まれて命を落としている。
α・アジールに取りついたハサウェイが、危険だと感じたチェーンは、α・アジールに向かってミサイルを放つ。クェスは、ハサウェイをかばって、α・アジールでミサイルを受ける。当たりどころが悪かったのか、その一撃でα・アジールは爆発。クェスも断末魔の描写や最後の一言はないが、ハサウェイが悲しんでくれたのでまだ救いがある。クェスの死に、気が動転したハサウェイは、自分を助けようとしたチェーンを攻撃する。混乱ここに極まる。攻撃しながら「やっちゃいけなかったんだよ! そんな事も分からないから、大人って、地球だって平気で消せるんだ!」とハサウェイは叫ぶ。誰がどう考えても「大人が悪い」なんて問題ではない。どちらかというと、ハサウェイの子供じみた行為のために起きた悲劇だ。それなのに大人のせいにして、さらに人類粛正の話にまで飛躍させる。クェスにも負けない、筋の通らない発言であるが、その筋が通らないところが、いかにも気が動転している感じであり、逆に現実味がある。
味方に対して撃った弾だから当たらないとか、危機一髪で誰かが助けに来るなどといった観客が期待するような、よくある展開には繋がらず、ハサウェイの攻撃は、チェーンのリ・ガズィを直撃。彼女も即死だ。ギュネイやハサウェイの死とは違い、リ・ガズィが爆発する瞬間に、チェーンの魂がモビルスーツから抜け出る描写がある。設定的にはサイコ・フレームが起こした現象なのだろうが、作り手の贔屓に見えなくもない。
ハサウェイがα・アジールに取りついたところからチェーンの死までは「うわあ、やっちゃったよ」と何度も思った。戦争中の出来事ではあるが、彼女達が命を落としたのは、主義主張のためでも、任務に命を捧げたためでもない。個人レベルでの行き違いのためであり、頭に血が上ったためだ。とんでもない悲劇であるのだが、現実にありそうな事でもある。ありそうな事だから「やっちゃったよ」と思ったのだ。そして、その悲劇を自分が楽しんでいる事に気づく。あまりに徹底して悲惨であるために、それが心地よくなってしまう。他人の不幸は蜜の味とはよく言われる事ではあるけれど、それに繋がる感覚だ。
公開されてしばらくしてから『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』がTV放映された。それを観た知り合いの女性ライターが、「昼メロみたいで面白かった」と言っていた。彼女は『ガンダム』シリーズに詳しくもないし、そういった硬い作品が好きでもないようだった。キャラクターが、好きだ嫌いだと言ったり、そのために無様なところを見せたり、あげくに殺し合ったりしているのを面白いと思ったようだ。それは偏っているかもしれないけれど、決して間違った観方ではない。下世話な部分も含めて「他人がやっている事」を見せていくのが、富野監督のいうところの娯楽であるならば、まさしく、この一連の場面は娯楽。『逆襲のシャア』の見せ場のひとつだ。
第465回へつづく
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(10.10.05)