β運動の岸辺で[片渕須直]

第78回 最後の日々、再び

 今回でこの連載も78回。
 78回というと、1年間で52週だから、ちょうどこの連載も丸1年半分になったということになる。
 実際には、毎月曜日更新のその月曜日が休日な週はお休みになるので、1年半ともうちょっと、ということになるのだが、どうしたわけかこの「黄金週間」とか「大型連休」とか呼び習わされた時期にあって、5月2日月曜日は見事に祝祭日ではない。
 このコラムの原稿を書くのが嫌なわけではないのだけど、それ以外のことでくたびれ果てている。

 2日はいわゆるところの「V編」の予定日だった。われわれの手元の編集機材で行うのがオフライン編集と呼ばれるもの。フィルムを使って編集していたときにやっていたポジ編に相当する。ラッシュをつなぎ合わせて、タイミング、音声とのシンクロを確認し、最後の最後のリテイクをはじき出して、これで本編集に持ち込んでもよいというところまでやる。そののち、専門の編集スタジオにこれらデータを持ち込んでオンライン編集を行い、完全な1本にまとめ上げる。われわれのあたりでは、このオンライン編集のことを「V編」と呼んでいるわけで、ここで作品制作は終わる。ここから先にあるのは、DVDとして製品化するための作業なのであり、もうわれわれのサイドにできることはなくなる。
 つまり、その、今はそのV編数日前の追い込みの時期なのだ。
 本当なら、3月いっぱいでここまで持ち込まれているはずだった。なので、4月2日、3日には、山口県防府市で『マイマイ新子と千年の魔法』関係のイベントも組んでもらってあったし、次の仕事のロケハンの予定も入れてあった。4月になれば大学の新学期も始まるし、そのほかちょっとした仕事も増えてくる。
 途中で大きな地震があったのだが、それが遅延の原因なのかどうかよくわからない。気がつくと制作部のほうで1ヶ月をうしろに落としてあった。それで5月2日がスケジュールの締めのV編の日として提示されたのだが、なおも不安があったので、この際、ゴールデンウィーク明けまでズラしてもらうことにした。もちろん無作為にスケジュールを別の日に移せるわけでなく、そこまでズラしてその後の作業日程は大丈夫なのかとか、編集室は空いているのかとかの調整をしてもらうことになる。そうして出た結果が、ギリギリ「5月6日深夜V編」という最終スケジュールだった。
 いつも思うのだが、こうした様々な不徳の致すところの日程的な皺寄せは、いつもいつも最後のゴールキーパーであるオンライン編集の現場の方々の上に降りかかる。仕事はいえ、よくお付き合いくださるものだと感謝している。

 前回シリーズの制作の最後の日々のことは、今でも制作日記で読める。いまだに身内の間では「読み直すとドキドキしてしまう」といわれている。よく放映に間に合って完成したものだ。あのときは、あまりに放映ギリギリに完成したため、V編が終わって完成したビデオテープを全国各地のTV局まで持ち込む仕事まで、われわれのスタッフも加わって行った。九州まで飛んで帰ってきた設定制作が「お土産です」と差し出した大宰府の梅が枝餅はまだあたたかかったし、プロデューサーなど同じ1日の中で2回新幹線に乗って西へ向かっていた。
 ちょっともう、そういう綱渡りに懲りて、いやむしろこういうべきか、そういうことに対応できる神経が磨り減りきってしまったので、今回の新シリーズはTV放映なしのOVAシリーズにしてもらっていたのだった。
 だが、前回はTV放映対応スケジュールが終わったあと、実はまだDVDは発売までのあいだにいくらかのリテイクを処理して直すことができた。今回はいきなりDVDになるので、それがない。一発完成。いやがうえにも慎重にならざるを得ない。そういうところで磨り減る神経もあるのだと思い知しらされた。
 泣いても笑っても次回のこの連載が載る頃には、われわれは足掛け7年(いや、ひょっとすると8年なのか?)に及んだ『BLACK LAGOON』の仕事を卒業しているはず。神ならぬ身なのでまだまだ何があるかわからないのだが、そうなることを全力で願っている。

第79回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(11.05.02)