第475回 「TVアニメ25年史」と「劇場アニメ70年史」(3)
僕が「TVアニメ25年史」と「劇場アニメ70年史」のあらすじ、解説原稿の担当になった段階で、ある程度は、他のライターの原稿が仕上がっていた。すでに写植屋に入稿されているものもあったし、上がってはいるがまだチェックが終わっておらず、保留になっている原稿もあった。まず、僕がやった事は保留原稿をチェックし、入稿できるかたちにもっていく事だった。それらは保留されるくらいだから、ベストの原稿ではなかった。修正すれば入稿できるものは修正したし、担当ライターに戻して書き直してもらったものもあった。それから、まだ原稿が振られていないタイトルを、改めてライター達に依頼していった。立候補するライターがいなかったのか、意外な事に超メジャーなタイトルが残っていた。しかし、書かなければならない原稿の数はあまりにも多く、後に触れるような騒動が起きる事になる。
あらすじ、解説原稿の担当になった当初は、とにかく原稿のクオリティを高める事に力を入れた。前回「25年史」と「70年史」の原稿のフォーマットについて書いたが、正直言うと、あのフォーマットに則ってきっちりと書けるライターが大勢いたわけではなかった。原稿をチェックしてみて分かったが、短い文字量に情報を詰め込むような書き方が苦手なライターもいたようだ。それから、その作品について、周辺事情を含めた知識がないと「25年史」と「70年史」の解説原稿は書けなかった。なかなかそんな人がいないのは分かっているが、できる事なら、アニメ史に精通している書き手が望ましかった(いや、20数年経っているから「アニメ史に精通している書き手が望ましかった」なんて言えるわけであり、当時は、そんな事を思いもしなかったし、もっと言えば、どんな原稿でも書いてもらえるだけでありがたかった)。
だから、僕は他のライターの原稿に、随分と朱を入れた。参加しているライターの大半が僕よりもキャリアが長かったはずだが、遠慮しているわけにもいかないので、大胆に直しを入れた。尊敬する大先輩ライターの原稿を半分書き直した時には、さすがに冷や汗をかいた。しかし、データ的に甘い原稿だったので直さないわけにはいかなかった。
中には素晴らしい原稿もあった。「25年史」の解説の最高傑作は『あしたのジョー2』の原稿だろう。これはアニメージュで活躍していた斎藤良一さんが書いたものだ。「25年史」のフォーマットからも外れて、解説というよりは評論に近いものになってしまっていたが、とてもいい原稿だ。
そんな原稿もあったが、やはり、扱いに困ってしまうような原稿も多かった。ひとつ例を挙げよう。出崎統監督の『宝島』の解説原稿だ。僕が担当になった時に、すでに最初の原稿は上がっていた。その原稿は、個々のスタッフの仕事についての解説、演出についての言及がメインであり、作品内容についてはほとんど触れていなかった。これではマズい。『宝島』だったらキャラクターの魅力や、名作ものでありながら、アニメファンに支持された事にも触れておきたい。できる事なら「ロマン」とか「生き様」なんてフレーズがあった方がいい。そこで『宝島』や出崎監督作品のファンである別の方に原稿を依頼し直した。上がってきた原稿は「冒険のロマン」や「男の生き様」や「ジョン・シルバーの素晴らしさ」について熱く語られていたけれど、それだけしかなかった。それはそれで読み応えのある原稿ではあったが、やはり「25年史」が求める原稿ではなかった。以上、ふたつの原稿を踏まえて、また別のライターさんに『宝島』の解説原稿を頼んだ。確か3本めの原稿は、スタッフにも内容にも触れていたけれど、何かが物足りなかった。多分、熱が足りなかったのだろう。仕方ないので、それまでの3本の原稿を再構成するかたちで、僕が入稿用の原稿を仕上げた。これは極端な例だし、ひょっとしたら、原稿の発注に問題があったのかもしれないが、とにかく入稿できるかたちにまで原稿を持っていくのに苦労する事が多かった。ドタバタしながら、あらすじ、解説原稿の作業は進んでいった。そしてそのうち、原稿のクオリティにこだわってもいられなくなっていった。
随分と後の話になるが、編集作業が全て終わった後で、鈴木敏夫編集長と「25年史」と「70年史」の進行について話をした。原稿チェックに苦労をしたと話をしたら、敏夫さんは「この本、署名原稿にすればよかったなあ」と言っていた。たとえば、僕が書いた原稿なら、最後に(小黒)とつけて、誰が書いた原稿であるかを分かるようにする。映画の本などでよくあるパターンだ。個々の原稿の責任の所在が明らかになれば、1冊の中で原稿の内容が不揃いであっても、そんなにはおかしくない。それならば直しを入れる必要もなかったのではないか、という事だった。確かにそれはそのとおりであるのだが、署名原稿になると、個々の書き手が気張ってしまい、ますます原稿の上がりが遅くなり、スケジュールが危うくなったような気がしないではない。
第476回へつづく
(10.10.21)