第91回 終らない物語
このあたりのどこかで、主題歌の打ち合わせをやったはずだ。
スピッツも手がけている笹路正徳さんのプロデュースだとか、プリンセス・プリンセスのとみたきょうこ(富田京子)さんの作詞だとか、そんなラインがすでに組まれていて、そこに出かけてこちらの意図を述べたりしたはずなのだけれど、正直どこでどなたと直接打ち合わせしたのだか、記憶がかなり曖昧になってしまっている。
はじめに打ち合わせしてこちらの意図を伝えて、音楽デモが何パターンかできてきて、それを聴ききつつ、もう一度打ち合わせしたのだったか。それとも、1回目は何か意図を伝えるメモを送って、デモを作ってもらったのだったか。
とにかく、できあがってきたデモは当然のごとく複数あったはずで、うち1曲はカーペンターズの「トップ・オブ・ザ・ワールド」風だったのは覚えている。制作TV局側の方では「世界名作劇場をファミリーものに戻す」という意向がはっきりあって、そっちの方面から音楽プロデューサーに向けて「そういう楽曲も作っておいて」と耳打ちされていたのかもしれない。このあたりのことは、『名犬ラッシー』というタイトルをエリック・ナイトの原作に基づいてイギリスを舞台に作る以外に、1950〜60年代のアメリカのTVドラマのイメージで作りたい、作るべきだとする方向性が企画の当初から漂っていたことと直接的に関連している。
ただ、こちらでは作品意図をもう少し別のところに置いたつもりだったので、もう1曲の方の楽曲を推した。TV局の編成プロデューサーは、まあいいや、と案外簡単に折れてくれた。
この曲につける歌詞について、自分の手で「こうあってほしい」というものを打ち出して伝えた。はずだ。今となっては自分が何をどういったのだか細部が明確でないのだが、できあがってきたとみたさんの歌詞を読んで、かなり正確に理解してもらっていることに驚いたり、うれしかったりしたのは覚えている。
とはいえ、ここへきて局の編成プロデューサー氏が、「でもオンエアで使うのは2番にしてね」といってきて、そうなった。2番の歌詞のほうが柔らかいのだ。編曲もオンエア版では少し丸められて、原曲のいくらかとんがった部分がやわらかく子ども向けを意識した感じに変わっている。
そうした意味では、『名犬ラッシー』の主題歌「終わらない物語」は、オンエア版ではなくCDに収められているバージョンの方が、自分として正統なのだと思っている。
ちょっとした偶然なのだか、ある種の必然なのか、後年『マイマイ新子と千年の魔法』を作る中でも、「エンディングでカーペンターズの曲を使いたい」という話がプロデュースサイドから出てきて、しかもそれが「トップ・オブ・ザ・ワールド」だったりした。「トップ・オブ・ザ・ワールド」に「ファミリーもの」というイメージを抱く人が多いのだろうか。
結局、『マイマイ新子』のときも、「カーペンターズはカーペンターズで『あり』とするから『シング』にしよう」と逆提案してそちらにしてもらった。さらに、映画の締めくくりとしてはもう一段必要だから、と、コトリンゴさんの「こどものせかい」を新たに作ってもらった。
今、「終わらない物語」と「こどものせかい」の歌詞を読み比べると、「時」というものに対する感じ方、意味合いがものすごく共通してるように感じてしまう。
こうしてオープニングの主題歌ができてきて、エンディング曲「少年の丘」ができた。
これに画面を添えなければならない。当時、本編で精いっぱいになっていた自分にはもう絵コンテを切っている余裕がなかったので、若手原画の丸山宏一君、坪内克幸君たち、それに平松禎史さんを加えた作画陣に、直接打ち合わせの場でイメージを伝えて作画に入ってもらうことにした。小さい小さいラフというか、ラクガキみたいなものをその場で即興で描きつつ構図を説明し、途中、冒険の旅をするジョンとラッシーの行く手を暗示したくて流れ星を飛ばしてみたくなったりしたので、流れ星の塗りわけの処理のアイディアを説明したりしつつやった。
この流れ星はお気に入りになってしまい、その後に自分が作った『アリーテ姫』「ACE COMBAT 04」『BLACK LAGOON』『マイマイ新子と千年の魔法』と毎回使うことになってしまっている。
エンディングの方は止めの画面にすることを前提として、森川聡子さんに同じく絵コンテなしの打ち合わせをもって絵作りしてもらった。ラストの絵は、冒険を終えた少年の泥靴にした。思えばこれも、『マイマイ新子』のDVDのスリーブの絵(新子の草履、貴伊子の靴)につながっているのかもしれない。
第92回へつづく
●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp
(11.08.08)