β運動の岸辺で[片渕須直]

第58回 「大砲の街」に加わった最初の1日

 たどり着いたのは、モノレールの駅でいえば「整備場」あたり。
 ANA機体メンテナンスセンターは、今、Google Mapの航空写真でみても、少なくともあの当時では空港内でいちばん大きな容積をもつ建物であるように見える(今は新整備場ができた)。
 大友さんの目的は、作品の舞台である大砲の街の中でもいちばん大きな巨砲が収容されている砲塔ドームの内部の空間をイメージすることにあった。だから、砲塔ドームの平面形が円形で、この整備格納庫が四角形であろうと、大丈夫、ということのようだった。
 たしかに整備格納庫内は広く、昔、『NEMO』でアメリカで仕事していたときにロングビーチで見たハワード・ヒューズの飛行艇スプルース・グースの展示ドームに匹敵する大きさのように思われた。ちなみにいうと、スプルース・グースは全木製機であるとはいえ、いわゆるジャンボ・ジェットであるボーイング747よりかなりデカかった。
 そんなことを思い出しつつ、整備格納庫内を眺め、さらに1機だけここに入っていた747の周りに組んだ足場から機体の概観を眺めたりもできた。ジャンボの翼断面を真横から見られたりは普通あり得ない。
 その上、この機体の内部も見学させてもらえる、という。もはや「大砲の街」とはなんの関係もないのだが、せっかくのよい機会だ。
 乗客としては絶対にのぞけない荷物室の中にも入り込んだ。積み込んだカーゴ・コンテナを自由な方向に動かせるように、床一面に装置された「車輪」の回転が楽しかった。コンテナ側にではなく、機体の床の方に無数の車輪がついていて、ボールベアリングのごとく全方向に回転するのだった。
 さらに、機内の電子機器室ものぞかせてもらえる、という話になった。それはよいのだが、内部に靴泥なんかを持ち込まないために、靴をすっぽりビニール袋のカバーで覆わなければならない、という。靴ならよかったんだけどね、この日緊急動員されてきた自分の足元を見れば、海水浴場ではくようなビーチ・サンダル、ゴム草履なのだった。なにせ戦後の子ども出身なので、夏場は靴を履きたくないのだった。この上にビニール袋は格好悪いし、何より係の方にカバーをかけてもらうのも気が引けた。
 「いいじゃない。さあ」
 と、誰だったか、当方の仲間内に後押しされ、草履の上にNASAの人みたいなビニール袋をかぶせてもらってしまった。しかしながら、電子機器室はそんなに造形的ではなく、うーん、という感じ。
 大友さんはパチパチ周囲の写真を撮っていた。
 「漫画の仕事の取材だったらこんな枚数じゃ済まないよ。もう何千枚も撮らなきゃ」
 と、大友さんはいった。
 なるほど、と思いつつも、この頃はデジカメじゃなかったから何千枚も撮ると現像焼つけもたいへんだったので、うらやましく思ったものだ。ああ、その上、『魔女の宅急便』のロケハンで写真撮りすぎやがって、と叱られたことなども思い出してしまったし。

 その後、車でさらに移動して、大田区の廃工場を見物した。
 ここは素晴らしかった。空間やガジェットの立体造形っぷりも見事なら、そのぶち壊れ方が見事。それがこんなに広い空間にわたって、いつまでも連なっているのも見事。光の入り方も見事。
 ここでロケすれば、実写のSF映画でも、アクション映画でも撮り放題ではないか。事実、そういう目的でも使われてもいたらしいのだが、近々取り壊されるらしい。もったいないことだ。こういう得がたい場所は日本映画のために保存すべきだ、などと思った。その後、そういう場所の心当たりがどんどん増えていってしまったのだが、この廃工場は最高だった。ただ、自分がもしこの場所を与えられたらどうするかね? などとも考えてしまった。このきれいさっぱりした生活感のなさは、自分向きではないのかもしれない。

 その後、有楽町から銀座にまわって、このロケハンの打ち上げとなった。場所は銀座7丁目の銀座ライオン、ビヤホールだ。飲めない口の自分は、しかし量はまったく駄目だが酒の味わい自体は嫌いではなく、黒ビールなどを注文してしまう。
 この店内は戦前のものが保存してあるんだ、などということを大友さんが解説しはじめた。フランク・ロイド・ライトの影響などということについても。しまいには、アール・デコの話になり、ドイツ軍の軍服のデザインは絶対アール・デコだと思うんだ、などというところまでいった。「AKIRA」を読んでいると、途中からどんどんアール・デコ的なデザインが幅を利かせて行くのがわかる。アール・デコは大友さんの好みのひとつらしかった。喋りつつ、大友さんはおかわりのジョッキを重ねていった。
 これにはじまって、この大友・小原という「大砲の街」チームは日常的に絵画ばかりしていたように思う。その中に交えてもらったのは、ずいぶんと刺激的なことだった。

第59回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(10.11.29)