アニメ様365日[小黒祐一郎]

第477回 「TVアニメ25年史」と「劇場アニメ70年史」(5)

 「TVアニメ25年史」が校了したのは、僕の記憶が正しければ、1988年10月22日(土)であったはずだ。ひょっとしたら10月21日(金)だったかもしれないが、とにかくそのあたりだ。どうして日にちが分かるのかについては、後で説明する。校了とは、本の校正作業を終える事だ。アニメ雑誌やムックだったら、先に文字校正紙をチェックして、数日をおいて色校正紙をチェックする。色校正紙とは、写真も入った試し刷りの事だ。これをチェックして、OKを出すと校了となる。校了をすれば編集者の仕事はお終い。その後は印刷所の作業となる。

 そして「25年史」の色校正は出張校正となった。通常は編集部に色校正紙が届いて、一晩くらいをかけてそれをチェックするのだが、スケジュールがない場合は、印刷所に編集者が出向いて、その場で色校正紙をチェックする。それを出張校正と呼ぶわけだ。鈴木敏夫編集長、亀山修さん、原口正宏さん、原口さんの片腕となっていた道原蕉子(現・道原しょう子)さん、それと僕が出張校正に行った。この本の進行をやっていたフリーの編集者の方もいたかもしれない。僕にとっては初めての出張校正だったし、その後の編集者人生でも、出張校正は数えるほどしか経験していない。
 その色校正は、それまでの作業の過酷さを考えると、意外なくらいあっさりしていた。頭から写真と文章に目を通して、作字がきちんとできていない部分や、写植の張りミスに修正を入れた。色校正までに写植が間に合わなかった個所には、別進行で用意した写植を張り込む指定をした。どちらにしても、色校正の段階で原稿を書き直したりするような事はあまりできないのだが、その段階で改めて文章について考えたりする余裕はなかった。少なくとも僕自身については、疲れ果てており、本のかたちを整えるために作業するのが精一杯だった。

 「25年史」は1988年10月までの作品を扱っていた。『名門! 第三野球部』の1話が放映されたのは1988年10月22日(土)であり、それが「25年史」に掲載された最新の作品だった。『名門! 第三野球部』1話の放映日が、校了日だったと記憶している。間違いないのは、この作品のスタッフデータが、ギリギリで校了に間に合わなかった事だ。テロップ主義でデータを作成している以上、放映されていない作品のデータは掲載できない。したがって、この作品については、あらすじと解説のみを掲載し、スタッフデータは空白のまま校了した。
 校了したのが土曜として、次の月曜に編集部に入ったところ、前述のフリーの編集者から電話が入った。彼は「小黒さん、今からなら間に合うから『名門! 第三野球部』のスタッフデータを原稿にして送って!」と言った。その編集者は、校了した台紙の文字直しの作業をやっている写植屋にいて、今ならデータの追加ができると判断したのだ。言われるままに、僕は、土曜に放映された『名門! 第三野球部』1話のビデオからスタッフとキャストのデータを書きおこし、「25年史」のフォーマットの原稿にまとめて、FAXで写植屋に送った。ようやく長い「25年史」の作業が終わったと思っていたのに、翌週になってもまだ仕事をしている。ひょっとしてこれは悪夢ではないかと思った。

 出版の仕事を経験された方ならば、校了した翌週に原稿を書くというのが、どんなに異常な事であるか分かっていただけるだろう。当然、その段取りに鈴木敏夫編集長は関わっていない。現場の判断で、校了の後に原稿を足してしまったのだ。「今からなら間に合う」と判断した彼も凄いし、スタッフデータをまとめて送ってしまった僕もどうかしている。ただ、全力投球で作業を続けてきた「25年史」は、最後の最後まで全力投球だったとは言えるかもしれない。後で、他の編集者やライターに、校了の翌週に原稿を書いて送ったという話をしたら「お前は、校了というものの意味を分かっているのか」と叱られた。

第478回へつづく

THE ART OF 劇場用アニメ70年史

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(10.10.25)