第109回 終わりなき戦い
シナリオを書くときは、一応、箱書きらしきものも作ってはみる。それは、コピー用紙を細かく切ったものにサインペンで書いて、壁に順番に張る。パネルボードみたいなものがあるときは、そっちのほうが便利なので、それに張る。ずっと同じやり方をやっている。『NEMO』のとき、すでに大塚康生さんと2人っきりの準備室でこれをやっていた。
もう何年も準備を続けている『アリーテ姫』でも、カードを作っては壁に張ることをすでに何度も繰り返していた。だけど、そこでいくらやってもシナリオなどできないことも、とっくに知っていた。構成などいくら整えたところで、何かの計算ができてはきても、通じてくれなくてはいけないものが通じてこない。それは、気持ちなのだろうか、辻褄なのだろうか、心なのだろうか、自分自身が感じるおもしろさなのだろうか。そのどれでもあるような気がするのだが、あえてはっきりさせないことにしている。要素は限定されるべきではないからだ。わかっているのは、「一貫させなければならない」ということなのだと思っている。
まず、冒頭をどうするか考えて布石する。それにそぐう次のシーンを考える。さらにその続きを考える。いつか、初めに考えた構成からはみ出してしまっていることもある。しかし、そこまで書いた具体的な展開が納得できるならば、構成のほうをなんとか直せないかとがんばってみる。そこまで書いた具体的な展開が納得できないならば、また冒頭に戻ってみる。ストーリーがどこまで進んだとしても、何かつまづいたら、とにかく冒頭に戻ってそこからなぞり直してみる。
量の問題もある。限られたフィルムの長さの中で語り終えられなくてはならないのだ。量がかさみすぎてるなと思えば、カットできるところ、ショートカットして近道できそうなところ、その他なんでもいいから、打開策を見つけ出さなくてはならない。それもまた、冒頭からなぞり直す中で行う。
常に頭から順番にというのは、学生の頃恩師から教わった絵コンテ採録の方法だった。採録すべき作品を頭から全部見る。記憶しているコンテを書き出す。記憶があいまいになってつながりがわからなくなったら、また作品を頭から通して見直せ。常に冒頭から一貫している構造物だと思ってあたれ。シナリオを書くときにも同じことをするべきだと思ってしまったわけだ。もはや完全に自己流の域なので、正しいのかどうかもわからない。しかし、ほかのやり方もよく知らない。
頭からなぞっては際限なく書き直す作業にはワープロが向いている、とこれも自己流でそう思う。原稿用紙に書いたものを赤鉛筆やら青鉛筆やら繰り出して修正しまくるのも、なんだかわからなくなっていきそうな気がしてしまうもので。
『アリーテ姫』の頃はまだパソコンではなくて、ワープロを使っていた。この頃にはワープロもネット接続できるようになっており、実際、そういう機能のついてる機械をもっていたので、その気になればパソコン通信くらいできたはずなのだが、『アリーテ姫』の準備室には電話回線が通ってなかった。スタジオ4℃で加入したPHSがひとつあって、それがこの部屋の唯一の通信手段だった。
すでに、冒頭は何度も書き直していた。
町へ忍び出たアリーテ姫が、自分が縫い取りした太陽の刺繍が入った胴着を仕立て屋の親方に売りつける場面はカットしてしまっていた。親方にはちょっと違う役回りで登場してもらうことになっていた。
宝捜しの冒険の旅から帰還する「三番目の騎士」は、貧乏騎士の父子で、着物はぼろぼろの半裸状態で城下にたどり着く。しかし、この格好では城中に参内できないので、父である頑固な初老の騎士がなけなしの最後の貨幣で仕立て屋から胴着を買って、息子の少年騎士に着せる。これもカットしてしまった。彼らが持ち帰り献上した「魔法の宝」が、間抜けにも、要求された「本物の魔法技術の産物」ではなく、魔法のなんたるかについて書かれた「ただの本」だった、という部分だけ残した。
したがって、自分自身魔法の宝捜しの旅に出ることを魔法使いボックスから命ぜられたアリーテが、2番目の難題「白銀の馬」の元に向かう途中で、この父子と出会うこともなくなった。2番目の難題自体、白銀の馬もろともなくなっていった。
こうした諸々はいったん脚本として書いたのだが、ストーリーに「はまらない」ということではなく、はめられるものならなんとかはめてみたかったのだが、映画としての全体の尺が際限なく長くなってしまいかねなかったので、泣く泣く切り落とした。
そうしたたび、いちいち冒頭に戻ってやり直す。なかなかラストにたどり着けない。
その苛立ちから、途中で全然別のストーリーを作って息抜きしていたことは前に書いた。
一観客のように冒頭からストーリーを味わい直すことを何十回か繰り返して、ようやくラストまでたどり着いたと思った。へとへとになっていたので、これでよいと思うことにした。印字して制作の笠井に渡した。と、しばらく経って笠井から、プロデューサーの栄子さんが納得してない、と返してきた。
栄子さんはその当時、肋骨かどこかを骨折して入院していた。笠井と2人で栄子さんの病室までいって話をした。
「これでいいわけないじゃない」
またあの消耗戦に戻れというのか。あんまり悔しいので、栄子さんが寝ているベッドの脚を蹴飛ばした。
栄子さんは「痛い」といった。
第110回へつづく
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(11.12.26)