β運動の岸辺で[片渕須直]

第88回 悪くないどころの話ではない

 結構あちこち海外には行かせてもらっているつもりなのだけれど、アメリカの西海岸は思えば前に行ったのがロサンゼルス・オリンピックの前後、あるいは阪神タイガースが「バース! 掛布! 岡田!」で快進撃していた1985年頃以来ということになってしまう。もう25年ぶりくらいなのだ。
 そういう話を現地で通訳についてくれたアキナさんにしてみたら、「生まれてません」と即座に返されてしまった。
 前回はアメリカの下請けの仕事しかない時期の渡米で、それがまたちょっと情けない思いも味わってしまうタイプの仕事で、はじめは中学生程度でも英語で喋ってみようかという意欲もあったものがどんどん萎えていった、などという屈折感とともに自分の中に残ってしまっている。阪神タイガースの記憶がそこに結びついているのは、どうもリトル・トーキョーあたりで「阪神優勝」のニュースを聞いたのであったらしい。あの頃は、リトル・トーキョーの紀伊國屋書店なんかに行っても、並んでいる本も雑誌もちょっと色褪せていて、あまり新品な感じではなかったように憶えている。
 それがどうだ。今はいわゆるクール・ジャパンなるもののためにアメリカ人の若者たちがコンベンションを開いてくれるという世の中に変わっている。
 で、前回も不安を訴えたが、『マイマイ新子と千年の魔法』って「クール・ジャパン」の範疇なのだろうか? というモヤモヤが拭い去れないでいた。数年前のシカゴのコンベンションでは携えていったのが『BLACK LAGOON』だったから、まだよかった。あれはオタクっぽいアメリカ人には受けがよい。そしてまた行き先がフランスあたりなら、『BLACK LAGOON』より『マイマイ新子』の方がいくらか馴染みがよかったりする。
 今回のコンベンションの開会式でちょっとだけ挨拶をといわれたので、
 「『BLACK LAGOON』を日本では6月22日にリリースしたばかりで、やってきました」
 などといってみると、
 「オオーツ!!」
 と盛り上がる。
 「だけど今回は別の作品を持ってきましたー」
 と付け加えてしまうと、途端に、
 「……?」
 と盛り下がる。なかなか現金な反応が得られてしまった。

 上映は一回切り。コスプレイヤーのおにいさん・おねえさんが跋扈するその間で行われる。だけど、このコンベンションではメインの上映なのだ。誰がそんな勇気あるプログラムを組んでくれたのだか。そして、上映後には、監督と観客の質疑応答の時間が設けられている。そんなことには構わないお客さんはどこにでもいるもので、ゾロゾロ帰ってしまわれてもそれは構わない。問題は、どれくらい残ってもらえるか、なのだ。
 ちなみに、英語版は2009年の初頭にできたプリントを元にしてパチ打ちして作ったものなので、コトリンゴの「こどものせかい」がついていない。「こどものせかい」のあるバージョンは2009年夏以降のものなのだ。
 うーん、あのエンディングの曲があるかないかではいくらか違うはずなのだがなあ、などと思いつつ、上映終了を迎える。
 あれ? 思ったより残ってくれている。少なくとも、ひと桁とかではない。

 最初の質問は、後ろの方の席の中年男性(実は青年だったらすみません)。
 「現代の子どもが千年前を想像するだけでなく、千年後を想像させることは考えなかったのか?」
 なるほど。
 【この映画を見ている今現在】—【新子たちの1955年】—【千年前の諾子の時代】—【諾子が想像するさらに過去】というタイムラインの話をしてみる。
 「千年前の女の子が、数百年前を想像したり、千年後を想像したりするのって、おもしろいと思ったんです」
 ひょっとしたら質問者は「SFの方がいい」という意見の持ち主かとも思ったのだが、うなずいて納得してくれたようだった。

 次の女性(この方も中年っぽい)は、前日のメディア取材でもインタビューしてくれた人。
 「原作には登場しない『千年前の少女』をアダプテーションした監督のセンスについて」
 すごいな。この方はちゃんと高樹のぶ子「マイマイ新子」を読んできているのだ。
 あー、千年前の少女は、あの土地の千年前を調べていたらリアルに存在していたことがわかった実在の人なんです。そして、書き残されている彼女の言動から性格を分析して、原作者にも話してみたら、マッチする部分が多い、と同意してもらえたんです。
 以降、日本のあちこちでやった舞台挨拶でもいってきたような話を続けてみる。

 さらに別の中年女性から次の質問。
 「この映画は日本の観客にはどのように迎えられたのか?」
 まず、事前宣伝の難しい映画であること。自分が心を刺激されたポイントはここだ、と、映画批評家でも明確に理由を指摘し得ていないのですから。
 「ああ、そう。私もなぜだかわからないうちに涙が出てました」
 アメリカの方もそうなのだと知って、感じ入っています。
 事前宣伝の難しい映画だったので緒戦は惨敗気味でしたが、上映開始後からtwitterなど直接的に訴えかける手段をできるだけ使って、自分自身呼びかけてみました。3週間後にはほぼ満席になった。さらに、お客さん自らが別のお客さんに口コミで広げてくれていったのです。
 ええーと、それから今ご覧になったバージョンには、正規のエンディングがついていません。
 「オー、ノー!」
 このときの通訳の人は「エンディング」という言葉を、「クレジットタイトルバック」としてではなく文字どおり「結末」というニュアンスで英訳していたようだった。自分としてはそれでも間違ってはいないと思う。
 「DVDよ! DVDで見なくっちゃ!」
 次の、次の仕事もがんばりますので、そこでまたお目にかかりましょう。
 「自分たちにできることはないか? 手伝えることはないか?」
 「自分たちも口コミで広めてみたい」

 思うのだが、なぜいつもいつもこう泣ける展開、作り手冥利に尽きて余りあることになってしまうのだろう。
 この会場での通訳のリカさんも、「このQ&Aのお客さんが一番真摯な感じがした」といってくれた。
 若い人もいたのだけど、中年の人が多かった。この年代のアメリカ人が、こんなふうに我々の仕事を受け容れてくれる世の中になったのか。
 悪くないどころの話ではない。

第89回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(11.07.11)