アニメ様365日[小黒祐一郎]

第482回 『火垂るの墓』続き

 高畑勲のリアリズム演出の作家としてとらえるなら——そして、その認識は現状ではあまり間違っていないはずだが、その最高傑作が『火垂るの墓』だろう。それに並ぶ作品として挙げられるのが、TVシリーズの『母をたずねて三千里』だ。『三千里』も僕にとってはいつかきちんと向き合いたい作品だ。

 『火垂るの墓』はリアリズムを貫き、表現的な高みにのぼった作品でもある。その徹底したリアリズムが、主人公の清太と節子の存在を現実的なものとし、主人公達の苦難や困窮を、観客にとって切実なものとする。高畑監督が次に手がけた『おもひでぽろぽろ』も、全体としてはリアリズム指向の作品ではあったし、技術的には『火垂るの墓』を越えてはいたかもしれないが、リアリズムのパートと、ややマンガ的なパートが共存する作品だった。メタモルフォーゼを売りにした『平成狸合戦ぽんぽこ』はリアルを極めるようなタイトルではなかったし、『ホーホケキョ となりの山田くん』はリアリズムに背を向けた作品だった。高畑監督は『火垂るの墓』で、リアリズム演出のアニメーションをやりきってしまい、その後、次のステップに挑戦しているかのようにも見える。

 僕が『火垂るの墓』を観て背筋がシャンとしてしまうのは、フィルムが緊張感に満ちているからだ。主人公のドラマが切実であり、それに対する作り手の追い込み方が凄まじいためでもあるのだが、そういったドラマ的な事を別にしても、フィルムにピンとはりつめた緊張感がある。それは作り手の緊張感とイコールであるのだろう。スタッフ達の作品に対する真剣さが、フィルムに現れているのだと思っている。『火垂るの墓』を観ていると、自分がいい加減に生きているのが申しわけないような気すらしてくる。これは冗談でも大袈裟でもなく、本当にそう思う。

 ご存知の方も多いと思うが、『火垂るの墓』は数カット間に合わず、線画のまま劇場公開されている。色がついていないカットを演出効果と受け取った方もいたようだが、あれは間に合わなかったのだ。現在リリースされているビデオソフトなどは、その部分は修正されており、今は線画のカットを観る事はできない。
 公開の少し前から「『火垂るの墓』は数カット間に合わないらしい」とは噂に聞いていた。その時には、数カットくらい人海戦術でなんとかなるだろう。どうして間に合わないなんて状況になるのだろうかと不思議に思った。いまだにその数カットが間に合わなかった経緯については知らないが、仕上がったフィルムを観て、あまりにも作り手達が真剣に取り組んでいたために、妥協して中途半端なカットを作るわけにはいかなかったのではないかと思えて、1人で勝手に納得した。それくらいの緊張感のある作品だった。

第483回へつづく

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(10.11.01)