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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第89回 『エスパー魔美』再見 「23時55分の反抗」

 今日取り上げる2本も、アニメのオリジナルエピソードだ。103話「日曜日のトリック」(脚本/もとひら了 絵コンテ・演出/本郷みつる)は本放送時にも、よくもまあ、こんな話をアニメでやったものだと思ったエピソード。魔美と高畑が出逢った予備校生は、自分は運が悪いとふさぎこんでいた。彼は毎日、駅で上り電車が来るか下り電車が来るかでその日の運勢を占っている。上り電車が先に来ればその日は幸運、下り電車が来ればその日は悪い事が起きるというわけだ。上り電車と下り電車の数は同じだから、来る確率は同じはずなのに、彼が駅に行くと、いつも下り電車が来る。最近、幸運が続いている魔美が、彼の電車占いに何度かつきあうが、やはり下り電車が来てしまった。そこで高畑が、日曜に電車占いをやってみないかと持ちかける。しかも、その日の運勢ではなく、来年の大学受験の合否を占おうというのだ。日曜日、予備校生達の前にやってきたのは、上りの電車だった! そこで高畑が謎解きをする。平日では予備校生が駅に来る時間には、上りも下りも15分毎に電車が来るのだが、駅に上りと下りが来る間隔は同じではなかった。下り電車の1分後に、上り電車が来るタイムスケジュールになっていた。乗客が駅に着いて、先に下りが来る確率は14/15、上りが来る確率は1/15だったのだ。そして、日曜の時刻表では、その確率が逆になる。それに気がついた高畑は、彼に日曜に駅に来るように勧めたのだ。自分を不運にしていたのは、自分自身の思い込みだと気がついた予備校生に、高畑は普段乗らない下りの電車に乗ってみないかと提案する。今日一日、受験勉強を忘れて、自分達と一緒に遊園地で遊ぼうというのだ。
 名探偵のごとき高畑の推理が鮮やかな一編。このエピソードについては「この人に話を聞きたい」の原恵一監督へのインタビューでも話題にした。新聞の読者欄かコラムで、この話と同じように、駅のホームでいつも自分が待っているのと反対方向の電車が来るのは、実は反対側から来る確率の方が高いためだったという話があり、もとひら了が、そこからアイデアを採って、書いた脚本なのだそうだ。その受験生のように、生活の中でちょっとした占いのような事をやっている人は少なくないだろう。だが、そんなモチーフでTVアニメを1話作ったのには驚いたし、その話をサスペンスフルにまとめた事にも感心した。これも、アニメ『魔美』ならではのエピソードだ。
 ところで「日曜日のトリック」では魔美の超能力が、事件解決にまるで役立っていない。活躍したのは高畑であり、「名探偵高畑少年の事件簿」という番組のエピソードでも使えそうな内容だ。超能力は魔美達が、予備校生の悩みを知る事に役立っただけだ。実は『魔美』では、彼女の超能力が事件の解決のために使われていない場合が多い。今までに紹介した「たんぽぽのコーヒー」でも、家出した少年を連れ返すのは高畑であり、父親だった。崖から少年が落ちそうになった時も、父親が助けるべきだと判断して、魔美はあえて超能力を使わなかったのだ。「俺たちTONBI」でも、ハッピーエンドの成立に超能力が役立っているが、それがなくても充分に成り立つ話だった。
 細かく検証したわけではないが、ドラマ的に充実した話では、特に超能力が使われていない印象がある。特撮番組の傑作「ウルトラセブン」で、ドラマを突き詰めて作ったエピソードでは、ヒーローであるウルトラセブンの存在が作劇の邪魔になる事があった。それと同じ事が『魔美』でも起こっているのだ。魔美の超能力が役に立たなかったどころか、魔美の存在感すら希薄だったのが、103話「23時55分の反抗」(脚本/水出弘一 絵コンテ/原恵一、演出/高柳哲司)だ。
 魔美達のクラスメートの吉沢友子が、この回の主役である。マジメで頭のよい女の子だが、最近、様子がおかしい。塾が忙しい事を理由に、林間学校の委員を断ったり、新聞部を突然辞めてしまったり。実は、彼女の両親が山梨に念願のマイホームを建てており、夏休みにそこに引っ越す事が決まっていたのだ。彼女の父親は山梨から東京の会社まで通う予定であり、もしその気があれば同じように山梨から今の学校に通っても構わないと、京子は言われていた。また先日、彼女は好きな男子に「お前の父親とそっくりで、マジメ過ぎる」と文句を言われて、それを気にしていた。彼女の父親は勤続20年、無遅刻無欠勤で通しているマジメ人間なのだ。親の都合で引っ越す事になったのが不満であり、マジメと言われた事に悩んだ京子は、やり場のない気持ちを抱えていた。塾や学校をさぼり、1人で映画館に入ったりする。そして、23時55分発の夜行列車に乗り込む。山梨方面に行く中央本線だ。
 この話のキモとなるのは、夜行列車の中で言葉を交わした車掌と、乗客の親子だ。彼女が山梨から東京まで学校に通えるかどうかを試すために列車に乗ったと言うと、車掌は、彼女の前の席に座っている父親と娘も、ずっと遠距離通勤で会社に通っていると教える。仲良く通勤している2人の様子を見て、京子は心がなごむ。車掌のおせっかいぶりが、まるで昔の邦画かTVドラマのようだ。
 明け方に山梨に着いた彼女は、これから自分達が暮らす新居に行く。そこには娘を心配して、自家用車で駆けつけた父親が待っていた。京子は自分が悩んでいた事を父親に話し、2人は和解する。父親は、マジメというのも悪くない、それも個性のひとつではないかと彼女に話す。そして、京子は自分も父親と一緒に東京の高校に通いたいと言うのだった。父親は、今日は東京に戻らず、一緒に新居の家庭菜園の手入れをしないかと提案する。久しぶりに娘と一緒に時間を過ごすために、20年の無遅刻無欠勤の記録をストップさせるのだ。
 「23時55分の反抗」とは、なにやら大袈裟な事件を予想させるサブタイトルだが、優等生の少女が、やり場のない気持ちを抱えて夜行列車に乗り込むという、小さな反抗を描いた物語だった。そして、父親もマジメなだけの生活からちょっと外れてみせる。マジメな親子の小さな反抗。こぢんまりとはしているが、印象的なエピソードだ。
 さて、この話で魔美と高畑は何をやったのか? 京子の悩みを知った2人は、彼女を追いかけた。それだけだ。魔美の超能力が使われたのは、京子の悩みを知るため、彼女を追いかけるため、繁華街で彼女が不良に絡まれた時に助けるため、だけである。京子が夜行列車に乗ってからは、見守るだけで本当に何もしていない。超能力が役に立っていないどころか、魔美と高畑の存在が物語に絡んでいないのだ。京子の気持ちをほぐしたのは、車掌と乗客の親子だし、彼女の気持ちを受け止めるのは父親だ。今回の問題は、京子自身と父親が解決すべき問題だ。それで、作り手は魔美や高畑を傍観者にしたのだろう。100話以上も続いたシリーズだ。たまには、そんな事があってもいい。ところが、京子と父親が和解したところで、その様子を見ていた魔美が大変なセリフを口にする。「私達の出番はなかったけど、これでよかったのよね」だ。本放送でも、僕はこのセリフで吹き出した。出番がなかったなんて、主人公が自分で言わなくてもいいじゃないか。言わなければ、視聴者は、魔美達が活躍しなかった事に気づかなかったかもしれないのに。これは作り手が、自分で自分の作品に突っ込みを入れたのだろう。

■第90回に続く


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発売元/シンエイ動画、フロンティアワークス
販売元/ジェネオン エンタテインメント
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(06.12.07)

 
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