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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第92回 『エスパー魔美』再見 「動き出した時間」

 大袈裟な言い方になるが、『魔美』は、ある程度の普遍性を備えた作品だ。20年前の本放送時にも新しくはなかったが、それだけに古びていない。特に、原監督が演出をしたエピソードについて、そう思う。原監督の代表作である事も、間違いない。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』や『アッパレ!戦国大合戦』よりも、こちらの方が彼の本領が発揮されている。改めて観て、そう感じた。
 『魔美』を観ていて、その最終話の内容を覚えていない人は多いのではないだろうか。最終話「動き出した時間」(脚本/桶谷顕、絵コンテ・演出/原恵一)は、淡々とした内容の『魔美』らしいエピソードだ。魔美の父親である佐倉十朗は、魔美をモデルにした連作を描くのを中止する事を、彼女に告げる。モデルに代わる新しいバイトを探そうと思った魔美が保育園を訪れると、そこでは保母さんが、子供達に父親の絵を描かせていた。描かれた顔の大きさと、子供と父親の距離は関係している。父親との距離が近い場合、子供は父親の顔を大きく描くのだと保母さんに教わる。十朗は魔美に本当の事を話す。彼の念願だったフランス留学をする事になった。魔美の連作を休むのはそのためだったのだ。お父さんっ子である魔美は寂しく感じるが、高畑が慰める。十朗は魔美の、色々な瞬間を暖かい眼差しで見つめ、描き続けてきた。だから、彼が描く魔美の絵はいい画に仕上がっていたのだろう。フランスは遠いけれど、十朗は見守ってきた魔美の事を忘れはしないだろう。高畑はそういった内容の事を魔美に語る。
 十朗がフランスに旅立つ日、魔美達は同じ車で空港まで見送りに行くが非常ベルの音を聞き、高畑と一緒に現場に駆けつける。銀行強盗が子供を人質にして立て籠もっていたのだ。魔美は超能力で銀行強盗を捕まえるが、そのために十朗を見送る事はできなかった。だが、魔美は悲しまない。もう会えなくなるわけではないのだから。魔美は、自分の部屋で十朗が残していった手紙を見つける。手紙には「魔美へ パパのいちばんの宝物だ 君に預けておく 大きな顔のパパより」と書かれていた。それは魔美が幼稚園の時に描いた十朗の画だった。紙一杯に描かれた十朗の大きな顔!
 クライマックスらしいクライマックスのないエピソードだ。ドラマの緩急もほとんどない。穏やかに爽やかに、魔美達の日常的な描写を積み重ねていく。最終話というよりも、長いシリーズのエピローグと考えた方がしっくりくるかもしれない。原監督の演出は、他のエピソードよりも、さらに気持ちが入っており、何気ないカット、カメラの切り返しにも、キラリと光るものがある。原監督のコンテが最も高まったのが、この話だったのかもしれない。
 109話「こだわりの壁画」も、十朗にスポットがあたった好編だったが、その話で登場した彼の教え子が、この最終話で空港での見送りに来ているのも、気が利いている。ちなみに十朗を演じているのは『サザエさん』のマスオ、『それいけ! アンパンマン』のジャムおじさん等で知られる増岡弘。彼の芝居の力もあり、十朗は味わいのあるキャラクターになっていた。
 この話に関しては、表面的な物語上のテーマと、演出上のテーマの関係が、少しばかり複雑だ。ファーストカットは砂時計のアップだ。つまり、この話が「時の流れ」をめぐる物語でもある事を示しているわけだ。十朗の留学を知った魔美は「なんだか、止まっていた時間が動き出したみたい」と独りごちる。前に取り上げた88話「ターニングポイント」で、高畑は留学をしなかったが、最終話では十朗が留学をする。十朗の留学は、彼にとってだけでなく、魔美達にとっても人生の節目となるターニングポイントだった。このエピソードのラスト近く、殺人的に料理が下手だった魔美は、母親に手ほどきを受け、高畑は野球の試合で投手としてマウンドに立ち、三振をとって大喜びをする。
 魔美達が銀行強盗が立て籠もっている現場に来ると、すでに警察が来ていた。高畑はその場は警察に任せて十朗の見送りに戻ろうと言うが、むしろ、魔美は自分が早く駆けつけなかった事を後悔する。父親の見送りよりも、人を助ける事を選んだ事で、彼女の成長を描いた描写だ。十朗を乗せた飛行機が飛び立った後で、高畑は魔美に、十朗の父親が留学ならば、君の夢は何なのかと問う。高畑には語らなかったが、魔美の夢は「みんなの幸せ」だった。もっと多くの人を幸せにしたい。それが、エスパーとして沢山の困っている人に出会い、それを助けてきた魔美の結論なのだろう。
 物語の大筋は、魔美達は今まで成長してきた、そして、これからも変わっていくであろう事を示している。だが、演出は「変わっていく事」ではなく、その場その場の「今」を丁寧に描いている。高畑の部屋での彼と魔美の語らいを、家族揃っての食卓を、学校ではしゃぐノン達を、じっくりと、魅力的に描写している。中でも、十朗が空港に向かう前、家から出るあたりの描写がいい。パスポートが見つからない事に関するちょっとしたドタバタ。玄関から外に出る前に、これから留守にする自分の家の中を見渡す十朗。外に出て、家の全景を見る十朗。情感を出してはいるが、あざとくはしていないのが原監督らしい。
 「この人に話を聞きたい」の原監督インタビューでも触れたが、彼は、好んで日常を描いてきた。当たり前の生活をアニメで描く事で、日常の中にある価値を提示していたわけだ。原監督は「他の人がアクションシーンやお色気シーンを描く事で感じるように、そういったふうに日常を描写する事に快感を覚えいてたのかもしれない」とも語っていた。この場合の日常とは、徹底的にリアルなものではなく、作り手によって整理され、少しばかり美化された日常だ。監督が描く事で快感を感じた日常は、視聴者にとっても心地よいものだったはずだ。
 原監督のそういった持ち味が、最終話に色濃く出ている。過剰に盛り上げはせず、平熱感覚で、魔美達の日常を、普段よりもさらに魅力的なものとして描いている。「平熱感覚」は原監督の作品を語る上で大事なキーワードではないだろうか。この話の前半で、描かれた顔の大きさと、子供と父親の距離は比例するという話題から、もしも、自分が高畑の絵を描いたら、顔をどのくらいの大きさに描くだろうかと、魔美は高畑に尋ねる。高畑とのやりとりの後で、魔美が出した回答は、実は熱烈な愛の告白ともとれるものだが、それも原監督は平熱感覚で、軽く描写している。
 最終話の物語は、時が流れていき、魔美達が変わっていくであろう事を示すのだが、それと同時に、作り手は、日常の一瞬一瞬に立ち止まろうとしている。そこが面白い。「時間が動きだす話」ではあるが、物語は足早には進まない。じっくり、じんわりと進んでいく。当たり前の日常のひとコマの中に、何か人生の素晴らしいものがある。それを視聴者に感じさせるために、物語はゆったりと進んでいく。時が流れて、人が変わっていく事を描く話だからこそ、逆に、日常の一瞬を大切なものとして描いたのだろう。アニメ『魔美』の最終話に相応しい内容だ。

■第93回に続く


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(06.12.21)

 
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編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
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