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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第1回 音羽京子の話

▲『エースをねらえ!』vol.1、2、3
(2005/01/28リリース バンダイビジュアル)(C)山本鈴美香・TMS

 変なタイトルのコラムが始まった。タイトルについては気にしないでほしい。書いている自分だって、おかしなタイトルだと思っている。
 アニメ様というのは、俺のニックネームだ。いくらなんでも一人称が「俺」なのは、あんまりか。アニメ様は、ワシのあだ名じゃよ。いかん、これじゃあ、『セーラームーン』研究家のクマさんだ。10年くらい前に、そんな名前で仕事をしていたのだ。ちょっと柔らかい感じだけど、今回は「僕」でいこう。
 このニックネームについての説明は、ちょっと長くなるので省略する。いつか説明する機会があるかもしれないが、少なくとも自分の事を偉いと思って「様」を付けているわけではない。そんな風に勘違いする人は滅多にいないと思うが、念のために言っておく。
 このコラムのタイトルを「アニメ様の〜」にタイトルにしたのは、他の原稿と、ちょっと書き方を変えてみようかと思ったからだ。書いているうちに、いつものノリになってしまうかもしれないが。あまり堅く考えないで、気楽に書いていきたいと思う。

 最近、仕事で『エースをねらえ!』を観返す機会があった。『エースをねらえ!』の最初のTVシリーズ、通称『旧エース』だ。それが全6巻のバラ売りDVDとして発売される事になり、僕のスタジオ雄で、その解説書の編集を担当したのだ。
 『旧エース』は先にDVD―BOX上下巻でリリースされており、その時もウチが解説書の編集をした。今回のバラ売りDVDの解説書は、DVD―BOXについた冊子形式のものを、6巻分のものとして再構成したものだ。1巻に岡ひろみ役の高坂真琴さん、2巻にはキャラクター設定、3巻にお蝶夫人役の池田昌子さん、4巻に愛川マキ役の菅谷政子さん、5、6巻には出崎統監督のインタビューを掲載している。インタビューのテキストは、DVD―BOXのテキストと同じものなので、BOXを買った人は今回のは買わなくてよろしい。買ってない人で興味がある方は、是非どうぞ。
 『旧エース』は爽やかで、瑞々しい魅力をもった作品だ。原作は山本鈴美香のテニス漫画の傑作。監督は出崎統。歴史的に言うと出崎さんが『あしたのジョー』で初監督を務めた少し後の作品で、まだ、『ガンバの冒険』や『家なき子』を手がける前のものだ。つまり、出崎さんのスタイルが完成される過程のものなのだ。様々な表現に果敢に挑んでいて、演出的にも面白いところがたくさんある。主人公の岡ひろみと、親友の愛川マキの当時の女学生らしいセリフ回しや、日常描写も『旧エース』の魅力だ。

▲今回リリースされるDVDの解説書はこんな感じ。折り畳むかたちで、裏表合わせて6ページ。これはvol.1のオモテ面

▲これはvol.1の裏面。高坂真琴さんのインタビュー 

 僕も何度か観ている作品ではあるけれど、改めて観返すといろいろと発見がある。力のある作品というのは、大抵そういうものだ。あれ、ここは川尻さんの作画じゃないか、へえ、ここでこんな演出をしていたんだ、などと思いながら観た。
 今回観返して一番印象に残ったのが、サイドストーリーとして描かれた音羽京子のドラマだった。作り手のキャラクターに対する愛情が感じられた。別の言い方をすると、作り手のぬくもりが感じられたのがよかった。
 音羽さん、と言っても分からない読者もいるだろうか。彼女は、主人公・岡ひろみのシューズに画鋲を入れたり、ラケットを隠したりといった陰湿ないじめで有名な敵役だ。ややエキセントリックな印象のキャラクターで、パロディのネタにされる事も多かったと思う。
 彼女がひろみを敵視するのは、まだ新人だったひろみが宗方コーチによって選手に選ばれ、そのためにレギュラーの座から降ろされたからだ。原作では、ひろみが実力をつけていくうちに、ドラマからフェードアウトしていくのだが、アニメでは違った。出崎監督達は、原作ファンがあっと驚く設定とドラマを彼女に与えたのだ。
 シリーズの折り返し地点、13話「すき!すき!すき!藤堂さん」で明らかになった事実。実は、彼女は右腕の筋肉を痛めており、あと2、3ヶ月しかテニスができない身体だったのだ。少しでもテニスを続けたいと思っていた音羽さんは、周りにはその事を告げずにいた。しかし、ひろみが選手に抜擢されたために、彼女は試合に出る事ができなかったのだ。それは悔しかっただろう。ならばイジメもするだろう。もちろん、これはアニメオリジナルの設定。「なるほど、そうだったのか」と、視聴者が思わずヒザを叩く展開だ。
 その13話では県大会優勝祝賀のパーティが行われ、宗方がスピーチをする。彼は半分はテニス部の生徒達に、半分は彼女に聞かせるために話をする。ここでの宗方のスピーチは、何度聞いてもいい。勿体ないので、ここでセリフの引用はしない。興味がある人は、DVDなり再放送なりで観てもらいたい。青春の価値とは、他人との勝ち負けや順位にあるのではない。青春時代に何かに本気で打ち込み、自分自身を燃やしていれば、決して後悔する事はない。そういった内容の事を、実に格好よく言うのである。そのスピーチを聞いた尾崎達(と言っても『エース』を知らない人には分からないか。分かってるつもりで読み進めてくれ)は「ブラボー、宗方コーチ!」と喝采を送るのだが、観ている僕も「ブラボー」と叫びたくなるくらいだ。さらにパーティの後で、宗方が音羽さんに、ある言葉を贈るのだけど、これもいい。
 試合シーンのないエピソードではあるが、僕は『旧エース』で1本好きな話を選べと言われたら、この13話を選ぶ。DVD―BOX解説書の各話解説で、ライターの中島紳介さんがこの話の宗方のセリフに、出崎作品に共通するテーマが凝縮されていると書いている。頷ける話だ。確かに、この話の宗方のセリフは、出崎さん自身の言葉以外の何ものでもない。ちなみに、スペースの関係で、今回のDVDには、中島さんの解説は再録できなかった。残念。代わりに、僕らが書き直した短い各話解説を掲載している。

 だが、13話で音羽さんのドラマは終わらない。それまで、ひろみをいじめるばかりだった彼女が、宗方の言葉を受け止め、ひろみをフォローする側に回るのだ。14話からが、音羽さんの見せ場である。今回、観返して面白いと思ったのが、このあたりだ。
 音羽さんは、休んだお蝶夫人の代わりに、ひろみのダブルスのパートナーを志願して彼女を鍛え、あるいは、ひろみとのダブルスが上手くいくようにお蝶夫人に進言する。いい人への変貌ぶりが心地よい。18話「黒いスパイを叩け!」では、サングラス&マフラーで顔を隠した謎の2人組とひろみの野試合に、緑川蘭子とともに加勢にやってくる。もはや、ほとんど正義の味方だ。ここでは、ひろみが感心する事で、彼女がプレイヤーとして優れている事もアピールされている。視聴者である僕は、音羽さんにプレイヤーとしての未来がない事が分かっているだけに、ひろみが彼女の価値を認めてくれるのがちょっと嬉しくなる。
 22話「卒業試験に涙は無用!」が、音羽さん関連の最後のエピソード。3年生の歓送試合で、彼女はひろみと組んでダブルスをしたいと宗方に願い出る。これが最後の試合だ。13話で宗方の言葉を聞いた時から、ひろみに自分の夢を託そうと考えていた彼女は、最後の試合の中ですら、自分が目立つプレイをするのではなく、ひろみを成長させようとする。シリーズ前半の彼女からは信じられない、ひたむきさだ。スタッフが、彼女のキャラクターを掘り下げていった結果なのだろう。

 シリーズ後半の音羽京子のドラマは、演出的に綿密にコントロールされている。14話では、ひろみのプレイに対して厳しい事を言う箇所があり「あれ、先週あんな事があったのに、改心してないの?」と視聴者に思わせる。実は、それはひろみの事を真剣に考えているからこそ出た言葉だった、というのは後になって分かる事だ。16話「恐怖の竜巻サーブ!」で、初めてダブルスの試合に挑むひろみに「明日の試合は、あなただけのものじゃないのよ」と言う。ひろみは、それを「自分とお蝶夫人の試合」という意味にとるのだが、音羽さんは応援している自分達にとっても、大事な試合だと思っていたのだろう。それがひろみに伝わらないのも、切なくてよい。かなり大人っぽい演出だ。
 音羽京子を演じたのは『ジャングル大帝』のレオ、『リボンの騎士』のサファイヤ、『ひみつのアッコちゃん』のアッコ役で知られる太田淑子。これだけの大物をキャスティングしたのは、最初から彼女のドラマを描き込むつもりがあったためだろうか。シリーズ前半の悪役だった頃の芝居はかなり強烈で、いかにもイヤなやつ。声を聞いているだけで愉快なシーンもある。また、改心してからのしおらしさもいい。音羽さんの心変わりが不自然に感じられないのは、太田さんの役者としての持ち味によるところも大きいのだろう。

 前述のDVD解説書のインタビューでも、僕は出崎さんに、音羽さんの事を訊いている。出崎さんは、13話の事はあまり覚えていなかったが、「音羽をこのまま(ドラマから)消すわけにはいかない」と思った、と話してくれた。『旧エース』の文芸を担当していたのが、現在はマッドハウスで数々の作品を手がけている丸山正雄プロデューサーだ(ちなみに、脚本の朝木夢二は丸山さんのペンネーム)が、以前、丸山さんにも、音羽さんについて尋ねた事がある。丸山さんも詳しくは覚えていなかったが、音羽さんのドラマを膨らませたのは、出崎監督の判断だろうと答えてくれた。そういった事は、いかにも出崎さんがやりそうだと。
 敗れ去り、栄光を手入れられなかったキャラクターにも生き様があり、そこにドラマを見出す。確かに、それはいかにも出崎作品らしい。いや、そういった部分にこそ出崎作品の本質があるのかもしれない。
 『あしたのジョー2』の名作中の名作26話「チャンピオン…そして、敗者の栄光」と27話「ボクシング…その鎮魂歌」も、そんなエピソードだった。27話では、かつてホセ・メンドーサに敗れたボクサーにスポットがあたる。彼は今では焼鳥屋になっており、ジョーがその屋台を訪れる。彼は飼い犬に自分を破ったホセの名を付けていた。27話ではアゴを砕かれて引退したウルフ金串が、ジョーに金を借りにくる。これも切ない、大人の話だ。
 『旧エース』から15年以上経って作られた『エースをねらえ! ファイナルステージ』も、勝利者の話ではない。ここで出崎監督は、若い選手に追い抜かれていく緑川蘭子やお蝶夫人の姿を、鮮烈に描いている。考えてみれば、音羽さんのドラマと通じるところがある話だった。
 

■第2回へ続く

(05.01.15)

 
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