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COLUMN
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第9回 研究所の中の奇妙な生徒達

 「シナリオ研究所」の授業には、げんなりというか、ほとほと困ってしまった僕だが、(僕は、悩むといういいまわしををほとんど使ったことがない。悩むといえるほど落ち込んだことが、めったにないこともあるが、近ごろは悩むという言葉が使われすぎている気もするのだ。だから、普通使われている「悩む」が、僕の場合には、「困った」程度の表現になる)教室の中を、見渡して見ると、さほど困った状況でもないことに気がついた。
 教師の講義は碌でもなく質屋に預けたいような内容だったが、研究所に通ってくる生徒達は、捨てるには忍びないような人が多かった。
 「シナリオ研究所」は、昼間部と夜間部に分かれていた。夜間部に通う人たちは、なんとなく想像がつく。
 昼間、仕事をして、本来なら、休みや飲み屋でくだを巻いている貴重な夜間を、シナリオの勉強に費やしている、いわば、まともなシナリオ作家志望者たちである。
 だが、僕は昼間部。予備校などに行って受験勉強をしている姿がまっとうなのに、真っ昼間から、先行き当てにもならない「シナリオ研究所」に通っている。
 事実、研究生の中で十八歳の僕が一番若かったし、同年代の研究生もほんの少ししかいなかった。
 他の人たちは、年齢も様々で、いったい何をして食べているのか、見当もつかない人がほとんどだった。
 男なのにピアスをつけ(最近この格好は、巨人という野球の球団の巨大扇風機……当たれば飛ぶが、ほとんどバットが空をきるだけの、某スター選手のおかげで一般にも知れ渡るようになったが……)、それだけでは収まらず、五本の指にはいかにも模造品の宝石指輪。おまけに、首飾りまでつけている、おねえ言葉を使うお兄さんや、どこの有名会社に勤めているんだろうと見まがうような、背広ネクタイの紳士。上品なレースのブラウスを着た深窓の令嬢としかおもえないような楚々とした女性……多分こういう人の職業は、家事手伝いとでも呼ぶのだろう。
 子供を育て上げて、暇になったおばさん風が、いるのは納得できるが、養老院で茶飲み話をしているほうが似合うような御高齢の方まで、ともかく、例を挙げればきりがないほど、正体不明の人々が集まっていた。
 一応、授業料を払っているのだから、さしせまって生活に困っている人はいないようだが、不思議に夜の御仕事(いわゆる風俗関係)らしい人は少なかった。
 いったいこの人たちは、何なのだろう。
 なぜ、脚本家になろうなどと思いついたのだろう。 予備校代わりに、通っている自分のことを棚にあげて、彼らの生態を観察する事が僕の楽しみになった。
 したがって、「シナリオ研究所」自体より、授業が終わった後、近くの喫茶店で、彼らといろいろなことをだべる方が、僕にとっては、「シナリオ研究所」に行く目的になってしまった。
 だからという訳ではないが、授業自体に関心をなくしかけていた僕には「シナリオ研究所」の授業料を払った記憶がないのである。
 どんな学校も、……いっちゃ悪いが、「シナリオ研究所」だって営利団体である。入学金と授業料はしっかり取るはずである。
 僕も、払っているはずだと思うが、請求された覚えが無い。
 本当に僕が払っていないのだとしたら、「シナリオ研究所」の経理が、相当ずさんなのか、それとも、生徒の中で一番若い僕への温情で、見逃してくれていたのか? ……だとしたら「シナリオ研究所」のあった青山一丁目に、足を向けては寝られないということになる。
 いずれにしろ、三十年以上昔のことである。未払いの確かな記録が残っていれば、素っとぼける気はない。ちゃんと払いますから、資料をそろえて請求に来て下さい。
 でも、こういうのって、時効ってないのかなあ……。
 いささか、余談に走ったが、僕がいいたいことは、形式通りの授業をする教師より、身近にいる生徒仲間に興味を持てということである。
 これは、多分、中学、高校 大学でも通用すると思う。
 黒板に書かれた授業内容より、隣の席の女の子を気にするようなタイプが(僕は、幼稚園の時から、男女共学だった)、シナリオライターにむいている筈である。
 もちろん、僕は極論を承知で書いてはいるのだが……。
 次回は、そんな「シナリオ研究所」の昼間部の集まって来た人たちのことを少しだけ思い出してみようと思う。
 まじめな「夜間部」の人たちは、夜でもあることだし、ちょっと目を閉じていて下さい。


    (つづく)


●昨日の私(近況報告)

 最近、女子高校生の話をしすぎたので、大人の女性の話をしよう。
 僕には、何かと便利な義理の妹がいる。
 つまり、僕の妻の妹である。
 読者の皆さんの年齢からしたら、少しだけお姉さんかもしれないが、親戚としてのひいき目を抜きにしても、なかなかな美人である。ついでに、なぜか、独身でもある。
 この人の、何が、僕にとって便利かというと、家が、昔、西麻布、六本木近辺、今、青山、いわば、東京の大人っぽいおしゃれを代表する街に住んでいるのである。
 渋谷、新宿、ついでに小田原がほとんど地元の僕としては、麻布、青山あたりを歩き、街の雰囲気を知るには、一緒に歩いてとても都合のいい人なのだ。
 いい歳のおじさんが、青山辺りを一人でさまようのは似合わないし(よーするにキモイ)、男同士でも寂しいものがある。女性同士か、落ち着いた感じの男女のカップルが歩くなら、なんとなく許されるといった街である。
 彼女も、この街をそぞろ歩くには、義理の兄である僕は、薄汚い格好をしていないかぎりは……本当の僕は相当薄汚い部類のおじさんだという謙虚な自覚があるのだが、ともかく、彼女と歩くときは、せめてまともな格好でいようと心がけている……彼女にとっても、誘われて好きでもない他の男と歩くくらいなら僕の方が、便利らしい。姉の夫である僕なら安全……、他の男達から耳にタコができるぐらいささやかれる口説きを聞くうざったさがないだけましなのだろう。
 その義理の妹と、何かの用事で青山通りを歩くことになった。
 たまたま時間が空いたので、最近、評判になっているティールームを紹介してくれるという。
 チョコレートの一かけらが、ドトールのコーヒーの二杯分以上するという店である。
 その店に向かったのは、なぜか平日の午後であった。
 ふと、前を見ると、三人の女の子の小学生が、歩いていた。
 青山通りの近辺にも小学校があるのか……と、なんとなく違和感を感じたが、女の子達がそろって唱和するように口ずさんでいた台詞に、僕はさらに違和感を感じた。
 僕の知っている台詞だったのである。
 「なんだかんだと聞かれたら、答えてやるのが世の情け……」
 そこから先の台詞も僕は知っていた。
 当たり前である。数年前、僕が書いていた『ポケモン』というアニメのロケット団という悪役三人組が登場するとき、必ず口走る決まり文句……つまり僕が作った台詞だったのである。
 僕は、思わず、台詞の続きを、女の子の小学生達と一緒に、声に出してしゃべってしまった。
 びっくりしたのは、女の子達である。
 ……なんだろ、このおじさん……。
 極度の狼狽と警戒が、はっきり見て取れ、女の子達は凍りついていた。
 その様子を見て、機転を利かした義理の妹が、
 「その歌ね、このおじさんが作ったのよ」
 と、間に入って取りなしてくれた。
 品のよさそうなお姉さんの言葉で、やっと気を取り直した女の子達は……何で、こんなおじさんが……ロケット団の決まり文句を……と、怪訝そうな顔をしながらも、僕に握手してくれた。
 そして、評判のティールームに入って行く僕たちの後ろ姿を見届けて、安心したように去っていった。
 うれしはずかし……とはこのことであろう。
 評判の店で、大人の女性と食べた高価なチョコレートが、甘いか苦いか……いずれにしても、僕にはとても不似合いだった。

   以上
 

■第10回へ続く

(05.07.27)

 
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