β運動の岸辺で[片渕須直]

第96回 ストレスなく高野豆腐になる

 そこからしばらく、仕事は元に戻った。
 『名犬ラッシー』に入る前と同じ、『あずきちゃん』と『ちびまる子ちゃん』。

 以前に携わっていたマッドハウスの『あずきちゃん』は、全39話で終わるはずが終わらず、毎年39話ずつ3年間にわたって制作する話に変わっていた。年間52週のうち39本放映しては13週お休みが入る。こういうスケジュールの組み方をしてもらえると、現場的にスケジュールのどん詰まりに追い詰められるのを避けられて、いくらか余裕ありげな態度をとることができていい。1996年の夏の終わりか秋口頃から絵コンテと各話演出の編制の中に戻してもらって、第72、81、85、92、101、106、112話と携わることになる。平均6週弱に1本やったことになる。さらに、だんだんと調子に乗って来たらしく、絵コンテだけのも2本ほど余計にやっている。

 もうひとつ以前と同じに戻ったのは日本アニメーションの『ちびまる子ちゃん』で、こちらも同じ時期に復帰したから、『あずきちゃん』も『ちびまる子ちゃん』もともに1996年12月放映分から自分の仕事が再び電波に流れることになった。自分にとって2回目の『ちびまる子』は第98話に始まって、延々第219話に至るまできちんきちんとローテーションの中にはまって仕事している。
 制作デスクの小村統一さんには、以前と同様、自分のローテーション分の原画の編制を固定してもらって、無理なく仕事できるようにしてもらった。当時オープロにいた西山映一郎さんが半パート、残り半パートは福冨和子さんと山崎登志樹さん、ときどき助っ人で入好さとるさん。
 さらには、作画監督武内啓さん、美術監督野村可南子さん、それから色指定はスタジオキリーから、編集小野寺桂子さん(のちに『名犬ラッシー』の編集でお世話になった名取信一さんに替わる)。
 顔ぶれが固定しているというのはいいもので、打合せなども、
 「あのときのあれと同じで」
 「はいはいはいはい。ああ、あれね」
 と、実に端的に運ぶ。

 要するに、『あずきちゃん』も『ちびまる子ちゃん』もまるでストレスがなかった。おかげで、抑鬱的などつぼに嵌まったままにならずにすんだ。
 「貧すれば鈍す」の反対みたいな話で、調子に乗れるのはよい。『あずきちゃん』の第92話「大スクープ! ヨーコちゃんの学級新聞」には、小学校の教室の壁に張られた壁新聞が出てくる。同じ壁新聞がまた別のカットに出てくると、まったく同じものをアングルを変えてまた新たに描き起さなくてははならない。この話は、デジタル化以前のセルとフィルムの時代の話なので、1枚描いたマスターをパースに合わせて変形、という芸当はできなかったのである。どうしたか、というと、多少無理をお願いできる原画の浦谷千恵さんが、登場する各カット分の壁新聞をいちいちサインペンで書いてくれたのだった。小学生らしい記事の中身も、浦谷さんが自分で考えて書いてくれていて、いちいちおもしろかった。お任せしてしまえばよいのだから、こちらにはまったくストレスのない話で、とにかくありがたかった。

 こうストレスがないと、マッドハウス方面から、
 「あのさあ、給料分仕事してほしいんで、もう1本仕事突っ込んでもいい?」
 などといってきても、大丈夫、大丈夫、という気になってしまう。
 これが、『カードキャプターさくら』だった。当時、マッドハウスの仕事はほぼ、他社製作の下請けばかりで、内容的な主導権はきちんともっていたとしても、著作権は持てずにいた。ということは、インカムとしては、与えられた制作費がすべてということになり、マーチャンダイズだとか2次使用での収入はほぼ期待できない。『カードキャプターさくら』は、マッドハウス自体が製作元受となるべく考えた自社企画で、ということはその辺が期待できる、ということになる。丸山正雄さんなどは「この際、1話あたりどーんと8000枚かけるつもりでやっていい」と勢いよくハッパかけてくるのだった。
 この頃のマッドハウスのTVシリーズは、第1話を監督自身が演出を施し、なぜか2話を小島正幸さん、3話を僕が手がけるのが常道になっていたような気がする。「シリーズ全体としてコンスタントに作画枚数8000枚かけてよいという話なら、シリーズ劈頭の第3話までなら1万枚くらいかけても叱られないのじゃないだろうか」と個人的に考えてしまった。このあたりは自分の見積もりが甘すぎた部分で、自分で担当した3話は1万2000枚かかってしまった。まあ、この辺は、実におおらかなものだった、ということにでもしておきたい。
 結局、民放TV局への営業が不調のまま終始し、『さくら』は『あずきちゃん』の後番組としてNHKに引き取ってもらうことになり、となると、仕掛け上NHKエンタープライズを元受会社とせざるを得ず、マッドハウスはそこから受注する立場になった。そこから先は一話あたり4000枚という通常路線に戻っている。いずれにせよTVの仕事はそれくらいが無理がなくてよい。
 それにしても、1万2000枚の仕事はそれ相応にくたびれた。

 吉祥寺の喫茶店で、スタジオ4℃の田中栄子さんと待ち合わせをし、久しぶりにその前に顔を見せたとき、栄子さんから、
 「なあに、片渕さん、高野豆腐みたいになっちゃって」
 といわれた。「だしがらみたい」というようなニュアンスの栄子さん的表現だったのだろうか。ひとつひとつは内容的にストレスなく仕事できていて、それでいて全体の総量的にはパンパンもいいところだったのだった。
 「そろそろ『アリーテ姫』を再稼働させてみたい、と思い始めてしまって」
 「どうすればそれができるか、考えましょう」

第97回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
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(11.09.20)