アニメ様365日[小黒祐一郎]

第467回 νガンダムは伊達じゃない!

 ロンド・ベルはアクシズの破壊に成功したが、その爆発が強すぎたため、分断された後部が地球に落ちる事が判明。このままでは、やはり地球に核の冬が訪れる。それを知ったシャアは哄笑する。アムロに対して自分の勝ちを宣言し、「貴様らの頑張りすぎだ!」と嘲る。アムロはνガンダム単体で、アクシズを押し上げる事を決意。「正気か!」とシャアが問えば、アムロは「貴様ほど急ぎ過ぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない!」と返す。アムロは、νガンダムでアクシズに取りつき、下から押し上げる。そして、決意を込めて言う。「νガンダムは伊達じゃない!」。
 「νガンダムは伊達じゃない!」と口にするアムロはヒロイックであり、そのセリフを言った瞬間において『逆襲のシャア』はロボットアニメとしての頂点を迎える。しかし、たった1機のモビルスーツが、アクシズを押し返すのはどう考えても不可能だ。そんな事でアクシズがどうにかなるのなら、ロンド・ベルはあれほどの苦労はしなかったはずだ。νガンダムが最大出力で押し上げ始めた次のカット、さらにその次のカットで、カメラはトラック・バックし続ける。超遠景になったカットでは、νガンダムがまるで象にとりついた小さな虫のようだ。非情にもカット割りが、アムロの行為が無謀でしかない事を示している。「νガンダムは伊達じゃない!」と言うキャラクターの想いと、そんな事は無理だと切って捨てる作り手のクールさのコントラストが素晴らしい。
 話は前後するが、サザビーから飛び出したコクピットコアは、νガンダムによって捕らえられている。シャアの身体はコクピットごと、νガンダムの手の中にあるわけだ。アムロはアクシズにとりつく際に、コクピットコアをアクシズの壁面に押しつけている(以降の展開でも、コクピットコアはアクシズに埋まったままだ)。押しつけられた瞬間、コクピット内にいたシャアの身体は、ショックで激しく左右に揺れる。シャアは「うわーっ!」と叫ぶ。作り手はここで彼を、とてつもなくみっともないものとして描いている。初見時に、そのシャアを観て笑ったし、あのスマートで何をやってもかっこよかったシャアが、そこまで情けない姿を見せた事に、少しばかりショック感じた。富野監督は、この映画でシャア・アズナブルがつまらないただの男である事を描いている。ラストに至るまでの過程で、彼の虚栄の仮面を少しずつはいでいく。セリフやドラマでその情けなさが伝わらなかったとしても、画面でこれだけ見せれば分かるだろう! というのが、この「うわーっ!」なのだろう。

 アムロがアクシズを押し上げようとした時に、劇中の誰も予想しなかった事件が起きる。地球連邦軍とネオ・ジオンのモビルスーツが集結し、アムロと一緒にアクシズを押し始めたのだ。アムロはそれを止めようとするが、彼らは言う事を聞かない。連邦側の兵士は「ロンド・ベルだけにいい思いはさせませんよ!」と言い、ネオ・ジオンの兵士までが「地球が駄目になるか、ならないかなんだ。やってみる価値ありますぜ!」とアムロに言葉を投げかける。しかし、それらの機体も摩擦熱とオーバーロードで爆発していく。
 アクシズを押し上げてくうちに、νガンダムから光があふれ出しており、どうやら、それはνガンダムのコクピット周辺に使われているサイコフレームが放つ光であり、アムロの意志をサイコフレームが増幅し、それに他のパイロットの精神が共振しているという事であるようだ。その後の展開で、サイコフレームの光がアクシズを包む。そのためにアクシズが針路を変えて、地球を離れる。サイコフレームとそれに共振した人々の精神の力によって地球は救われたのだ。
 ニュータイプの脳波を使って、ファンネルなどの武器をコントロールするシステムをサイコミュと呼ぶ。サイコフレームとは、そのサイコミュと同じ性質のコンピュータ・チップを、金属粒子並みの大きさでフレームに封じ込めたものである。それが予想外の事態を起こすかもしれないという事についても、伏線はひかれている。ネオ・ジオンとの決戦の前に、チェーンが「これと、大尉のサイコミュが共鳴して、未知数の機能が引き出されるかもしれないって話、信じます?」とアムロに言っている。「これ」というのは、チェーンが携帯しているT字型のサイコフレームの試料の事だ。
 チェーンは、修理途中のリ・ガズィで出撃した際にも、T字型のサイコフレームの試料を携帯していた。彼女が死んだ時に、正体不明の光が宇宙に広がる。それに対して地上の人達が反応した。その光を太陽だと思った人もいれば、誰かの声を聞いたと感じる子供もいた。それらもT字型のサイコフレームのなせる技だったのだろう(戦艦の中にいたナナイも、それらの描写の後で、頭痛がするのか頭に手を当てている。その後、彼女はニュータイプ的な反応を見せるのだが、それはサイコフレームの影響かもしれない)。
 さらに言えば、チェーンの存命中にも、クェスは彼女と共にあるT字型のサイコフレームを幻視している。そのあたりから、サイコフレームは力を発揮し始めている。T字型のサイコフレームは、アムロとシャアの戦闘中にも登場。それが宇宙空間を舞うように飛び、アムロにシャアの接近を告げている。アムロのセリフから察するに、T字型のサイコフレームはチェーンの想いで動いているようだ。ラストシーンでも、地球が救われた際に、T字型のサイコフレームがアクシズから飛び出し、宇宙の彼方へ飛び去っていく。まるで地球を救ったのが、チェーンであると思わせるかのような描写だ。改めて考えてみると、アクシズを押し戻そうとするアムロの意志、チェーンの想い、それぞれにサイコフレームが反応し、さらにモビルスーツのパイロット達の精神も巻き込んで、奇跡を起こしたという事なのだろう。
 ではあるが、やはり説明不足である事は間違いなく、観客の多くは何が起きたのか分からなかったはずだ。サイコフレームの力によって、精神が共振した事が理解できたとしても、今までシャアの計画に同調して、アクシズを落とすために働いていたパイロット達がいきなりアクシズを押し戻すのを手伝った事については疑問が残る。彼らだって、彼らなりの決意があって戦っていたのではないか。
 いやそれよりも、そんな謎めいた現象がアクシズの針路を変えてしまうという展開や、それによって事件が解決してしまう事の方が問題だ。ドラマのテンションが高いので、視聴している間は感覚的に納得できなくもないのだが、理屈では納得できなかった。サイコフレームについての話は、次回も続ける事にしたい。

第468回へつづく

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(10.10.08)