β運動の岸辺で[片渕須直]

第114回 色の転び方について考える

 色のテスト用に主に使ったのは、城の石垣に野いばらが絡んでいて、その茂みの中に実は隠し扉がある(見えない)というカットのための本番ボード(美術ボードでありつつ、本番用の背景としても使う)に、アリーテも置いてみたものだったように記憶する。この野いばらの葉の黄緑が黄色になったり、赤みがかった石垣がマゼンタを帯びたり、アリーテの衣服、肌色など、色々とフィルムの上でうまく発色してくれない。
 自分たちが調色に使ったパソコンのモニターと、フィルムレコーダーが出力したものの色調が違うわけなのだが、といっても、それは無秩序に変形しているものではないはずだ、と考えた。フィルムレコーダーからフィルムに至る一連のブラックボックスの中を通るあいだに、色彩に関する情報が変形しているのだが、これは一定の法則に従った変形を遂げているのに違いない。
 さあ、ここからはややこしいぞ。
 自分たちの調色用パソコンのモニターに映し出される色を「A」、加えられた変形を「B」、フィルムでの発色を「C」とすると、

  A+B=C

 という関係になるのだ、と考えてみたわけだ。本当は、足し算なのだか、掛け算なのだか、実はもっと複雑な関数なのだかわからないけど、物事は簡単にしたいので、とりあえず足し算ということにして考えることにする。  で、考えたのは、

  (A−B)+B=A=C

 ということにできれば「AとCは一致する」ということだ。
 つまり、パソコンのモニターに映し出されている色は「A」なのだが、データそのものは「A−B」という感じになってフィルムレコーダーに受け渡されればよいはずなのだ。このデータをA’ということにする。
 つまり、A’=A−Bね。
 ということは、

  A=A’+B

 なのだから、実際のデータの上に一定の調整レイヤーを重ねた状態をもって常にモニター上での見た目とすればよい。フィルムレコーダーというブラックボックスの中で行われている変形と同じことをそっくりそのままフォトショップの調整レイヤーを使って行い、それを常に重ねた状態で調色し、次いで調整レイヤーを外してコンポジットし、できあがったデータをフィルムレコーダーに送ってやればよい。
 と、ひどく簡単なことをグルグル考えて、一瞬わけがわからなくなったりしながら、とりあえずの解決策にたどり着いた。
 あるいは、「−B」という調整レイヤーを作れれば、できあがったデータに後づすることができて、より簡単になるはずないのだが、どうやって作ればよいのかわからない。「B」と同じものならなんとか作れそうだ。
 というところまでの道筋を、(よそでいえば撮影監督にあたる)CGI監督の笹川恵介君に話してみると、
 「ん? ん? ん?」
 と、理解するまでのしばらく、首を捻っていた。

 さて、それでは、この場合の「B」、すなわちブラックボックスの中で色彩の変形がいかように起こっているのか、この目でダイレクトに確かめる方法はないだろうか。
 ある。
 フィルムレコーダーで出力したフィルムを持ち帰り、4℃のマスターモニターに投影された映像と見比べることだ。
 こうなってくると、美術ボードだとかキャラクターのカラーデザインのように、限られた色だけで構成されたものをテストピースとして使うのは危険になってくるので、色彩設計林さんに頼んで、全方位のカラーチャートを作ってもらう。全色相、全明度に関して、満遍なく網羅し、任意に選んだ色ではなく数値的に等間隔のステップで標本化したカラー・ステップ・タブレットだ。これをフィルムレコーダーで焼いてもらう。
 これのフィルム上がりも、一応イマジカの試写室で試写してもらったのだが、単にたくさんの色があるだけでほかのひとたちはぽかーんとしていた。
 だけれども、この時点でも注意して見ていれば、元の調色用パソンコンに接続されたマスターモニター上に映し出されていたカラーチャートとは色の見え方が違っていることに気がついていたはずなのだ。

 そそくさとこのフィルムのコマを切り出してもらい、自分たちの仕事場に持ち帰る。
 このフィルムのコマを光に透かして、モニターと見比べることにする。
 その前に条件を整えておくべきことがふたつある。
 まず、マスモニをイマジカの標準でキャリブレーションしてもらい、それ自体が適正に発色するようにすること。
 もうひとつは、フィルムのコマを透かしてみるときの光源の入手だ。蛍光灯の光は緑色だし、白熱灯は赤い。映写機の標準と揃えた色温度の光源が必要なのだ。これは4℃にはすでにあった。『MEMORIES』のときに同じようなことをしたときに購入した、適正色温度のライトボックスだ。ただ、これは以来何年かのあいだに変色してしまっている可能性もあった。そこのところをどう乗り越えたのか、今となっては忘れてしまっている。

 マスモニにカラーチャートを映し出してみる。カラーボックスに載せたフィルムに焼きつけたカラーチャートを並べて、見比べてみる。
 自分たちのモニターの上で発色している各色が、それぞれの明度のとき、どのように変わっているのか、一目瞭然、明白にわかる。同じ色でも、明度によって色相の変わり具合が違っている場合もある。また明度自体のステップも違っていたりもする。
 モニター上のカラーチャート(フォトショップを使って表示されている)の上に、数種類の調整レイヤーを重ねて、これを操作し、フィルムのコマと同じに発色する状態を作り出してみる。これら調整レイヤーは統合せずに外せるようにしておいて、コンポジットに回す前に取り除いて素の状態にする。すると、なんだか奇妙な色調の画面として仕上がるのだが、このデータをフィルムレコーダーで焼いてもらう。
 果たして結果は……。

第115回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(12.02.13)