β運動の岸辺で[片渕須直]

第60回 大砲の本、城の本

 十数分の全編をワンカット処理する方法については、以前『NEMO』のパイロットフィルムを作ったとき、フィルム上のオプチカル合成を多用した経験があり、それをうまく使えばなんとかなりそうという心証を個人的に得ていた。
 なので、まずは大友さんが絵コンテを進める。それを自分のところで拡大コピーしたり切った貼ったでつなげたりして、オプチカル合成多様を前提に、必要な素材分けと必要な素材サイズの割り出しを行い、それを基にして本番のレイアウトを作ってゆく、という方法を採ることにした。実は、オプチカル合成については異論もあるところにはあったのだが、自分として一番確実な方法と思えたので、職掌上の責任としてそれで突き進むことにしてしまった。
 必要な素材のサイズというのは、PANの長さのこともあり、またカメラのトラックアップ、トラックバックの寄り切り・引き切りのサイズの設計のこともある。あまり大きすぎると撮影台に乗らないし、小さすぎると拡大されすぎた絵を画面に映し出すことになってしまってアラが出る。
 T.U.(トラックアップ)、T.B.(トラックバック)は、絵コンテ上の指定よりも多めに使うつもりでいた。何気ないところに適度にこれを混ぜると、ほどよい目晦ましになって、どちらにしても現実のものではないアニメーション的なカメラワークの不自然さがごまかせるのである。
 この辺の作業は、自分としてはほぼ、今までの経験から、迷うことなく、スムーズにこなせていたように思う。
 長大なPANを設計するためには、当然のように動画机の上だけでは事足りず、勢い、床を自分の作業スペースに使う必要があった。
 この頃の仕事は、他社のものまで含めて全部、吉祥寺のスタジオ4℃でやっていた。

 田中栄子さんから求められて、大友さんの参考にするため「大砲の資料」を持ってきたことが、『大砲の街』に参加するきっかけとなったことは、前に書いた。のだけど、大砲なんかに思い入れがあるわけでも特になく、なんでか自分の家にそんな本もあった、というのが正しいところのような感じがする。大友さんが「これはいい! この作品の認定図書にしよう!」といった1冊は、渋谷の東急ハンズの上のほうの階に以前あった、乗り物関係の本屋で、たしか9000円くらいだして買ったものだったのだが、それも、この「大砲の街」の時点から何年も前のことだ。いつか、列車砲とか東京湾要塞のドーム型の隠顕式砲塔みたいなものが、自分の仕事の上で必要になるときがあるかもしれない、というその時の「内なる声」が財布を開かせてしまうのだから、仕方がない。
 そういう変な「これは買っといた方がいいかも」感がときどき動いてしまうものだから、今に至るまでに、ちょっと本棚を見ただけでも、コーカサスの谷だとか、恐竜だとか、お城だとか、ジェミニ宇宙船だとか、果てはアメリカの黒人奴隷の衣服についての本だとかを買い込んでしまう。乗り物関係が相対的に多いのは、漫画映画的な勘どころがあって、なにやら珍奇な乗り物を発想するときのベースにしようということなのだった。

 あの頃、1993年頃には、『大砲の街』と『アリーテ姫』と日本アニメーションの世界名作劇場の仕事が、自分の机の上で混在していた。
 世界名作劇場は『七つの海のティコ』に差し掛かっていたはずで、この仕事にもまた『大砲の街』と似たような経緯があり、『ナンとジョー先生』の絵コンテの打ち合わせに聖蹟桜ヶ丘の日本アニメーションのスタジオを訪ねて、駐車場の隅に原付を停めようとしていたら、いきなり窓から顔を出した余語昭夫プロデューサーに呼び止められて、「今度こんな仕事があるんだけどさあ」といわれて入り込むことになっていた。
 「片渕さん、乗り物得意でしょ。こんど船が出てくるんだけどさあ」
 「船の資料出せばいいの?」
と、『大砲の街』と同じつもりでいたら、
 「いや、設定とか作れないかなあ」
などという話だった。

 大砲と船の間で割を食ってしまったのが、『アリーテ姫』で、自分にとって本筋であるはずなのに、全編のストーリーをいったんシナリオ化したところまで進んで、そこで遅々としてしまっていた。この頃の初期のストーリーは、映画として完成したものとかなり違っていて、アリーテ姫はちゃんと魔法使いボックスが出した難題にしたがって金色鷲を訪れてるし、その次には銀色馬のところにも行く。アリーテが生まれ育った王城は、持ち込まれた魔法のテクノロジーを一部自分たちで使っているらしく、夜なお煌々と輝いていたし、アリーテ姫は魔法使いのところから乗ってきたレオナルド・ダ・ヴィンチ式ヘリコプターで、金色鷲と空中戦まがいの追いかけっこをやっていた。今となっては、自分の作るものがこの先、そういう方向性に戻ってゆくことってあるのかなあ、という心境。
 それよりも、『大砲の街』の傍らで進めつつある『アリーテ姫』の準備は、ヨーロッパの城のデザインで苦心していた。はじめは、どこか最もいい感じの実在の城を探し出して、それを原型としてそのまま使ったその上に料理を施してやればよいはず、などと安易に考えていた。だが、ちょうどよいそれがなかなか見つからない。どころか、ちょっと調べてみただけでも、自分が頭の中にイメージしていたような城はそもそも実在しないのではないかとまで思われてきてしまう。結局、足をすくわれてしまうのはこういうところだ。付け焼刃は役に立たない。一からのお勉強が必要になり、ヨーロッパの古城についての本を買い漁ることになって、実在する城をひとつひとつ確かめては、全部駄目、そのままではどれも使えない、という結論に達する。
 その次は、では、実在する城のあの部品、この部品を寄せ集めたらなんとかならないか、ということになるのだが、たぶんそれでは駄目、もっと根本的な手当てが必要だろうという気もしてきていた。そんなあたりでグズグズしているうちに、他の仕事が忙しくなってきて、『アリーテ姫』は当分のあいだ棚上げすることになってゆく。
 どうも、自分の嗜好が「漫画映画的・突飛で奇想天外」的な向きから「実在感のリアリティ」方向に移行していったのは、この頃の「ああだこうだ」の結果であるような気がする。

第61回へつづく

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(10.12.13)