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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第173回 『ポケモン』のテーマは言わないでください

 このコラムは、脚本……特にアニメの脚本に興味がある人に向けて書いているつもりである。
 今は、『ミュウツーの逆襲』というアニメ映画を話題にしているが、その脚本を書いた脚本家がどういうつもりで、どういうテーマを、観客のみなさんに語ろうかとしていたなどという事は、脚本というものに興味のない普通の観客の皆さんにとっては、別に意識する必要は全くない事である。
 一般の家庭をもった方達は、日々の生活に忙しく、映画館で映画を観る機会は、1年に4、5回もあれば多いほうだろう。
 それ以上の数の映画を観ようとする人は、映画好きのマニアか、異性とのデート目的か、マスコミで騒いでいてなんだか知らないけど評判になっている映画で、みんなが観ているから話題に乗り遅れないように観ておこうとか、TVに出ているお気に入りの俳優が出ているとか、たまたま読んだお気に入りのマンガか小説やTVドラマが映画になったからとか、休日に暇でやる事がないから映画でも観るか……とか、そんな理由がほとんどだろう。
 で、結果、面白い――泣ける、笑える、スカッとする、感動した、いい映画を観たな――となればいいわけで、そんな理由で観た映画がつまらまければ、時間の無駄、お金の無駄づかい、という事になる。
 観客にそう思われる事は、作品の作り手にとって、仮にその作品がヒットしても、とても辛い事だと思う。
 映画を観る理由はいろいろあるにしろ、観ていただいた方にある種の好感をもたせる事ができれば(なんだ? この映画は! と極端に反感をいだく映画もあるだろうが、極端な反感もそれが極端ならば、その映画にその観客は興味を持てたわけで)――なんだか、さっぱり意味のわからない映画だけれど、観て損をした気にはならない映画なら――それは、その観客にとってつまらない映画ではないだろうと思う。
 その映画を見た方達が、それぞれの気持ちで、その作品を観て悪くなかったという何かを感じてくだされば、その映画は作り手にとって成功した作品で、その作品の脚本を書いた人間が、この作品のテーマはああだこうだ――この作品はこういうつもりで書いた――などというのは、観客にとって余計なおせっかいである。
 それぞれの観客が観て感じた事が、その作品のその観客への存在価値だと思う。
 もちろん、その作品を観た人が、他の人とその作品の感想を語りあったり、その作品の批評を聞いたり読んだりするのは、いい事だと思う。
 その作品に対する他の人の意見を知る事は、その作品に対峙(?)した自分自身を知る事にもなるからだ。
 「僕はあの作品をこう感じたけれど、他の人は僕とは違う(または同じでもいい)感じ方をしていたんだなあ」
 そう思う事は、自分がどんな感覚を持った人間か分かる手立てになる。
 こんな小難しい事を言わなくても、デートで一緒に映画を観た相手と、映画の感想を語り合いながらより深く意気投合できれば、それはそれでめでたい事である。
 恋愛映画(古い言い方だなあ……)を観たカップルが、映画をきっかけに、映画を観る前より深い仲になってくれたら、その映画の作り手にとっては、とてもうれしい事だと思う。
 けれど、僕がラブストーリーを書いたとして、「この作品を観たカップルはみんな恋人同士になる事がこの作品の脚本のテーマです」などと脚本の解説をしたら、それこそいらぬお節介である。
 作品は作り手の説明などいらない。
 観た人が観たままを感じてくれればいいのである。
 だから、脚本家が自分の脚本の説明をしている(たまに他の方の作品の感想も書いているが……)このコラムは、映画やTVのアニメを観ている一般の人には、知らなくてもいい余計な事が書いてあると思う。
 脚本家が、どんなつもりで、どんなテーマを脚本に書こうとしたかを自分で語るなど、完成されて独り歩きしている作品を見るうえで、一般の観客の方々には余計な事だし、邪道だし、ある意味、自分の脚本への自己弁護をしているような気まずい感じがする。
 だれがどんなつもりで作ろうと、作っている過程でどんな事が起こっていようとも、できあがってしまった作品を観る人たちにとっては、どうでもいい事である。
 できあがった作品がすべてであり、それ以外の説明は必要ない。その作品を観る人がいて作品があればいい。
 そして、作品の感想は観る人にゆだねればいい。
 映画やTVの場合、それなりの劇場や設備や環境が必要でしょう? と、ツッコまれると困るけれど、そこは勘弁してください。
 昔、知り合いの映画監督が、僕に酒を飲みながら言った事がある。
 「邪魔なんだよ、映画にタイトルやら、スタッフやキャスト名の表示なんかずらずらだすのは……。誰が出ていようと誰が作ろうと、作品があるんだから、それがいい映画かつまらない映画かを決めるのは、監督の名前でもなく、出演者の名前でもない。作品そのものの出来だ」
 余談だが、それをやった映画がないわけではない。
 その映画の日本初公開の時、その大作映画には、タイトル、スタッフ、キャストの名が出てこなかった。
 エンドマークも出なかったと記憶している。
 もっとも、タイトルが出なくても、その映画の監督と題名は誰もが知っていた。
 フランシス・F・コッポラ監督の「地獄の黙示録」である。
 一応、ベトナム戦争を舞台にした映画だ。
 監督の気持ちはわかるが、僕としては、有名な戦闘シーンを含め、何事もやりすぎの映画という感想を持った。
 後にその監督は、懲りずに、カットしたシーンを加えた3時間を軽く超える完全版を発表したが、長すぎるだけで僕は退屈した。
 で、何が言いたいかというと、このコラムには、ごたごたとアニメ脚本に関連した事を書いてきたが、一般の人に向けては書いていないという事だ。
 アニメの脚本に興味のある人に向けて書いてある、いわば読む人を限定したコラムである。ついでに、首藤剛志という名の、ほとんどの人にとってどうでもいい脚本家の事も少し書いてある。
 しかも、この脚本家、どうやら、常識的なアニメの脚本家とは少し違った脚本の作り方をしてきたようだ。
 それに、本人自身が、最近まで気がつかなかった。
 だから、今時の脚本家志望の方の参考になるかどうか、できるだけ役に立つような内容にしたいが、今ひとつ自信がない事も確かだ。
 もともと、脚本家になるのに確かな「HOW TO」はないと思っている。
 仮に「HOW TO」で脚本らしきものを書き、日本脚本家連盟やシナリオ作家協会の会員になったとしても、その方の書く脚本が魅力的なものかどうかは、疑問であると思う。
 僕は、脚本を書きだして30年以上も経っているのに、山ほど出ているいわゆる脚本の「HOW TO」本を読んだ事がなかった。
 もちろん、映画の評論関係の本は、たくさん読んではいた。
 今も「キネマ旬報」と「映画秘宝」(なんという組み合わせ?)という雑誌は毎号買っている。
 若いころ、半年ほどシナリオ研究所というところに通っていた時期(授業は受けずに、そのあとのお茶会……ほとんど酒がらみ……に参加していただけの気がする)、「シナリオ」という雑誌を半ば強制的に買わされたが、掲載されている映画批評や評論は読んだのだが、他の脚本家の方の書いたシナリオ作法やシナリオは読まなかった。
 戯曲は好きだが、脚本という文章形式が読みづらくて面白くなかったからである。
 だから、僕が読んだ脚本は、僕が関わったものだけである。
 ただし、初期からシリーズ構成的な仕事をしていたから、僕に関係のある作品の脚本は、多分、2〜3千本は読んでいる。
 このコラムを書くにあたって、渋谷にある大きな本屋に行って、そこにある「脚本指南書」の類を全部買ってきた。
 ほとんどが名前の知らない著者で、その本の数にびっくりした。
 本が売れているという事は、脚本家になりたい人が、それだけ多いという事なのだろう。
 で、片っ端から読んだ感想は「なるほどね……」ただそれだけである。
 「若いころ、脚本家の卵の頃に、この種の本を読まなくてよかった……」とも思った。
 このコラムは、僕の目線で書かれている。
 だから、書いてある事実に間違いはないと思うが、僕の目線だから、偏ってはいると思う。
 コラムをお読みの業界の方で、このコラムに書かれている事に、僕の勘違いを見つけた方がいれば、訂正するので、是非連絡をしてください。
 特に、今書いている『ポケモン』は、現在も放映中で、毎年新作映画も上映されている。
 脚本メンバーもスタッフもあまり変わっていないようだ。
 コラムに書いた事は、あくまで僕の目線である。
 違う目線の方も大勢いらっしゃると思う。
 コラムをお読みの方も、そこを了解していただきたい。
 さて、『ポケモン』の『ミュウツーの逆襲』の話の続きだが、脚本を書いたのは10年以上昔である。
 TVで何回も放送されているだろうし、ビデオもDVDも出ている。
 この作品を観たい人は、ほとんどの人が観てしまっているだろう。
 ……と、思っていたら、公開当時幼すぎて、仮に観ていても内容を覚えていない人もいる。
 現に、僕の娘は中学生だが、僕自身、娘に映画を見せた記憶がないし、本人も記憶にない。
 しかし、『ポケモン』を知らないわけではない。
 アニメファンではないし、映画を見るとしたら「花より男子F」を友達と行く年齢だから……ちなみに、娘がどんな映画を見ているのかと、1人で映画を見に行ったが、おじさんが観るには困った映画だった。映画の出来はともかく、観客層がね……。娘から「パパが見る映画じゃないわよ……おじさん1人で、変態と思われたかも……」と笑われた。
 ともかく娘はもう『ポケモン』を見る年齢ではないようだが、TVで放映しているし、毎年、恒例行事のように新作映画が公開されている。
 僕が『ポケモン』に関わっていた事も知っている。
 なにかの拍子に観る事があるかもしれない。
 あるいは、子供の頃、『ミュウツーの逆襲』を見て、その人が親になって、子供と一緒に『ミュウツーの逆襲』を観る機会があるかもしれない。
 そんな方は、このコラムに書いたこの作品のテーマらしきものは、忘れてほしい。
 あくまで、このコラムは、アニメの脚本に興味を持っている方に向けて書かれている。
 あまり脚本のテーマなど意識しないで見てほしいのだ。
 そして、大人の目で見て何かを感じてくれたら、僕としてはとてもうれしい。
 以前、このコラムに書いたが、この映画は、外国で公開される事が前提とされていた。
 だから、世界中の人たちになんとなく分かりそうなテーマは何か? を考えた。
 それが、「自分とはなんなのか?」の自問自答だった。
 だが、もうひとつ、この映画を作るのに意識したのは、大人が観て面白いか? だった。
 『ポケモン』は子供向けの映画である。
 ゲームにしろTVアニメにしろ、『ポケモン』は子供に人気がある。
 子供は観たがるだろう。
 しかし、子供を連れていくのは親である大人である。
 年にめったに観ない映画を、子供を連れて観に行かなければならない。
 大人は大人料金である。
 家族サービスで、子供向けアニメを観なければならない親は、内心うんざりだろう。
 そんな大人達にも楽しめるアニメでなければ、ファミリー映画とは言えないだろう。
 「子供向けだと思っていたけれど、結構、大人にも面白かったよ……」
 と言われるアニメにしたかった。
 大人にも、いや大人にしか分からない……というより、普通は大人も意識していない事も、少しだけ放り込もうとした。
 クローン……コピーのポケモンなどという設定は、いくら現代的な話題だといっても、SFが特に好きでもない普通の大人には、あまり関心のある問題とは思えない。
 ともかく、大人が無意識にしろ、心のどこかに引っかかるものをぶちこもうと思った。
 自己存在の問題については、誰もが一度は考える事だと思うが、それは自分自身の問題として、それぞれが自分で答えを見つけ出すべき問題である。
 本物より、コピーの自分の方が強い。
 ミュウツーは、それを自己存在の証にしようとした。
 自己存在の主張は、自分でミュウを見つけ出し、ミュウツー個人の問題として答えをだせばいいのだ。
 しかし、彼の中で、その自己主張は、コピーが本物よりもすぐれている事を証明する事にすり変わってしまった。
 もちろん、それを本人が意識したわけではない。
 そして、多くのコピーポケモンを生み出してしまった。
 ミュウのコピーであるミュウツーは、別のポケモンのコピーを作ってしまったために、自己存在の主張のつもりが、別の問題を生み出してしまったのだ。
 本物とコピー……姿かたちは似ている。
 しかし、違う存在。
 この両者に生まれる関係……それは何か?
 このテーマは、誰にも言わなかった。
 それを言ったら、誰からも止めとけと言われるに違いないからだ。
 ほとんどの人が気がつかなかっただろうし、露骨に気がついてもらっても困るし、それとなく忍ばせておくテーマだった。
 監督にも言わなかった。
 監督に迷惑がかかるからだ。
 分かる人は気がつくだろうが、実際は分かる人がほとんどいなかったらしいのは、僕の力量不足である。
 分かった人がいても、口には出さなかったのかもしれない。
 それに、クライマックスには、もうひとつ別の意外で大きなテーマが用意されていた。
 そちらのほうは分かった方が多かった。
 それが、「こんな事が元はゲームであるTVアニメの映画版『ポケモン』でやれるの?」と、いう、『ポケモン』と関わりない某アニメプロデューサーの発言になった。
 だが、もう一つの隠れたテーマは、分かってもらえたのだろうか?
 姿かたちは似ていても、違う。
 そこに生まれる関係は……差別問題である。
 そして、それは世界のどこででも通用するテーマの一つだと、少なくとも僕は思っていた。

   つづく


●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)

 申し訳ありません。
 実写監督とアニメ脚本の関係を書くつもりでしたが、体調不良で、ご本人とお会いする事ができず、準備が整いませんでした。
 次回は、必ず書きますので、今回は、お休みさせてください。
 かさねがさね申し訳ありません。

   つづく
 


■第174回へ続く

(09.01.28)

 
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