アニメ様365日[小黒祐一郎]

第465回 アニメーションとしての『逆襲のシャア』

 クライマックスの話題に入る前に『逆襲のシャア』の作画や演出について触れておきたい。この作品の制作状況については、公開前に悪い噂を聞いていた。「作画が遅れている。それから、1本の映画に作画監督が10人もいるらしい」という噂だった。今ならTVシリーズの各話でも5人を越える作画監督がいる場合もあるが、当時としては1本の作品に10人の作監がいるなんて、考えられない事態だった。そんな噂を聞いていたので、公開前にはボロボロのフィルムになっているのではないかと思っていた。僕が公開前に『逆襲のシャア』に期待できなかったのは、そのためでもある。
 ところがフタをあければ、これが立派な仕上がりだった。キャラクターデザインのラインは『機動戦士Zガンダム』を踏襲してはいるが、『Zガンダム』に比べると、作画や色遣いに関して抑制を効かせており、ロボットアニメのキャラクターとしてはストイックなくらいの仕上がりだ。そのストイックさが、リアルタッチの物語とマッチしている。モビルスーツのデザインは、比較的シンプルなかたちでまとめられおり、第1作ファンとしても好印象だ。キャラクターの芝居は丁寧だし、メカ描写は全体にシャープな仕上がりで、なおかつ凝っている。スペースコロニーは、この時期には珍しくCGで表現されているのだが、これも使い方が上手い。美術にも見どころがあったし、全体に映像の密度は高い。
 細かいところを見ていけば粗もあるのだけれど、重たいドラマを受け止められる映像になっている。当時はロボットアニメで、このように硬質で、なおかつリッチなフィルムが観られるとは思ってもいなかった。今の目で観直しても見応えがある。

 細かく見ていこう。キャラクターの芝居については、パントマイム的に手を大きく動かしながら喋るカットが目につく(実際にはパントマイム的なカットは多くはないのだが、ポイントになる個所でやっているので、実際のカット数よりも多いような印象となっている)。それは富野監督にとっての初のオリジナル劇場作品という事で、力を入れすぎた結果であるのかもしれないし、当時はまだ、そういった芝居がアニメの理想のひとつであったためかもしれない。その芝居について、不自然ではないかという意見を耳にした事もあるが、エキセントリックな人物が多く登場するこの映画には合っていると思う。
 本作のキャラクターデザインは北爪宏幸。作画監督としてクレジットされているのは稲野義信、北爪宏幸、南伸一郎、山田きさらか、大森英敏、小田川幹雄、仙波隆綱。作画監督補が恩田尚之、中沢数宜、重田亜津史、小林利充。作画監督補を除けば、作画監督は7人だ。噂で聞いたほどではなかったが、やはり多い。当時のムックのインタビューによると、北爪宏幸が全カットのレイアウトをチェックしてるのだそうだ。複数の作画監督が立っているにも関わらず、画風の乱れが少ないのは、彼がレイアウト段階でポイントを押さえているためかもしれない。
 個人的には、稲野義信の作監担当パートが印象に残っている。ポージングやフォルムに彼の個性が出ており、それがアジがあってよかった。当時、友人と「稲野さん、随分やっているね」と話をしたのを覚えている。原画マンで言うと、梅津泰臣の仕事が際立っていた。彼が作画を担当したのは、シャアが列車の中で花束をもらうシーン、1年戦争におけるララァの死の回想とその前後のシャアとナナイのシーンだ。列車の中のシーンは、リアルタッチのモブキャラクターが(『ガンダム』シリーズのデザインとかけ離れた美意識で描かれており、それを突っ込む人もいるとは思うが)作品世界に深みを与えている。回想シーンは『ガンダム』第1作のテイストを活かしつつリニューアルしており、惚れ惚れするほどに巧い。シャアとナナイのシーンは芝居も素敵だし、ガウンの描き方までイケている。

 戦闘シーンの描写については殺陣のつけかた、段取りの組み方だけでなく、敵味方のモビルスーツのギミックを次々に披露しながら、戦闘を進めていくのが見事だ。モビルスーツが「よくできた便利な機械」である事を分かりやすく表現していると思う。だから、モビルスーツが、きちんと作品のセールスポイントになっていた。子供の観客にとって、本作のドラマは理解しづらかっただろうが、凝った戦闘シーンを観るだけでも楽しめたのではないかと思うくらいだ。演出的にはリアルタッチであるのだが、例えば、序盤でアムロのリ・ガズィが放った一撃が、ギュネイのヤクト・ドーガに迫ったところで、ストップモーションとなり、色がアブノーマルカラーになるといった、TVアニメ的な演出もある。作り手としては本当はそういった演出を抜きにして作りたかったのかもしれないが、僕などからすると、ハイクオリティ&リアルタッチな映画の中に、そういったロボットアニメらしい描写が入っているのが嬉しい。
 富野監督は、本作で原作・脚本・監督でクレジットされている。脚本も自身でやっているところがポイントだ。原作、脚本、絵コンテを彼自身がやっているという事は、つまり、トミノ度数100%。前回までの原稿で触れたように、とんでもない密度の高さで、彼ならではのドラマを展開している。テンションという点では『伝説巨神イデオン 発動篇(『THE IDEON Be INVOKED 発動篇)』に及ばないかもしれないが、富野監督の作家性の強さに関しては『逆襲のシャア』に軍配が上がるはずだ。人間を生々しく現実味のあるものとして描き、物語っていくのが、富野作品の真髄だとすれば『逆襲のシャア』こそが究極の富野作品である。

第466回へつづく

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(10.10.06)