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第133回 作った歴史が現実の歴史になる……
「平安魔都からくり綺譚」は、過去の歴史を僕の勝手に改訂する最後の作品にするつもりで書いた脚本だった。
実際のところ、歴史を書き替えるのは、僕の得意分野だったといっていい。
僕は13年続いた『まんがはじめて物語』のメインライターだったが、ほとんどの作品を、歴史的資料なしで書いていた。
言うまでもなく、この作品は事物のはじまりを、子供たちに分かりやすく説明するのがテーマである。
歴史的資料が当然必要に思える。
だが、僕は、そうはしなかった。
事物の必要性だけを、勝手に想像して書いたのである。
例えば飛行機のはじめてを書くには、ライト兄弟の事などは調べない。
空を飛びたいという、人間の願いだけを、原始人の昔から描いていく。
人間にとっての飛行機の必要性を、僕が勝手に空想して書く。
それだけである。
そして、脚本ができ上がってから、ついでのことのように、「西暦XXXX年、ライト兄弟が飛行機を発明したことになっている」と付け加える。
年号と人物名は間違えないようにする。
この部分だけは年表を見る。
ライト兄弟の発明した飛行機ライトフライヤーの絵は、作画の人が調べて書いてくれるだろう。
必要性の空想さえ間違えなければ、これで事物のはじまりの説明はできてしまうのである。
むしろ、資料を調べだすと、テーマがぼけてややこしくなる場合が多い。
飛行機ひとつにしても、よくよく調べると、ライト兄弟の以前にも、色々な人が挑戦し30センチ空を飛んだとか、10メートル空を飛んだとかといった機械がいくらでも出てくる。そのひとつひとつをチェックしていけば、数時間の放送時間は必要になるし簡単に飛行機はライト兄弟とは呼べなくなる。
そして結果はライト兄弟はメジャーに知られている人物という事に過ぎなくなるのだ。
つまり、空を飛びたいという必要性は、誰にでも理解できるが、歴史的事実はあやふやになる。
歴史は読み方によって、姿を変えていくのである。
『まんがはじめて物語』の基本フォーマットは15分である。
歴史的事実をいくつも伝えたとしても、視聴者はすぐに忘れてしまう。
憶えていられるのはせいぜい、ふたつかみっつの事柄である。
その程度の事をあやふやな歴史的事実で埋めるよりも、飛行機に対する必要性や、人間の持つ夢や希望を描いたほうがテーマが明解になるのだ。
どんなものにでもはじまりはある。
そこには、人間にとっての必要性がある。
例えば電灯を発明したのはエジソンだろうか。
それを調べだすと、様々な人の名前が浮かんでくる。
必ずしもエジソンとはいえなくなる。
発明王エジソンと呼ばれているが、独自に発明したものはそう多くはない。
ほとんどが、前にあったものの応用である。
「それを発明したのは私です」と言いだしたのがエジソンだというだけである。
一応、電灯を発明したのはエジソンということにメジャーではなっているだけのことなのだ。
調べれば調べるほど、この世にあるものはたった1人からでは、はじまらなかった事が分かってくる。
ただし、電灯の必要性という見方なら、誰にでも分かるはずである。
夜を明るく過ごしたい……である。
必要性からテーマを見れば、どんなものでもわかりやすく説明はつく。
それは発明品に限らない。
人間が今まで培ってきた全てのものに必要性があるのだ。
結婚などの風俗、習慣、制度、主義や主張、宗教哲学……ありとあらゆるもののはじまりには必要性がある。
そこに別に特定の学者や政治家の名前や年号を明記しなくても、必要性と、それを実現しようとする人間の情熱を説明すれば、テーマは視聴者に届く。
僕は、そんなふうにして『まんがはじめて物語』を書いてきたが、何の苦情も出ず、子供向け番組として文化庁の推薦を何度か受けたし、今もどこかのTVで再放送されている。
歴史的な事実を調べなくても、物事の必要性だけでも脚本は書けるのである。
なまじに歴史を調べると人名年号を誤記したり、別の説があるという反論を呼ぶことになる。
それではやぶ蛇であるし、それを避けるためには、綿密な時代考証が必要になる。
週1本、消化しなければならない……多くの場合、この番組は15分の2本立てだから週2本ということになる……TVアニメの現状で、綿密な時代考証など無理だし、第一、手に入る資料の信憑性という点でも問題が残る。
僕は、事物の必要性と、それをめぐって動くだろう人の心を想像して、この作品を作った。
それはあくまで、僕の想像と創作であり、歴史的資料から調べたわけではない。
やがて、僕の創作したものと、歴史的な事実が、さほどかけ離れたものでない事に気がついた。
つまり、僕の創作した物事への必要性から作りだした架空の歴史が、その事物が人類の歴史上に現れた正確な年代とその時代の登場人物名はわからないものの、だいたいの時代を言い当てられるようになってきたのだ。
例えば、簡単な例で、汽車のはじまりは、まずレールが必要で、蒸気機関が必要で、おそらく、それは産業革命あたりで……と、年表を見ていくと、あったあった、ワットの蒸気機関からステーブンソンの汽車を見つけ出せるようになったのである。
僕の作った架空の歴史が、実際の歴史を言い当てるようになったのだ。
つまり、僕は歴史的資料を参考にせずに、現実の歴史とさほど違わない歴史を書けるようになっていたのである。
おそらく、13年間、資料を当てにせずに『まんがはじめて物語』を書いてきたからそんな脚本家になってしまったのかもしれない。
もっとも、『まんがはじめて物語』を資料を読まずに書いていた脚本家は、僕だけだったようだ。
他の脚本家は、テーマを提示されると、まず図書館に行って調べることから始めていたようである。
結果は、歴史的事実の羅列だけの脚本ができあがり、物事の必要性とそれに関わる人間の情熱などが描かれた面白いものは少なかった。
僕が創作した歴史が……悪い言い方をすれば僕が捏造した歴史が……かなり現実の歴史に通用することが分かって、今度は、現実の歴史に僕が作った歴史を持ち込むことに夢中になりだしたのは、当然の成り行きかもしれない。
僕は年表を見ることが趣味になり、年表の行間に自分の考えた勝手な歴史を書き込むようになった。
世の中、歴史小説や時代小説の数は多い。作家の方々が創作した人物が活躍するものも少なくない。
歴史上の人物に、作家の創作を大きく加える場合も多い。
もっとも、誰も歴史上の人物を実際には知らないから、どう書いても作家の方々の自由なのだが、歴史的事実やご自身の歴史的知識や歴史観を基盤にして書かれている場合が多いようだ。
僕の場合、歴史的事実もろくに知らず、歴史的知識もあるわけではないし、僕個人の確固とした歴史観があるわけでもない。
ただ年表を見て、年表の空白に、こんなことがあってもおかしくはないだろうと空想しながら自己流の歴史を作っているだけである。『巴里のイザベル』というオリジナルのアニメ作品は、世界初の社会主義革命などといわれているパリコミューンの歴史年表に、こんな事、こんな奴が登場してもいいだろうという気持ちで書いた疑似歴史作品で、それに味をしめて、小説などでは、疑似歴史っぽい作品を書く事があった。
なにしろ、オリジナルの疑似歴史アニメなど企画にのぼらなかったから、小説で書くしかなかった。
そして、それにもいささかくたびれた頃、最後にもう一度、歴史年表にいたずら書きをしてやろうと思って書きだしたのが「平安魔都からくり綺譚」だったのである。
つづく
●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)
最近はアニメを作るにも製作委員会などいうものがつき……早い話が制作費を出してくれる会社の団体のようなものである……脚本を大きく絵コンテで変えられる事は少なくなったという。
いちおう脚本は、アニメの設計図であるから、決定稿になった時には製作委員会の方々の了解を取っている。
それが、絵コンテで変えられたとなっては、アニメの制作費を出している方々が、話が違うじゃないかと怒りだす。
だから、監督や演出や絵コンテマンの勝手な意向で脚本が変えられることはないというのだ。
だが例外がないわけではない。起きる時には起こってしまうのだ。
それを避けるには、脚本を変えようという隙を見せない脚本を書くしかない。
隙のない脚本とは、今のところ、脚本家のオリジナリティあふれる脚本の事だとしかいいようがない。
脚本が絵コンテで変えられるということは、脚本の形こそ取っていないが、もうひとつの脚本が絵コンテの形で書かれたということである。
自分の書いた脚本の他に、別の脚本があってはならないというなら、こちらの脚本に、それだけのオリジナリティがあり、監督に文句を言わせず、他の脚本の追従を許さないものでなければならない。
確固たるオリジナリティのある脚本なら、あえてそれをぶち壊してまで、自分流の脚本に変える監督や演出や絵コンテマンは、プロならいないはずである。
では、脚本のオリジナリティとは、どんなものなのだろうか。
その作品が原作つきであろうとなかろうと、その脚本家にしかかけない脚本ということになる。
脚本のオリジナリティとは、脚本家のオリジナリティに他ならない。
それは、他に真似のできない脚本を書く脚本家の個性といってもいい。
その個性を作りだすにはどうしたらいいのか?
それを考えていこうと思う。
つづく
■第134回へ続く
(08.01.23)
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