アニメ様365日[小黒祐一郎]

第483回 『火垂るの墓』の制作進行

 昨日の原稿を書いていて思い出したのだけれど、『火垂るの墓』の制作中に、制作進行にスカウトされた事があった。ある日、鈴木敏夫編集長に「クロちゃん、『火垂るの墓』の制作進行をやってくれないか」と言われたのだ。それにしても、最近よく「アニメ様365日」に敏夫さんの名前が出てくる。改めてお世話になったのだなあと思う。

 後で知ったのだが、アニメージュのライターがアニメの制作に参加するのには前例があったらしい。『風の谷のナウシカ』でも、まだ学生だった先輩のライターが制作のお手伝いで現場に入ったのだそうだ。それだけ人手が足りなかったのだろう。学徒動員のノリだ。
 とにかく、制作進行をやれと言われて驚いた。具体的になんの仕事をやるのかと聞いたら、「まず、毎朝高畑さんの家に行って、高畑さんを起こしてスタジオに連れてきてほしい」との事だった。激務の監督を朝からスタジオに連れてくるのが仕事なのだ。少しでも監督の稼働時間を増やしたかったのだろう。「高畑さんを起して……」というのは、仕事内容を面白おかしく言っただけなのかもしれないが、当時の僕は真に受けた。「えー、俺が高畑さんを起こすの? 畏れ多いよ。いやだよ、そんな仕事」と思ったけれど、さすがにそんな事は言えないので、自分は自動車の免許をもっていないので制作進行はできないと言って断った。

 東映動画(現・東映アニメーション)でバイトしていた時にも、数日間だけ制作のお手伝いをした事があり(第229回「『オーディーン』でアルバイト」とは別の話だ)、そのまま毎日来てくれないかと言われたのだけれど、その時すでに他の仕事を抱えていたのか、学業が心配だったのか、理由はよく覚えていないが、そのお話は断ってしまった。現場の仕事に憧れはあるけれど縁がない。『火垂るの墓』で声をかけてもらったのは、雑誌ライターの仕事が面白くなってきたところであり、もっと雑誌の仕事がしたかったというのも、断った理由だ。別の時期に声をかけられたら乗っていたかもしれない。

 前回も書いたように『火垂るの墓』は、フィルムに緊張感があり、制作現場の張り詰めた雰囲気がうかがえる作品だ。こんな事を言うと現場で働いた方達には申しわけないけれど、『火垂るの墓』を初めて観たときに「ああ、制作進行をやらなくてよかった」と思ってしまった。
 その時に制作進行をやっていたら、そのままジブリに残って制作デスクくらいになったかもしれないし、ひょっとしたら次回作で田中栄子さんの部下になっていたかもしれない。あるいは、片渕須直さんとロケハンに行っていたかもしれない。そんな人生も面白かっただろうなあとは思う。

第484回へつづく

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(10.11.02)