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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第126回 LIPSの舌(声優)たち

 「LIPS the Agent」のキャスティングは、プロデューサーの協力もあって、保険詐欺防止機関の情報部員の2人組は、愛役に小山茉美さん、遊役に林原めぐみさんが決まった。
 さらに、敵対する保険詐欺組織の女ボス・楊貴妃役に、僕が希望していた島津冴子さんまで決めてくれた。
 島津さんは、僕のシリーズ構成した『さすがの猿飛』ヒロイン魔子役で、そうとう清純ブリッコの役を気持よさそうにやってくれた人である。
 その島津さんの声が、どんな大人になって、清純ブリッコのなれの果てで今度は悪役に身を落した役をやってくれるか、とても楽しみだった。
 このキャスティング、つまりは、僕のシリーズ構成した作品のヒロインが3人集まったわけで、僕にとっては、どのヒロインの声も勝手知ったる、これ以上望めない豪華キャストだった。
 それに、補佐役に「海モモ」の王様役だった緒方賢一氏を配して、だじゃれ度全開にした。
 この4人だけで、掛け合い漫才、コント風にぺちゃくちゃ喋りながらストーリーが展開していく。
 僕は、基本的に書くことが嫌いな人間である。
 オリジナルの作品など、すでに頭の中にできあがったものを、文字に書き写すのにいらいらする時がある。
 とくにワープロを使うようになってから、文字変換など思うような文字が出てこない事が多く、うんざりしていた。
 だが、今回は違っていた。
 書いた台詞を、あの声優さんがどう表現してくれるだろう。
 あの声優さんとあの声優さんがからめば、どんな会話がはずむだろう。
 そんな事を考えながら書くから、結構楽しく、キーボードを叩く事ができた。
 まず、声優さんの個性が前面に出てくるような台詞にした。
 例えば、愛=小山茉美、遊=林原めぐみでは、こんな台詞が出てくる。

愛「私は誰?」
遊「私も誰?」
愛「はーい、アイアム愛……私が愛」
遊「アンド・アイム・ユウ。私が遊」
愛「しつこいようだけどほんとは私……アイアム愛、ね」
遊「しつこく売り込むもちろん私……アイアム遊でーす」
愛「まるで選挙のおねがい……だなあ」
遊「みんなの気持ちを占拠するまで続けるぞん」
愛「あきない?」
遊「あきた。一目惚れしてほしい」
愛「あきないのが商いのこつです」
遊「ささにしき。コシヒカリどれも秋田」
愛「なら、パン食になさい」
遊「なら、玄米パンにします」
愛「奈良なら三輪そーめんもいいかもね」
遊「先輩いつまで続けます」
愛「流しそーめん」
遊「はい、次へ流れます」

 読んだだけでは、何だかよく分からない会話だが、これが、小山茉美さんと林原めぐみさんの掛け合いでぽんぽんでてくると面白くなるから、不思議である。
 「LIPS the Agent」というタイトルにもこんな会話が出てくる。

愛「でも、結構大変だったらしいわ。リップス・ザ・エージェントって、このタイトルに決まるのに」
遊「リップス・ザ・エージェントが」
愛「たとえば、ルージュ・リップス」
遊「リップ・ステックはいろんな色つけたいな」
愛「だから決まらない」
遊「決められない」
愛「スリップス」
遊「題名でこけるの?」
愛「スーパー・リップス……スペシャル・リップス……略してエス・リップス……で、ス・リップス」
遊「俺たちエスじゃない」
愛「お断り。今時古いわよ」
遊「それにしたってスリップなんてね」
愛「だいいちつけない」
遊「ない。18年間」
愛「ないものはいらない」
遊「次」
愛「リミテッド・リップス」
遊「俺たちに限界はない」
愛「チューリップス」
遊「いいけど2人に恋人できたなら」
愛「フォーリップス。あれ、4人組いたっけ?」
遊「生まれる前の4人組は、ビートルズしかしらない」
愛「ザ・リップス・オブ・ザ・リップ」
遊「リップの唇……うちの会社のマークじゃない」
愛「タイトルまで会社の看板背負いたくない。で他にもいろいろなんたらかんたらリップがいっぱい、リップサービス」
遊「タイトルに時間をかけるより、お話始めた方がいい」
愛「で……すんなりリップス・ザ・エージェント」
遊「どこがすんなりじゃ」

 早口言葉もこのメンバーだとOKである。
 石油が海に流出した場面では、遊役の林原さんががんばる。

愛「太平洋の生き物が死に絶えてもいいっていうの……そうなの?」
カトウ(緒方賢一氏)「太平洋の生物は生命保険にはいっていませんから……保険金を払う必要あるませんし」
遊「保険金……? ガラパゴスペンギンがミューレンベルグイシガメがオオベソオウムガイがヤンバルクイナがアマミノクロウサギが保険に入れるわけっ? 保険に入っていないから、入れないからこそ……(感極まる)」
愛「(ぼそりと)……今、助けなければいけない。違う? カトウさん」

 複雑な名前の動物がでてきても、早口でリズミカルにたみかけるようにしゃべりこなしていしまう。
 これに楊貴妃役の島津冴子さんがからむと……

楊貴妃「わたしは大人の美少女、楊貴妃です。おのれら、ふたりのコギャル風。なにもんじゃ」
遊「うふ。コギャルだって」
愛「うふ、ありがと、コギャルと呼ばれてうれしいわん」
楊貴妃「(かわゆく)わたしだってよばれたいわ……この歳になれば。ん? うぬぬぬ、よけいなことを言わせるおのれらは……」
愛「さあ、見せ場」
遊「了解」
愛「めいっぱいPR」
遊「若い時ならLIPクリーム……」
愛「燃える愛ならルージュのくちびる……」
遊「……軽い恋ならチュLIP」
楊貴妃「???? なんのこっちゃ……」
愛「お見せしましょう……ほんとの姿……」
遊「愛と」
愛「遊は」
楊貴妃「身につけていた水着をすばやく脱いだ……おのれら、リップリップの道頓堀、服を脱いだらストLIPってか」
愛「LIVE」
遊「IN PEACE」
愛「あなたにやさしい安心を……」
遊「LIPから来た女のコ……」
2人「リップス・ザ・エージェント」
愛「……私と」
遊「あなた……」
愛「you」
遊「and I」
2人「LIPS!」
愛「私たちはリップスのユニホームに着替えた」
遊「一瞬のうちにね」
楊貴妃「……なんじゃそりゃ……ことさら体を強調しおって……なんのコスプレじゃ」
愛「LIPのCM……これ、1回はやらなきゃいけないことに契約できまってるの」
遊「お仕事お仕事」
楊貴妃「それにしても水着の下のどこにそんなコスチューム、かくしてたんや」
愛「手品よ手品……女の子のからだには隠す所がいっぱいあるの」
遊「……女のあなたならよくご存じでしょう」
楊貴妃「そりゃまあ……年取って来ると、しわやらなんやら隠す所がいっぱいでてくる……」
愛「はあ……」
遊「何のこと」
愛「わたしたちまだしわないから」
遊「そんなこと……しわな〜い」
2人「ねーっ」
楊貴妃「うううううううう……わしゃ傷ついた。とってもきずついたぞ……」
愛「勝手に傷つかないで……」
遊「なんか考えすぎ」
楊貴妃「こころのきずはおととしの25歳の誕生日! 怨念! みんなまとめてパックしちゃる……これがみえんか……これが。石油基地爆破のリモコンじゃ!」
愛「にげましょ!」
遊「にげまーす」
楊貴妃「逃がすか怨念……わたしはスイッチを押した。……みんなみんなまとめてパックじゃ!」

 ブリッコ声から開放されたからか、楊貴妃役の島津冴子さんもどこか、ぶっ飛んでいた。
 そんな録音スタジオの様子を見て、あらためてこの人達の基礎的に持っている演技力の高さに驚いた。
 アニメの場合、絵コンテに書かれた台詞の秒数内で、声優は与えられた台詞を喋らなければならない。
 それにはかなりの技術が必要である。
 だが、その技術の裏で消されていく個性や演技力もある。
 アフレコ台本……つまりは絵コンテで決められた台詞の秒数をこなすことが優先されるアニメのキャラクターの声の現状。
 いろいろアフレコには問題があると思う。

   つづく


●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)

 司令官とパイロットを母と娘の関係にした脚本家は、次にいきなり娘の恋愛に踏み込んでいく。
 娘は、かねて思いをかけていた男に愛の告白をする。
 露天風呂で、である。
 1人で風呂に入っている男の前に娘が現れ、愛の告白……ラブシーンである。
 愛の告白はいい。しかし、なぜそこが露天風呂なのか?
 告白の場所は、男の部屋をノックしてでもいいし、他にもいくらでもあるはずである。
 露天風呂がアニメファンへのサービスのつもりなのかどうかしらないが、普通、女の子が自分の気持を男に打ち明ける時に、露天風呂を選ぶだろうか。
 僕は箱根や湯河原に近い小田原に住んでいたから、露天風呂も混浴も何度も経験している。
 恋人同士の混浴も、自分自身もふくめて、他人様のも見聞きした事があるが、それは、みんな愛の告白以後の行動で、露天混浴風呂で、愛の告白ってのは聞いた事がない。
 今時は違うのかも知れないと、不安になってきたので、中学生から20代前半の10数名の知人の女性に聞いてみた。
 「好きな人に気持を告白するのに、露天風呂を選べますか」
 「ありえない」が全員の答えだ。
 しかも、いきなり露天風呂に来た娘に対し、男は驚く事もなく告白に応じる。
 変である。
 そんな、ありえない展開が続き、ついに土壇場にきて、母親は娘を戦士として育てた事を悔いて自殺未遂をする。
 土壇場で悔いるなら、もっと前に悔いていいはずである。
 何の前触れもなく、「ごめんなさい、私は悪い母親でした」とくる。
 困った僕は、検討を打ち合わせの場に預けることにした。
 プロデューサーは、タイトどころか過酷なスケジュールもあって、穏便な解決をもとめたようである。つまり、直しはできるだけ少なくしよう、だ。
 ともかく、最低限の3ヵ所の直しを要求し、監督とプロデューサーと脚本家の打ち合わせは終わり……数週間が経った。
 脚本は、なぜかほとんど直っていなかった。
 結局、脚本を書き直すのは、僕しかいなくなった。

   つづく
 


■第127回へ続く

(07.11.28)

 
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