第73回 もてなしの距離感
前回分を書いたあと、もう少し思い出したのだが、日本アニメーションのスタジオ内にも自分の机は設けてあったのだった。毎朝、杉並のマッドハウスに出かけ、それから多摩市の日本アニメに顔を出して机の上にたまっているカットを片づけ、またマッドハウスに戻って仕事をして家に帰った。日本アニメーションは元々少し辺鄙な(失礼)場所に立地していたので駐車場はふんだんにあったが、南阿佐ヶ谷の街中のマッドハウスには自由に使える駐車場がなく、原付で行動するしかなかった。ただ、自宅→マッド→日本アニメ→マッド→自宅というルートをたどるとなると、四輪よりも原付のほうが小回りが利いてかえって時間の節約にはなった。この移動量は1日あたり100kmくらいになり、50ccの原動機付自転車なるものの燃料容量の小ささ、1回給油するごとの航続力の小ささを思い知らされた。おまけに、原付の距離計はすぐ一巡してしまうし、2サイクルエンジンの排気管は詰まって動かなくなってしまうのだった。とうとうわが愛車は、青梅街道がJR中央線を乗り越える天沼陸橋を登り切れなくなり、途中から押して上がらなくてはならなくなってしまった。なんだか原付バイクを消耗品のように使っていた。
マッドハウスは、もともとはボーリング場だったというスペースにあり、壁にはその当時の飾りつけがそのまんまになっていた。りんたろうさんがデザインした派手な装飾になったりするのは、もっとずっと後の話で、灰色っぽい地味な空間ではあった。作画部屋にはあちこちにケージがあって、ハムスターが飼われていた。どうもハムスターの飼育が流行っていたらしい。ハムスターだけでなく、同じフロアの少し奥まったほうにある撮影部近辺では猫も飼われていた。ネズミと同居してなんともなかったのだから実にのんびりした猫だった。
お昼どきに分室のほうに足を向けると、丸山さんが何かうまそうなものを作っていて、大きな鯛のかぶとを煮付けたのだとか、冷や汁だとか、東北出身の丸山さんらしく少し濃い目だけど、すさまじくおいしく味つけられた美味のお相伴に預かることができた。まったく関係のない用事でいっても、箸と茶碗を渡されてしまうのだった。
丸山正雄という人のこういう面は、今に至ってもまったく変わるところがない。
ロケハンに行くとか、その他の用事であるとか、国内であれ、海外であれいっしょにでかけると、宿は必ず丸山さんと同じ部屋だった。
丸山さんとは、ともに飯を食い、布団を並べて寝る。ずっとそうなのだ。
相部屋で布団を敷いてこちらは先にグースカ寝てしまうのだが、丸山さんは電気スタンドをともして、シナリオや絵コンテを読んでいた。ときどき付箋をつけたり、メモを書いたりしていた。本当に、社内を通過する全作品のチェックをするのだった。
こちらも『ちびまる子』の絵コンテを持って出かけ、1人になったらその日のノルマ分の絵コンテを切ってしまおうなどと思ったりしてしまうのだが、なかなかそんな機会は与えられないのだった。
丸山さんには自分の美意識に合った宿屋を選ぶ趣味があり、同じ宿に泊まって損をしたことがない。
丸山さんは、普段の住居のほかに、築地近くにマンションをひと部屋持っていた。市場でうまそうな食材を山ほど仕入れてきては、手料理をして人をもてなすための空間だった。ずっとのちの話になるが、あるときなど、『マイマイ新子と千年の魔法』の上映継続でお世話になったこの映画のファンの方々を招いて、手料理を振舞って御礼したりもした。このマンションの一室は、丸山さん独特の趣味で模様替えしてあり、壁にかかった棚には刺繍が並んでいた。
フランス人の日本のアニメーション研究家イラン・グエン君は、海外の映画祭で出会った丸山さんが、合間にその地方の美術館に出かけ、同行の一同を相手に美術史の薀蓄に満ちた解説を行ってくれたのが、「すこぶるおもしろいお話ばかりでした」と語ってくれた。
『マイマイ新子と千年の魔法』のロケハンに出かけた山口は、ダダイズムの詩人・中原中也の故郷でもあり、その生家跡には記念館があった。丸山さんは合間を見つけてはそこに出かけ、
「前に、中也についての絵本を作ったことがあるんだ」
と、いった。
丸山正雄とはそうした人なのであり、その人物が「僕はあなたのファンになりました」と、人を引っ掛けてきては、この距離感の小さな空間に引き込んでしまうのだった。
2011年3月の地震で丸山さんの故郷は大きな痛手を蒙った。その日3月11日は、たまたま丸山さんと出かけることになっていた。あとから思えばよりにもよって地震発生直後に車で出かけてしまい、ふつうなら30分も走れば着く道を1時間かけて目的地にたどり着き、さらにあらゆる交通機関がストップしてしまった中で6時間を費やして戻ってきた。ほとんど夜中になりかけていた時間に、腹を減らして飛び込んだ仕事場近くの定食屋のTVの中では、丸山さんの故郷の近隣の土地が燃えていた。
「うちの親戚たちは大丈夫」
丸山さんはそういった。
しばらく日を置いて聞いてみると、丸山さんのご親戚たちは本当に無事だったらしかった。ただ、若い頃の友人たちがすべてを失って避難所で困っている、これから彼らを助けにゆくのだ、丸山さんはそういった。
丸山さんはそんなふうに信義の人でもある。
こんなふうに書くと丸山さんはきっと嫌がるだろうから、ご本人には内緒にしてほしい。
第74回へつづく
●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp
(11.03.28)