第72回 仕事量を計算してみる
「えへへ。おれはこの業界にたくさんファンになった人がいるんですよ」
と、初めて顔を合わせたその日に丸山さんはいった。
できるだけ、そういう相手と一緒に仕事をしたいと思ってるんです、とも。その周囲には、丸山さんが丹精する鉢植え、数寄で集めたらしい青磁の器、それぞれのタイトルが貼られた企画書の引き出し、原作本で雑然としていた。
つまり、マッドハウスというのはひとつの「場」であり、それ自体の存在感はそこはかとなく、ただ、丸山正雄という1人のプロデューサーと、彼が独自の好みで集めた人間たちと、彼がこれならおもしろいと思った企画のみが実体としてそこに集まっているのだった。
こういうのもある、といくつか社内で動いている仕事も並べて見せてもらった。
そのひとつが『あずきちゃん』のキャラ表。
「このキャラは川尻」
川尻善昭さんのことだ。やさしい丸い線でできていた。
「川尻ってのは、こういうキャラも描けるはず、と思って」
そう見込んであえて描いてもらったのだ、と。
「で、ここに座ってもらうか」
と、丸山部屋の席を指差された。企画やシナリオをいじることも自分にはやりがいあることなのかもしれないが、この頃はとにかく絵コンテと演出がしたかった。その数を積みたかった。
現場の仕事の方がよい。『あずきちゃん』は自分にとって与しやすい作品かもしれない。
「じゃあ、これが1話の白箱ビデオ」
この時点で2本しかできあがっていなかった『あずきちゃん』のVHSテープを預かった。まあ、見ずテンで即断即決する必要はない。
すでに約束し、最初の1本目に入りかけていた日本アニメーションの『ちびまる子ちゃん』との関係はどうするか。とにかく仕事の数を積むのが目的だったので、断ることはない。こちらは日本アニメの社内には入らない。打合せのときだけ行けばよい。正確にいえば、「絵コンテ打合せ」「作画打合せ」「作監との打合せ」「美術と仕上げの打合せ」「できあがったフィルムの編集」「アフレコ」「ダビング」「初号試写」。5週に1回のローテーションで、10回程度だけ顔を出せばよい。
もうひとつ自分に枷をはめてみる。『まる子』の脚本はすべて原作者のさくらももこさん自身が書く。これはそこに書いてあるものを一言一句変更することなく絵コンテにしてみることにする。それまで、自分で絵コンテを切るときは、脚本に立ち戻って一から考えてみたり、かなり色々とやっていたのだが、そういうことは一切やらないことにする。そうすることでスピードアップする。
次いで、できる限りカット数を減らすようにしてみること。30分枠のTVアニメの本編尺はおおよそ20分。アクションの多いものならこの尺に対して320カットくらい(時にはもっと多く)ある絵コンテを切っていたのだが、台詞で進める『ちびまる子』なんかの場合、これはもっと減らせる。どのくらい? 目標を200カットくらいにしてみようか。そうすることでレイアウトチェックも原画チェックも3分の2の作業量に減らせるはず。コンティニュイティという言葉は一般にはカットとカットのつながりの続き具合のことをいうように思われているが、1カットの中にもコンティニュイティはある。そのカットの中での一連の連続した芝居の構成。カット数を減らして合理化できたぶんのエネルギーを、ここに費やすのだ。全体の作画枚数が定められて一定でも、1カットあたりで使える枚数を相対的に増やすことができる。総じて見たとき、品位の低下を食い止めることができる。
カット数を減らしてカット内の密度を高めるとなると原画マンのことも考えておかなければならない。制作デスクにも前もって、カット数をそれなりに減らすので、原画料を1カット単価ではなく尺単価かそれに近い形で発生させてもらえるよう、お願いしておく。
最初に手がけた『ちびまる子』は1995年からの新シリーズの36話『まる子の長電話にみんな迷惑する』だったと記憶する。この回ではまる子が夕飯の支度時に同級生の家に電話するのだが、このあたりの原画は藤井裕子さんが担当した。電話をする同級生のうしろでその父親が野球のナイター中継を見ているのだが、その小さなテレビ画面の中を、野球ファンの藤井さんは広島戦にしてしまった。ベンチの壁のかげから顔を半分だけ出してのぞく古葉監督とか、打棒を握る山本浩二だとか、止めでありつつ、むちゃくちゃおもしろいことが画面の片隅で起こっていた。そもそもさくらももこさんの子ども時代に年代が設定されていることをちゃんと考えに入れた上で監督とか選手が描かれていたのには、大笑いしつつ感心してしまった。
その上で、ちょっと独特な構図やポーズの取り方、芝居のさせ方をする『ちびまる子』のルールをきちんとわきまえた原画になっている。実は、『まる子』的なローカル・ルールに自分がはまるのだろうか、という不安もあったのだが、原画家がすでにルールを押さえているのだから、演出家はむしろ教わる立場だ。これは教えるよりはるかにラクチンな立場なのだ。
こういう人ばかりで原画マンを固定的に編制することができたら、これは演出家としてはひじょうにラクチンだ。
「っていうのは無理だよなあ」
と、制作デスクの小村さんに話してみた。小村のとっつぁんはいとも簡単に、
「できますよ」
と、答えた。こういうところを、事務的にではなく、タスクフォース的に考えてくれる制作は得がたい。これで『ちびまる子』は計算可能なものになった。
さて、『あずきちゃん』の白箱を眺めてみた。原作者は秋元康氏なのだが、その卓抜な企画力によるものと思ってよい。トレンディドラマ的な展開を小学生を主人公に行おうとしている。本編が終わって2話の予告編となり、次は女の子がおまじないを書き込んだ消しゴム1個がどうこう、という話のようだった。日常のほんの小さな片隅に重心を持ってくるということでは、これは自分のやりやすい世界だ。
ということで、マッドハウスでは、丸山さんのいる分室から少し向こうに行ったビルにあるスタジオ本体の方に席を置かせてもらうことにする。
第73回へつづく
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(11.03.22)