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第31回 劇場版『パトレイバー』と脳内アニメ
前回、公開前に『F91』の絵コンテを読んだ話を書いたけれど、本当は作品ができあがる前にコンテを読みたくはない。事前の情報をなるべく頭に入れないで、完成品を観る方が幸せだからだ。ただ、事前に絵コンテを読むという行為は、それはそれでスリリングな体験だ。
忘れられないのが、劇場版『機動警察パトレイバー』での経験だ。この作品についても、僕はアニメージュで記事作りに参加している。メインの作品担当は他にいたので、僕はスタッフのインタビューなどをやらせてもらった。「狂走都市東京に立ち向かう若者たち」というタイトルの特集があったが、「狂走都市」のネーミングは僕が考えた。結構気に入っている。
仕事でかかわっている事もあって、劇場版『パトレイバー』のコンテは、比較的早い段階で読んだ。この映画は“東京”をテーマのひとつにしており、過去を感じられる東京の風景が劇中に登場する。その風景のいくつかは、既成の東京に関する写真集などを参考にして、画面が作られている。「超芸術トマソン」「看板建築」「S20東京地図」「乱歩と東京」「路上観察学入門」といったタイトルの書籍だ。コンテのト書き部分に「[資料]『S20東京地図』66P」といった感じで、そのカットで参考にする写真の指示が書き込まれていた(余談だが、この手法は、押井守監督のアニメ技法史としては過渡期のものと言えよう。また、劇場版『パトレイバー』の絵コンテは、バンダイビジュアルからリリースされたDVD「機動警察パトレイバー 劇場版 Limited Edition」のブックレットとなっている)。
アニメージュの別冊付録では、押井監督が引用した書籍を取り寄せて、それを元に記事を組んだ。たとえば屋根の上に猫がいて、その画面奥にレイバーが暴走しているカットがあったが、実は元になっている写真でも屋根の上に猫がいたりするのだ。そんなマニアックな記事を思いつくくらい、念入りに絵コンテを読んだ。
だけど、絵コンテ段階では、あまり面白い映画だとは思わなかった。「レイバーの出番が少ないなあ」とか「野明や遊馬があまり活躍してないなあ」といった事を不満に思っていた。2人の刑事が、帆場の手がかりを求めて過去の東京の風景の中を彷徨うシーンなんて、冗長な場面だろうと予想していた。ゴメンなさい。完全に勘違いしていました。いや、押井監督の絵コンテって、画がギャグマンガみたいなんですよ。何を描いても『うる星やつら』みたいに見える。それまでのアニメ『機動警察パトレイバー』は、OVA6話分しかなかったわけで、劇場版がこんなにリアルなものになるなんて想像できなかった。と、これは言い訳。
試写で完成品を観た時に、目から鱗がポロポロ落ちた。各シーンが僕がイメージしていたものよりも、ずっとリアルでシャープ。しかも、雰囲気がある。「あ、このシーンはこんなふうになったのか!」「ここの表現はこうなったのか!」と驚きながら観た。全シーンの内容もセリフも頭に入っていたのにも関わらず、話も充分に楽しめた。冗長だろうと思っていた2人の刑事のシーンは、映画の最大の見せ場になっていた。篠原重工の工場に遊馬たちが行って、モニターに次々と「BABEL」の文字が表示される場面も、絵コンテ段階で予想したものより何倍もインパクトのあるものとなった。
あまり面白くない映画だろうと思っていた事は、取材などでの僕の態度に表れていたに違いない。この映画の打ち上げに参加したときに、お詫びの気持ちをこめて、押井監督に「コンテよりもずっと面白かったです」と言った。監督は「それはよかった」と喜んでくれた。
よく「絵コンテはアニメの設計図」と言われている。実際にそのとおりなのだが、あくまで設計図は設計図であり、完成品ではない。設計図をどう読み取って、どう作っていくかで作品の出来は変わってくる。プロの演出家やアニメーター、あるいはプロデューサーの場合は違うのだろうが、僕のような素人がコンテを読む行為は、動きや声をイメージしながらマンガを読むのに似ている。
読者の皆さんも、そこに表現されていないキャラクターの声や動き、色、BGM、ときには空気感みたいなものまで想像しながら、マンガを読む事があるでしょ? え、ないですか? まあ、ここでは皆さんがそんなふうにしてマンガを読んでいると仮定して進める事にする。完成品をイメージしながら絵コンテを読む。つまり、絵コンテという材料を取り込みながら、自分の頭の中で1本のアニメを再生させる。脳内アニメを作るわけだ。
劇場版『パトレイバー』について、僕の脳内アニメは失敗作だった。逆に石川光久プロデューサーは同じ絵コンテを読んで「凄い。これは“映画”になる」と思ったそうだ。さすがである。石川さんは「こんなスタッフをそろえて、こう作れば、こんな作品になる」とイメージしながらコンテを読んだのだろう。
絵コンテを読むという行為そのものが、ある意味、クリエイティブな行為なのだろう。それは脚本を読んで仕上がりをイメージするのも同様だ。さらに言えば、一般読者が小説やマンガを読む事も、クリエイティブな活動なのかもしれない。
他にも、劇場版『パトレイバー』と似た経験はある。細田守監督の『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』も公開前に絵コンテを読んだ。これも読み違えた。フィルムのクオリティや質感はある程度、予想できたのだが、絵コンテを読んだときには、理屈っぽくてマニアックな映画になるだろうと予想した。今だからこそ言える事だけど「あ〜あ、アニメフェアでこんなマニアックな映画を作っちゃって。大丈夫なの?」と思った。ところが、仕上がったフィルムは語り口の巧みさゆえに、理屈っぼさが前面に出る映画にはならなかった。バランスのよい、エンターテインメントに仕上がっていた。絵コンテ段階だと、作り手の考えや仕掛けが見えやすいために、そう思ってしまったのだろう。あるいはフィルムのスピード感を読み取れなかったのかもしれない。
TV作品でいうと『新世紀GPX サイバーフォーミュラ』のラス前、36話「三強激突!日本グランプリ」も印象的だ。絵コンテ段階でも、ラストはいい場面になるだろうと思ったけれど、選曲と役者さんの芝居の力もあり、予想の何倍もよくなっていた。フィルムに神が降りてきた瞬間のひとつだ。
勿論、読みを外した事より、読みどおりだった事のほうが多い。脳内アニメと仕上がりがあまり変わらない場合のほうが多いのだ。劇場版『パトレイバー』以降の押井監督作品については、完成前にコンテを読んだ経験はないが、劇場版『パトレイバー』という前例があるから、読んでもそんなに外した予想はしないだろう。「このコンテをProduction I.Gが作ればこうなる。ここにはきっとこんな曲がかかるに違いない」と的確にイメージできるのではないかと思う。宮崎駿監督の映画についても、事前にコンテを読んだ事はないが「このコンテで今のジブリなら、こうなるだろう」と、多分、予想がつくだろう。
コンテを読んで、頭の中で立派なイメージを作り上げてしまって、後で完成品を観て物足りなく思った事も何度かあった。『F91』もそうだし、『ルパン三世』スペシャルの第1作『バイバイ・リバティー・危機一発!』もそうだった。『バイバイ・リバティー・危機一発!』は出崎統監督の作品である。仕上がった作品も決して悪い出来ではない。むしろ、『ルパン三世』スペシャルの中では傑作だ。だけど、出崎さんのコンテがよすぎた。僕は過去の出崎作品にあった最高の映像や、最高のテンションをイメージしてコンテを読んだ。そして、仕上がったフィルムは、僕の脳内アニメにはちょっと及ばなかった。念のため説明しておくが、コンテに描かれたアクションやセリフは、全て映像化されている。特に作画の質が低いわけでもない。ただ、そのテンションが最高潮ではなかったのだ。演出的なテンションが要求されるシーンは、少しもったいなかった。同じ出崎監督作品でも、劇場版『エースをねらえ!』や『あしたのジョー2』などはコンテも面白くて、さらにフィルムはそれよりもよいものになっていたのだろう。
同じコンテでも「誰が作るか」と「どう作るか」で、作品の仕上がりはまるで違ったものになる。そんな事があるから、アニメは面白い。
●商品情報
「機動警察パトレイバー 劇場版 Limited Edition」
価格:8190円(税込)
発売元:バンダイビジュアル
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■第32回へ続く
(06.03.27)
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編集・著作:
スタジオ雄
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