その118 私的TVアニメ黄金時代
1989年1月8日、昭和天皇が崩御し、時代は平成に移りました。この年、昭和文化の担い手だった手塚治虫さんと美空ひばりさんが相次いで死去し、ベルリンの壁が崩壊しバブルは終焉を迎え、時代は慌しく移り変わって行きました。
でも私の身辺は子供たちの成長につれて落ち着きを取り戻していました。TVを見る時間も増え、『機動警察パトレイバー』『チンプイ』、翌1990年の『ふしぎの海のナディア』『まじかる☆タルるートくん』、1991年の『きんぎょ注意報!』『DRAGON QUEST ダイの大冒険』と、毎週楽しみに観る番組が連続して現れました。それはちょうどアニメ冬の時代を脱して、やがて来る『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)を頂点とする何度目かのアニメブームの前段階に当たる時期でした。もしかしたら冬の時代を実感することなく過ごした私はラッキーだったのかもしれません。でも時代の変遷を体感していないこと、さらに地域的に視聴可能な番組が限られていたこと等からアニメ史の俯瞰が困難になっているのは否めません。
それはともかく、前述の時代の各作品はどれも骨格がしっかりしており、時を超えて通用する魅力を持っています。本当は『パトレイバー』の熱狂、『チンプイ』への愛着、『ナディア』の感銘、『タルるート』の史上最強のED曲、『きん注!』の新鮮さと楽しさ、『ダイの大冒険』での脚本(プラス三条陸さんの原作)の力と、書き残しておきたいことは多々あるのですがそれには紙面が足りません。
特撮の方も1989年の「機動刑事ジバン」、1990年の「特警ウィンスペクター」等のメタルヒーローもの、1990年の「美少女仮面ポワトリン」に代表される不思議少女コメディ路線、1991年の「鳥人戦隊ジェットマン」で雨宮慶太監督が新風を吹き込んだ戦隊シリーズと好調で、1989年の「ゴジラVSビオランテ」に始まる平成ゴジラVSシリーズも盛り上がりを見せていました。
そして1992年。私にとってのTVアニメ黄金時代が幕を開けます。3月に『美少女戦士セーラームーン』、4月に『クレヨンしんちゃん』、10月に『幽☆遊☆白書』とビッグタイトル揃い踏みの放送開始です。
『セラムン』は『きんぎょ注意報!』の後番組で、『きん注!』のファンはその終了を嘆いていたのですが、『セラムン』の登場はそれを吹き飛ばす衝撃でした。何と言っても初代シリーズディレクター佐藤順一さんを中心とした立ち上げが見事です。ミニスカセーラー服で戦う美少女というキワモノめいたコンセプトを視聴者の憧れにまで高めた健全で親しみやすい感覚、『きん注!』で注目された漫符と呼ばれる手法をさらに進めたマンガ的な感情表現、少女たちの身近な生活感とバトルシーンとのバランス感覚、基本的に明るいギャグタッチでありながら決めるべきところはビシッと決める演出、後の魔法少女もののスタンダードモデルとなった斬新で華麗な変身描写、CM前後のアイキャッチのセンス等々、枚挙にいとまがありません。『セラムン』はアニメ史上のエポックであり、社会的な反響や後世への影響を含め絶大なパワーを誇る作品です。これらは佐藤さんの力に負うところ大だと思いますが、佐藤さんは他の番組でも初期作の監督を務めて後を譲ることが多く、私は立ち上げの名人と呼んでいます。
そして『セラムン』のムードを作っているのは音楽。響く鐘の音、流れ出す前奏、大人っぽい歌唱による主題歌「ムーンライト伝説」は今も流れ始めた瞬間に胸が高鳴る名曲ですし、少女の自立を高らかに謳い上げて時代を映す「乙女のポリシー」をはじめ、『セラムン』は名曲の宝庫です。またシリーズ全ての劇伴を手掛けた有澤孝紀さんの音楽も効果的で、ことに変身シーンの流麗なムード作りに大きく貢献しています。
1人また1人とセーラー戦士が揃い、当時流行の「前世」を絡めて少しずつ謎が解かれて行く物語の魅力。個性的なグループヒロインはそれぞれの熱烈なファンを生みました。そして第1シリーズ最大のクライマックス、最終決戦の中でセーラー戦士が次々と倒れて行く美しくも悲愴な衝撃。この展開をなぞる形で作られた劇場版『セーラームーンR』(幾原邦彦監督)は、ヒロインうさぎとセーラー戦士たちの絆を極限まで描いた感動作でした。心の一番弱い部分を衝かれるようで。思い返しても涙があふれてきます。
『セラムン』は快調にシリーズを重ねましたが、最高は何と言っても第3シリーズ『S(スーパー)』でしょう。2代目シリーズディレクター幾原さんのスタイリッシュかつエキセントリックな演出、作画監督・伊藤郁子さんをはじめとする作画陣のシャープで華麗なアニメート。脂の乗り切ったスタッフの放つパワーは今も画面に漲っています。
そして『S』と言えば欠かせない、セーラーウラヌス天王はるかとセーラーネプチューン海王みちる。男装の麗人・天王はるかは、華麗なビジュアルはもちろん声を演じた緒方恵美さんのクールなカッコよさで、今も私の憧れの的です。レンタルビデオをダビングしてウラヌス名場面集のビデオを作ったり、クレーンゲームのぬいぐるみ集めに熱中したり、カードショップ巡りから当時はFAXでの情報遣り取りがせいぜいだったトレードにまで手を広げてカードを集めたり、キリリとした顔立ちのジェニーフレンドドール大徳寺貴更をはるかに見立ててファッションコーディネートしたりとハマリにハマったものです。
『クレヨンしんちゃん』はこれも初代監督・本郷みつるさんの演出力が功を奏した作品で、あの原作マンガからこれを作り出しキャラを立てた力に感嘆します。それまで藤子・Fアニメ等で培ってきた安定した演出力に加え、持ち前のSFテイストと自虐的なオタクいじり、美味しい部分だけを抽出して効果的に挿入した劇中劇のアクション仮面やカンタムロボ、ぶりぶりざえもん等のケレンが見事にブレンドされて、文字どおり子供から大人まで楽しめる間口の広い作品に仕上がっています。アニメーターの個性を生かしたまま画面に出す、かつては当たり前、今では逆に難しいやり方も効果的で、1コマ見ただけで誰の作画担当回か分かる楽しみがありました。こうしたやり方はアニメーターにとっても嬉しく腕のふるいがいがあるものです。『しんちゃん』からは何本もの優れた劇場作品が生まれていますが、私がとりわけて好きなのは本郷監督得意のダークファンタジーと古典的なマンガ映画の魅力が融合した傑作『ヘンダーランドの大冒険』です。
『幽☆遊☆白書』は『DRAGON BALL』シリーズや翌年の『SLAM DUNK』も含め「週刊少年ジャンプ」黄金時代を代表する1本です。この当時の「ジャンプ」の破壊力は凄まじく、我が家でもこのあたりから毎週購読に踏み切っています。
『幽白』の魅力は、一部の変更を除きほぼ原作を追ったストーリー展開と必殺技を含めたキャラクター設定の妙、時に暴走気味なアニメート(特に飛影の放つ炎殺黒龍波)はもちろん、個性的な主役4人プラス多彩なレギュラー&ゲストの豪華声優陣にあるのではないかと思います。キャストによるトークやドラマCD、キャラクターソングだけでもその世界が完璧に成立し得るという点で鉄板です。とりわけ、冷徹な妖狐を内に秘めた蔵馬=南野秀一の声を演じた緒方恵美さんの演技は素晴らしく、『幽白』と『セラムンS』が連続して放送されていた一時期は、私にとって正に至福の時間でした。この頃もストーリー形式のカードダスを集めるのに奔走していたものです。同人誌を買ったのもこの作品が初めてでした。『セラムン』とあわせ、それまでのアニメファン活動とはやや違う、おたく的蒐集癖に目覚めた頃と言えるかもしれません。この作品も音楽が素晴らしく、微妙に本編内容を想起させるED曲、ことに先年急逝した高橋ひろさんが歌う「アンバランスなキスをして」は心の愛唱歌です。また、回を重ねるに連れ高みに昇り、ついに「ジャンプ」主導のバトル指向に否を出すに至る冨樫義博さんの原作コミックは、永遠に私のバイブルです。
翌1993年の『SLAM DUNK』『機動戦士Vガンダム』、1994年の『マジックナイト レイアース』『機動武闘伝Gガンダム』、1995年春の『新機動戦記ガンダムW』等を経て、10月の『新世紀エヴァンゲリオン』へと至るこの数年は、TVアニメが最も輝いていた黄金期だったのだろうと思います。
それはTVアニメがまだソフトの宣材を兼ねてはいなかった時代、それ単体で独自の輝きを放っていた時代だったのです。
その119へつづく
(11.10.21)