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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第11回 銀河バナナ?英雄伝説

 「シナリオ研究所」の放課後の喫茶店談話の中で、印象に残った人は他にも多い。
 テーブルの片隅で、背広とネクタイのいかにもサラリーマン風の青白い顔の物静かな男がいた。
 サラリーマンが、昼間、こんなところにいるのも珍しいので、誰かが聞いた。
 「御職業は?」
 「バナナです」男は答えた。
 「バナナって?」一同の好奇心が、男にいっせいに向いた。いささか、いやらしい意味の興味を持った人もいたようだった。
 「へんな連想はしないでください。バナナはバナナ……黄色い色をして、長くて、剥いて食べる普通のバナナです」
 彼の話をまとめると、バナナはいうまでもなく南の国でとれる。しかし、その時は、まだ熟していなく、黄色くなく青い色をしていて甘くもない。それを、日本に運んできて、室のような所で、売り物になるまで熟すのを待つのである。
 彼は、その保管倉庫で、バナナの熟し具合を見守る役目をアルバイトにしてるという。給料は高くない。しかし、一日、4、5本、かすめ取って食っていれば、生きるには困らない。
 「バナナだけで、1ヶ月は楽に生きていけます。なにしろ、バナナは栄養満点、他に何も食べる必要がないほどの完全食品です。だけど、倉庫の中に入りっぱなしなので、日の光に当たる時間がなくて……ま、暇を見て、日光浴がわりに、シナリオの勉強でもしようと思いまして……だから、昼の部に通っているんです」
 日光浴がわりに、「シナリオ研究所」に来るというのも面白いが、僕が興味を引かれたのは、バナナが、完全食品だということである。
 その後に見たドイツの「Uボート」という潜水艦映画の傑作(だと、僕は思う)の中で、食糧補給のままならない潜水艦で、バナナを満載して航行しているシーンがあったが、これこそ、バナナが完全食品である証拠である。
 ……いやあ、ドイツ映画って妙な所が、リアルだなあ……。
 で、「シナリオ研究所」のバナナ男の話を聞いて、僕の中に、一瞬ひらめいたアイデアがあった。 時は未来。自然食品はほとんどなく、科学合成食品全盛の時代……完全食品で、かつ天然のバナナは、宝石にも勝る貴重品である。 当然、天然バナナの産地を巡って、争奪戦が起こる。銀河を巻き込む大戦争にもなりかねない。
 なにしろ、バナナは生ものである。未来宇宙兵器など使って派手なドンパチをすれば、破壊され食物の価値がなくなる。
 しかも、時が経てば腐ってしまうというタイムリミットもある。
 冷凍バナナという方法もあろうが、それでは、天然自然食品の価値は、半減する。
 バナナの奪取には、巧妙な戦略と、宇宙兵器に頼らない勇者の軍団が必要になるかもしれない。そこに伝説が生まれ……銀河バナナ英雄伝説……。
 そこまで思いついて、このアイデアは休止した。
 たかが、バナナ……されど、バナナ。「宇宙戦艦ヤマト」や「ガンダム」が、活躍する戦争ものには、むかないだろうし、おちゃらけた喜劇にして、食べ物を粗末に扱うコメディにはしたくなかった。僕が18歳の頃は、まだ飽食の時代ではない。食べ物は大切にしろの時代なのだ。
 かくして、バナナ戦争のアイデアは、長い間、僕の胸の奥にしまわれていた。
 数十年がたった。
 このアイデアが使えそうな宇宙戦争ものがついに現れた……ような気がした。
 知っている人なら知っている「機動戦艦ナデシコ」という、登場人物が変な人ばかりの、少なくとも企画当時はコメディともシリアスとも言えない奇妙な戦争アニメだった。
 なにしろ主人公が、料理人志望なのだ。食へのこだわりも十分である。
 僕の中で、バナナ戦争のアイデアが蘇らないはずはない。
 だが、残念なことに、この作品には原作らしきものがあったらしいし(僕はこの企画にはかかわっていない)シリーズ全体を掌握するシリーズ構成の人も、別にいた。
 僕が任されたのは、「ナデシコ」の副主人公(ルリという名の女の子)のエピソード群だった。それはそれなりに、ルリ3部作などという過分な呼ばれ方をして、恐縮しているが、バナナのアイデアは、誰にも告げず、そっと、胸の奥にしまっておくことにした。
 そのわけは、もうひとつ、このエピソードが使えそうな作品の企画が、最近、見え隠れしているからである。これも知っている人なら知っている「ミンキーモモ」の第3部……なんてね。
 いつか、「ミンキーモモ」のバナナ編でお会いできたらうれしいのですが……。
 でも、本当をいえば、変な奴ばかりが乗船している戦艦「ナデシコ」の人々が、バナナの皮にすべって右往左往する姿を、冷えた目で見つめる少女「ルリ」が、決まり文句の「馬鹿ばっかり……」とつぶやく台詞を書いてみたかった気も少しだけしている。
 ところで、今回は知っている人だけ知っている話が、多すぎた気もする。次回は、本来のシナリオ作法……なぜ、「シナリオ研究所」の授業が、僕に向かなかったのかについて、書いてみようと思う。

   つづく


●昨日の私(近況報告)

 やはり、これを書くのは、今のうちかもしれない。プロ野球の話である。
 甲子園の高校野球のせいで、死のロードに出た阪神の調子がおかしい。
 僕の心は、千々に乱れ始めている。
 だが、それ以上に心やすらかではなかろうと予想される脚本家がいる。
 アニメを中心にシナリオを書いている金春智子さんである。
 能の名門である金春流の家系でありながら、なぜ脚本家なのか、詳しいことは知らない。
 僕は、小学校の頃、阪神ファンの地元、関西の奈良に住んでいたことがあり、奈良出身の金春さんと奈良公園あたりですれ違ったことがあるかもしれないが、それ以外の共通点は、脚本家同士ということ以上に、阪神ファンということにつきる。
 だから脚本を書いていただいたことのある「ミンキーモモ」等というシリーズで、僕との打ち合わせとなると、作品内容は、15分……後の1時間は阪神の今後についての話題になる。それで、充分な打ち合わせになるから、われながら恐れ入る。
 ところで、小説家にしろ、脚本家にしろ、鬼より怖いものが、締切だといわれている。
 過去、締切遅れの弁解には、様々な言い訳が使われてきた。病気、事故、両親の死去、最近はパソコンの故障などというのもある。
 だが、もうひとつ、脅威の言い訳があるのである。
 気の弱そうなか細い、蚊のなく様な声で、
 「阪神の調子がおかしいので、とても脚本を書いている状態ではありませんでした」
 金春流のみに通用する言い訳である。そして、どんな言い訳より、真実味があるのである。書ける状態でない金春さんに、無理に急がせて、変な脚本が出来ても困る。僕は多いに納得し、気のいいプロデューサーも演出家も頷く。
 驚異なのは、阪神の調子の良いときである。その勝敗に優勝がかかってくるような試合の時など……やはり、気の弱そうな、蚊の鳴くような声で……。
 「阪神が勝つなんて信じられない。わくわくどきどきで、とても脚本を書いている状態ではありませんでした」
 僕は多いに共感し……こんなときは、僕も脚本など書いていられない……気のいいプロデューサーと演出家は、苦笑を通り過ぎ、爆笑するしかない。
 ただ、金春さんの名誉のために言っておくが阪神の調子がどうであれ、どんなに脚本が遅れようとも、でき上がった脚本の直しはわずか、僕の記憶にあるかぎり、ほとんどが、一稿、つまり一本目でOKである。
 だから、直しに何稿も繰り返すのが常識のような脚本の世界では、極めてまれな存在であり、結果的には、金春脚本が遅れたという印象を持たせない。
 脚本家の中には、こういう人もいるのである。
 今年、万が一(今、そうとしかいえない僕自身が切ない)阪神が優勝したら、甲子園で、乱れ飛ぶジェット風船の中で、能の鼓を叩きながら駆けずり回っている女性がいればそれはきっと金春智子さんである。
 ともかく、阪神、がんばってくれ!
 

■第12回へ続く

(05.08.10)

 
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