第35回 慌ただしく走る4週間
降って沸いてしまった『MIGHTY ORBOTS』8話の突貫作業にあたっては、しかし、ベテランクラスのアニメーターは『NEMO』の準備作業専任として参加させない、ともいわれた。しかし、社内には1期生から始まって6期生くらいまでの作画スタッフがいるわけで、1期生から4期生、5期生の一部まで原画を描いてもらう話になった、古参になりつつあった1期生の中には、原画を描くよりもむしろ動画のベテランでありたいという向きもあったので、そうした別の形での意欲も尊重されていた。原画だけではものは作れない、優秀な動画マンがいてはじめて成り立つ、そういうところにチームワークについての大塚さんのポリシーがはっきりあった。
原動画込みで3週間。のちに『ちびまる子ちゃん』だとかのTVシリーズを1話5週でやっていたから、単純に時間的に40パーセント切られてしまうこと自体、きついことはきつい。それだけでなく、これはアメリカ放映の仕事なので、基本2コマ作画でやらなくてはならない。それにもうひとつ、BANKで使用するロボットの合体変形パターンを、この8話から新バージョンに変えるので、その作画も行わなくてはならない。合わせて作画枚数1万2千枚ほどになる。それ以前の話数ではもっと枚数をかけていたというから、省略に省略してこの枚数ということになる。
原画上がりが自分のところに回ってると、できるだけそれが大きな山にならないうちに演出チェックを加えて作画監督の手元に回さなければならない。だが、今回の場合は、「演出原画チェック」→「大塚康生チェック」→「もういちど演出のところで確認」→「作画監督」という順番にカットが回ることになる。
自分の手でタイムシートをつけ直してみるにつけ、ポーズの修正のラフを入れてみるにつけ、次から次へとその上に「こっちで」という大塚さんのタイミングや絵が入れられて、自分のものはよこに除けられてゆく。正直、悔しさなどは微塵もなく、大塚さんがやってくださっているとおりに進めばきちんとしたカットは完成するのだ、という多大な安心感があった。
アニメーションで「ものを教わる」というのは、たいていの場合、自分のやった仕事の上に別の何かを書き重ね、描き重ねられ、そうやって修正された結果を見て自ら学ぶことになる。大塚さんの今回における方法は、2コマ作画基本だからといっていたずらにいわゆるフル・アニメーション的な演技を連ねるのでなく、日本のTVシリーズと同様に、キャラクターにあるポーズをとらせてしばらく止めておき、単純な中割りを入れて次のポーズへつないでまた止める、というやり方だった。大塚さんがつけ直したシートでは、ポーズからポーズへつなぐ際の中割りの枚数は、「普通のとき=2コマ中5枚」「ちょっと速く動かすとき=2コマ中3枚」「ゆったりさせるとき=2コマ中7枚」「かなりすばやく動かすとき=2コマ中2枚」という感じになっていた。日本の3コマ打ち作画では「3コマ中3」「3コマ中2」「3コマ中5」とやるところを、所要秒数はそのままで2コマ打ちに直しただけのことだった。2コマ作画のアニメーション、ということで構えていたこちらの気分は、むしろ、その合理性の前に粛然とさせられた。
合体変形シーンはこういうものが大得意の遠藤正明氏が軽々とやっつけてしまった。こちらの出る幕などまるでなし。
夜遅くまで仕事をすると、会社がスタジオ近くに仮眠室として借りていたアパートに行って若い者みんなで雑魚寝する。当時、社員であるわれわれは定時出社が義務づけられていたのだが、タイムカードを押さなければならないのは午前9時半以前。午前3時半頃寝ても6時間以上は眠れる計算なので、今から見ればまったく御の字、じゅうぶんな睡眠時間だったはずだったが、問題はアパートの位置にあった。会社から西武新宿線の線路を挟んだ反対側にあったのだった。目覚まし時計の音で目が覚めると、9時半までもう間もない。だが、間にはいつまで待っても開かない踏切があったのだった。タイムカードを押すために起き抜けいきなり全力疾走で走らされ、くたびれ果てた。
韓国への動・仕出し、というのも初めて経験した。原画期間3週が過ぎ、フィルムアップの間際4週目になって韓国から戻ってきたカット袋の中には、中間に動画チェックを挟まなかったがゆえに、ちょっとまずいやり方で仕上がってしまっているものもあった。動きのおかしなセルの上に直接動きの修正を重ねて「かぶせセル」を作り、なんとか撮影に回したりもした。そいうことを年齢の近い若い連中みんなで協力しあってやった。
フィルムは完成し、音響を加え、アメリカに発送するところまでたどりついた。
ロサンゼルスにフィルムは到着したが、全米放送のため西海岸まで送る時間はもはやなく、衛星中継でとばした、とかいう話も聞いた。
とにかくよい経験になった。速度は大事だ。
第36回へつづく
●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp
(10.06.07)