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COLUMN
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第6回 シナリオという言葉が日本語だったら……?

 「誰でもはいれるシナリオ研究所」に行く。家族の了解は取れたものの、もうひとつ難関が残っていた。
 当時の僕としてはそれが、最大の難関かもしれなかった。
 つまり、その頃のガールフレンドの了解である。
 彼女にとって、自分のボーイフレンドが、人並みの一浪か、当てにもならない脚本家を目指す男かは、大事な問題である筈である。
 彼女には、外国に住むという夢があった。子どもの時に見たオリンピックで、オーストラリアの水泳選手が大活躍したから、外国に住みたいという、僕から見てはお気楽な理由であったが、本人にとっては、極めて重大なテーマで、高校卒業後は、大学など目もくれず、東京の四谷にある結構有名な英語学校に通っていた。
 そこの学校の教育方針として、学校以外の日常生活でも極力、英語で会話するように指示があり、ボーイフレンドの僕としては、しばしば英語を使わねばならず、英語の苦手な僕には、はた迷惑もいいところのガールフレンドであった。
 しかも、生まれも育ちも、新宿の盛り場のはずれ……彼女本人は、新宿を嫌っていて、できるだけ遠くに住みたい……それがこうじて、日本どころか言葉さえ違う外国に住みたいと、子どもの頃から願っていたらしいので、本人としては、けっしてお気楽な夢ではなかったらしいのである。
 僕は渋谷育ち。彼女は新宿育ち。
 似たような盛り場育ちに見えるが、実際は、渋谷と新宿は昔も今もえらい違いの街である。
 二人の共通点は、高校が同じ事、通学の小田急線が、渋谷区と新宿区の同方向な事ぐらい。
 それがなぜ、ボーイフレンドとガールフレンドになったか……面白いエピソードがあるのだが、それは近いうちにお話しようと思う。
 ともかく僕は、彼女に言った。
 「おれ、シナリオをやろうと思うんだ」
 「ふーん」彼女は首をかしげてそれから言った。
 「首藤くんのスパゲティ、おいしいもんね」
 「あん??」と僕。
 確かに、僕は料理に自信があった。
 当時のスパゲティは、湯がいた麺をしばらく置いておいて、炒め直すのが主流であった。
 だが、僕のスパゲティは、湯がきたてに、よけいな火を通さなかった。
 今では、スパゲティ専門店では常識的なこの料理法を、当時から僕はこだわっていたし、アルデンテというスパゲティの湯がき具合も、常識程度に知っていた。
 だからといって、シナリオがスパゲティの話に飛躍するのに、今度は僕が首をかしげた。
 「でも、油と火をやたら使うの、大丈夫?」
 「なんで、シナリオに油と火なんだよ」と、僕。
 「炒飯とか野菜炒め」と、彼女。
 そこで、初めて僕は気がついたのである。
 彼女は、シナリオを支那料理と聞き違えたのである。
 僕は、ここで妙なおやじギャグを使う気はない。
 しかし、この話、事実だから恥ずかしながら書くしかないのである。
 彼女は、映画をまるで趣味にしてなかった。
 僕のことを、映画好きとは知っていたが、めったに映画の話はしなかったし、二人の話題は、まず、彼女の守備範囲、英語。僕の守備範囲、料理。少しだけ共通の趣味、美術。音楽。そして何よりも、二人が出会っているときに周辺で起こる様々な日常の他愛のない出来事が、会話の中心を占めていた。
 「シナリオっていうのは、脚本ともいって……」僕は冷や汗をかきながら説明を始めた。
 映画に興味のない女性に、脚本のことをろくに知らない僕が説明するのは、大変な苦労であった。
 彼女もいちいち頷きながらも、それは形だけ。脚本というものを理解できてるとは思えなかった。
 「よーするに、イラストレーターのような横文字のお仕事ね」
 その当時は、イラストレーター志望者の全盛期で、街で石を投げればイラストレーターの卵か、警察の機動隊に当たると言われているほど、数が多かった。
 僕だって、イラストレーターに一瞬だけなろうとした時期があった。
 だが、志望者があまりに多くて、競争者も多いだろうし、なんだか流行を追いかけているミーハーに思われても気持ちが悪いから、イラストレーター志望は止めたのである。
 ともかく、イラストレーターは知っていても、シナリオライターは、彼女の語彙の中には入っていなかった。
 彼女は、ぽつんと言った。
 「シナリオって英語じゃないわね」
 そんなこと、僕が知る筈もない。僕は答えた。
 「そうかもな。フランス語か、ドイツ語か、もしかしたらロシア語かもしれない」
 後で知ったことだが、シナリオとは、ラテン語系のイタリア語であるらしい。
 彼女は僕に、いつものようにぽつりと言った。
 「イラストレーターのように、俗っぽくないし、シナリオライターって、あまり聞いたことないけど、横文字の仕事はかわりないものね」
 つまり、彼女は僕がシナリオという横文字をやると言ったから了解してくれたのである。
 ただし、シナリオライターという横文字でなく、脚本家という日本語だったら、その後、僕が脚本家になることはまずなかっただろう。
 そして、彼女自身もボーイフレンドが、シナリオ志望であるために、思いもしなかった苦労をする羽目に陥ったのである。

  以下次号


●昨日の私(近況報告)

 渋谷の東口のバス停から、終点の日赤病院に行くバスに乗ると、いくつかの女子高の生徒が乗っている。僕は病人の雰囲気で、疲れ切った表情で、彼女達の会話に耳を向ける。断っておくが、彼女達の会話を盗聴しているのではない。どうせ、世代の違う僕に彼女達の話題は三分の一も理解できない。では、何を聞いているのか? ……彼女達の会話のリズムである。
 言うまでもなく、会話とは一人では成立しない。
 彼女達が話す、我々には意味不明の語彙の遣り取りには会話のリズムの応酬とテンポがある。
 しかも、女子学生の通っている学校によって、区別がつく語彙と会話のテンポがある。
 これは、女性の脚本家の方も大いに参考になると思う。
 自分たちが日常書いている脚本の台詞と、現実の女子高生の会話の違いが、参考にならないはずはないと思う。
 ……で、僕がこんなことを書いているからって、調子に乗って、毎日、高校生の会話を目当てにバスに乗るのは、おやめなさい。僕の場合は、自分が持ってい る医学的病気を直すのが本来の目的であるのだから、そのことを忘れないように……。
 

■第7回へ続く

(05.07.06)

 
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