「第拾壱話 静止した闇の中で」は、第3新東京市の大停電を背景にしたユーモラスな部分の多いエピソード。ネルフメンバーの洗濯、通勤という日常的な描写もあり、オペレーター3人組もちょっと存在感を出している。マヤの「不潔……」の台詞もこの回だ。本部へ向かうシンジ、アスカ、レイの3人の凸凹トリオぶりも愉しい。勿論、最大の笑いどころはAパート最後だ。リツコとマヤは停電で生じた暑さを団扇でしのぎ、そして、ゲンドウと冬月は? リツコ達からは見えないが、彼等は水の入ったバケツに足を入れて涼んでいたのだ。「ぬるいな」「ああ」。ゲンドウと冬月を使った唯一のギャグである。シリーズを最後まで観て、人類補完計画を進めるゲンドウの真意や冬月との関係等を知ってから、この場面を再見すると、また味わい深い。
原画はスタジオジブリが担当。劇中に登場する市議選立候補者の高橋覗は、当時のジブリプロデューサー、高橋望を捩ったネーミング。高橋さんはかつてアニメージュの編集者だった時代があり、Dr.望の名前で連載記事「ビデオラボ」を担当していた。覚えている読者もいる事だろう。ジブリとは関係ないが、冬月が読んでいた新聞で、「私の履歴書」コーナーに登場しているのは、詩人の庵谷秀明。
尺数の問題だろうか、この話はコンテ段階にあったシーンや描写が、いくつかオミットされている。零号機の試験中にS2機関についてリツコが話す部分、ネルフ本部へ向かうルートが複雑に造られているのはテロ対策であるとシンジ達が話すシーン等だ。ミサト達がエレベーターに閉じ込められた場面のひとつで、ちょっとシリアス気味に加持が「なぁ、葛城……」と話しかけ、ミサトが「ごめん。今は云わないで」と返す描写も予定されていた。「第拾伍話 嘘と沈黙」への伏線だったのだろう。
冒頭でマヤが「さすがは科学の街。正に科学万能の時代ですね」と云って、青葉に「古くさい台詞」と突っ込まれているが、今回はそれがテーマのひとつ。電気を喪ったネルフは、科学の力を殆ど使用できなくなってしまう。だが、そこに第9の使徒が襲来。使徒との戦闘の後、そのテーマはラストのシンジ、アスカ、レイの会話でまとめられる。電気が使えなくなり街の灯りがなくなると星が綺麗に見えるとシンジは云い、だけど、灯りがないと街に人が住んでいるように見えないとアスカは続ける。人間は闇を恐れて、科学を手にした。科学を持つから人間は特別な存在なのか、だから使徒が攻めてくるのかと会話は進む。科学技術は便利ではあるが、万能ではない。それに頼り切るのは危険だ。しかし、人の暮らしに科学が必要なのも間違いなく、科学を手にしているから人は人なのだろう。
この話の見どころのひとつが、シーンの繋ぎ方である。ふたつ以上のシーンを、台詞やカットの意味で繋いでいる部分が多い。例えば、停電したネルフ本部内をリツコとマヤが行くシーンが「とにかく発令所に行きましょう。7分経っても復旧しないなんて」というリツコの台詞で終わると、次のシーンがそれを受けたミサトの「ただ事じゃないわ」で始まり、そのシーンが加持の「となると……」で終わると、次シーンのゲンドウの「やはりプレーカーは落ちた、というより落とされたと考えるべきだな」に続く。そして、同シーンの冬月の「原因はどうあれ、こんな時に使徒が現れたら大変だぞ」の台詞を受けて、次シーンで使徒の出現が判明する。まるで台詞を使ったしりとりだ。また、停電が起きた直後、「赤木が実験でもミスったかな?」という加持の台詞を、次のシーンでリツコが「あ、あたしじゃないわよ」と受け、次カットで加持が「どうだろうな」と云ったりするのは、シーンをまたがって会話をしているようで愉しい。冬月がネルフ本部の生命維持に支障が生じても、残っている電力をMAGIとセントラルドグマに回せ、と云った直後にシーンが替わり、次シーンの最初が信号機が青から赤になるカット。つまり、危険になったの意味だ。シーン繋ぎではないが、ゲンドウがEVA発進の準備を始めると云った後で、冬月が「まさが、手動でか」と返す。その次のカットが、タラップに取り付くゲンドウの手のアップなのだ。冬月の問いに、言葉よりも先にカット割りが答えているわけだ。
「ぬるいな」のやりとり程ではないが、ゲンドウがEVAを起動させる為に、他のスタッフと共に準備をする展開には違和感がある。しかも、こちらはギャグではない。いつも静的な彼が、額に汗して身体を動かしているのも珍しいのだが、むしろ、彼がシンジ達が駆け付けてくるのを信じて、準備をしていた事に注目したい。もっとも「来る事を信じて準備を……」と云っているのはリツコであって、実際にゲンドウがどう考えていたのかは分からないのだが、それを否定する材料も劇中にはない。常に他人に対して冷徹である彼が、シンジ達が停電の闇の中をやって来ると信じた。そして、シンジ達もその期待に応えた。チルドレンの凸凹トリオも、ネルフ本部に着くまでは仲が悪かったが、第9使徒との戦闘では見事なコンビネーションを見せ、これを撃破している。アスカは戦闘前にはレイに対してキツく当たっていたが、戦闘後は彼女の発言を「てっつがくぅ」と誉めている。戦闘を経て、レイに気持ちを許したのだろう。
第2部「アクション編」は、人と人の関係をポジティブに捉える傾向があり、コンビネーションで作戦を成功させる話が殆どだ。「アクション編」最初のエピソードである第八話から、少しずつボジティブに人間関係を描く傾向が強まっており、この第拾壱話で最もその傾向が強まったと見る事もできる。シリーズ通じての『エヴァ』のテイストを考えれば、ある意味、第八話や第九話よりも異色のエピソードである。
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