β運動の岸辺で[片渕須直]

第122回 音楽の風向きを定める

 前にも述べたように、この映画を作ろう、と踏み切ったときには、監督である自分自身と、プロデューサーである田中栄子さんしかいなかったのだが、その後、栄子さんの働きかけできちんとした製作委員会が組織されるようになり、そのメンバーである小学館、イマジカ、電通、4℃からそれぞれ代表の人たちが出て、ときどき会議をやっていたようだった。こういう局面に監督が呼ばれることもない。ただ、中でも、電通の福山亮一さんが現実的な部分の行動力となっていただいていたことについては、ときどき福山さんもこちらが仕事しているところに来て、いろいろと話してもらう中から、十分に察するところになっていた。  完成したフィルムでは、福山さんは、田中栄子プロデューサーとならんで、アソシエート・プロデューサーとしてクレジットされている。

 映画の音楽をどうしよう、という段になって、この福山さんが、
 「実は……」
 という話を始めた。
 「電通で僕の向かいの机に座ってる男がですね、千住明さんの同級生だっていうんですよ。そういうツテがある千住さんですし、この際お声掛けしてみるというのはどうでしょうか? もちろん引き受けてもらえるかどうかはわかりませんが」
 聞けば、千住さんも、僕と同い年の生まれで、どうもこちらと同様、あとから横田正夫先生からそう類別されることになる「中年の危機」期を迎えておられるようであり、仕事の仕方について考えてみたい時期に入っている、そんな話だった。
 「そういうときに、アニメーション映画の仕事ってどうなのかしら」
 「この映画だったら、ということはあります」
 ということで、福山さんの向かいの席の兵頭秀樹さんに仲介してもらって、千住さんと直接お目にかかって、『アリーテ姫』の音楽の仕事の依頼をお願いすることになった。

 たぶん千住さんと最初の顔合わせのためだったと思うのだけれど、こんな感じの音楽を欲しがっている、というこちらサイドの色合いをはっきりさせようと、早瀬君が、
 「片っ端からCD聴きまくりましょう」
 と、提案してくれた。普段あまりこちらが踏み込むところではないタクト・スタジオの裏のほうに入ってみると、ライブラリーがあって、CDがたくさん蓄積されていた。
 「まず、千住さんの音楽です」
 と、『高校教師』のBGMだとか、千住さんが編曲してオリガが唄う「ポーリュシカ・ポーレ」だとかから入った。
 「さあ、どっちへ行きましょう?」
 早瀬君は、それほど音楽に詳しくないこちらのことを気遣いながらも、意図や気持ちを汲み取ろうとしてくれている。
 「アコースティックな感じ、民族的な感じ」
 「楽器は弦ですかね? ストリングスの広がりはいいですよね」
 「うーん、と。どっちかというと木管とか。交響楽みたいに構えた感じじゃなくて、土俗的な感じ。木管の音って漫画映画的な画面にあうんだよね」
 「じゃあ、この辺かな?」
 棚からCDを何枚か引っ張り出してくれる。
 聴いていると、ギターなんかがいいように思えてくる。
 「ああ、ガットのクラシックギター。ほかには?」
 さらに聴くうちに、なぜかフォルクローレなんかがよいような気がしてきてしまう。中世ヨーロッパか、といわれると違うのだけど、土俗的だし、民族的だし、ケーナだとか木管だし。

 千住さんと顔合わせする機会が訪れたのだが、早瀬君は来ない。ほかに予定が入ってしまっているという。
 なので、自分の口から、ああしたい、こうしたい、ということをいろいろ喋ってみる。
 「それから、歌。ヨーロッパのどこか英語じゃない言語で唄う歌が欲しいです」
 「ああ、それなら。この間までに一緒に仕事した歌手で、候補が2人います。ノルウェー語とロシア語とどっちがいいですか? まずはノルウェー語からかな?」
 どうも、事前に兵頭さんあたりからちゃんと話がしてあったらしく、引き受ける/引き受けない、という段階のところはすでに通り過ぎていて、具体的にどのアーティストを使おうか、というところまで千住さんの頭はすでに回り始めている。
 「じゃ、監督、次までに音楽を入れる場所のメニュー、作っておいてください」
 そのあたりのことは、本来なら録音監督の職掌かな?
 早瀬君に伝えたら、
 「それは監督がぜひやってください。そのほうが絶対いいですから」
 ということで、全編つながりつつある映像を見て、ここにこういう曲、こっちにはこういう曲、という一覧表を作ることになった。

第123回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(12.04.09)