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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第54回 エヴァ雑記「第弐拾壱話 ネルフ、誕生」

 ネルフと碇指令は、英国の特撮TVドラマ「謎の円盤UFO」に登場したSHADOとストレイカー最高司令官のイメージが反映されている。「謎の円盤UFO」には「シャドーはこうして生まれた」という話があり、それはストレイカー司令官の回想のかたちでSHADO設立の頃が語られたエピソードだ。「第弐拾壱話 ネルフ、誕生」は、いわば「シャドーはこうして生まれた」に相当する話だ。
 ここから『エヴァ』は第4部に突入。よりハードな、そして、キャラクターの内面に入り込んだドラマが展開される。第弐拾壱話では、現在と交錯するかたちでゲンドウ、冬月、ユイ、赤木ナオコ、そして、ミサトやリツコの過去が描かれる。描かれているのは「情念」であり「生々しさ」なのだが、筆致はひどくクール。そのギャップがよい。第伍話、第拾伍話に続く、薩川昭夫、甚目喜一、鈴木俊二トリオが手がけたエピソード。恐らく薩川さんの持ち味が、最も色濃く出た話であるのだろう。オンエア版では、鈴木俊二の役職が作画監督でなく、設定補・レイアウト監修であったのが惜しい。甚目喜一のコンテがまた素晴らしい。前にも書いた通り、甚目喜一とは、様々なヒット作を残している佐藤順一監督のペンネームだ。

 ミサトとリツコの大学時代の挿話も印象的だが、やはりこの話の肝となるのは、冬月とゲンドウの関係であり、ユイの描写だ。オンエア版ではユイが具体的に描写されているは、たったの2シーン(他に声のみのシーンはあり)。冬月との出逢いのシーン、冬月と秋の山道を行くシーンだけだ。
 冬月との出逢いの場面で、彼女は就職するのか研究室に入るのかと問われ、いい人との出逢いがあれば、家庭に入るのもいいと考えていると答える。甚目さんのコンテを見ると、彼女が「家庭に入ろうかと思っているんです……」のカットのト書きには「幸福そうな笑顔で……」「落ち着いている」と書かれている。これは深い。そして、コンテに描かれたそのユイが、とてつもなくチャーミングなのだ。冬月が感心する程のレポートをまとめる能力があり、後のシーンで分かるように彼女の背後にはゼーレの存在がある。おそらくは良家の子女なのだろう。優秀であり、家柄もよく、しかも、若くて美しい。更に、よい人との出逢いがあれば、研究を捨てて、その人の妻になってもいいと思っている。現在恋人がいるわけではないが、特に恋人が欲しいとがっついているわけでもない。現状ですでに幸福であり、更に素敵な人と出逢えればいいと思っている。なるほど、初々しいとはこういう事だ。彼女には補完が必要ではないという事だ。わずか2カットで冬月が惚れるのも頷けるというものだ。
 冬月と秋の山道を行くシーンでは、ユイはゲンドウの事を「とても可愛い人」だと云う。あのゲンドウの魅力を発見し、愛する事ができる女性なのだ。視聴者にとってはこの2シーンの描写が、ゲンドウと冬月がユイに執着し続ける根拠だ。少ない情報のみを与えて視聴者にあれこれと想像させるのが『エヴァ』の十八番であるが、ユイについては特にその手法が効いている。
 ところで、山道のシーンではト書きに「調査にかこつけたデートのつもりだったか冬月……」と甚目さんの自問が書かれていた。前後するが、冬月とユイの出逢いのシーンで、「家庭に入ろうかと……」の次のカットは、ユイの顔を見詰める冬月だ。そのカットのト書きは「ユイを見詰めてしまう冬月。魅かれたか……」とある。第弐拾壱話の絵コンテはスケジュールがなく、かなり急いで書いたのだそうだ。ではあるが、キャラクターの描写が抜群にいいし、コンテから内面への踏み込みが読み取れる。甚目さんのコンテの中で、いや、僕が読んだ佐藤さんのコンテの中で一番面白かったのが、この第弐拾壱話のものだ。
 『EVANGELION DEATH AND REBIRTH』の劇場パンフレットで、甚目喜一さんに取材をした。彼はそこで第弐拾壱話のコンテは、キャラクターの心情を想像するのが愉しかったと語っており、またその取材記事の中で、ゲンドウと冬月の関係が話題になっている。ユイは冬月のファンであり、結婚してからもゲンドウの前で、彼の事を誉めていた。その為、ゲンドウはそれを許す事ができず、わざわざ結婚した事を報せる葉書を手渡しして、冬月の反応を目前で見ようとした。ゲンドウは、その後も冬月の事を意識している。自分の知らないところで、彼がユイが感心するような、格好いい事をするかもしれないと心配しているのだ。彼を仲間に引き入れたのは、自分の目が届くところに置こうとしたのではないか。そういったドロドロした部分が、冬月とゲンドウの関係の面白さだ。

 この話の最後で、拉致された冬月を助け出した加持が撃たれる。加持を撃ったのがミサトだと思ったファンも多かったようだ。オンエア版では加持が撃たれた次のカットで、マンションのドアが閉まり、「葛城」と書かれた表札が画面に映る。これをミサトが撃った犯人である事を示す演出である、と見たファンもいたようだ。ビデオフォーマット版では、マンションのドアが閉まるカットは削除され、代わりに街灯、マンション全景、マンションの廊下の3カットが加えられている。この変更は、ミサトが犯人かもしれないという印象を弱める為のものだったのだろう。ところで、加持の死を知ったミサトが泣くシーンの原画は平松禎史。ミサトが泣き崩れる芝居に合わせて、テーブルをガタンと動かした小技も見事だ。


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■第55回 エヴァ雑記「第弐拾弐話 せめて、人間らしく」に続く


(06.06.15)

 
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