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第88回 「海モモ」の脚本家探しは終わったけれど……
面出さんが書いてきた脚本は、「海モモ」の19話になった「魔女の魔法はそろばんずく」というものだった。
奇抜なアイデアや、奇想天外な展開やハチャメチャさはないが、丁寧にまとまっており、それなりの世界を持っていた。
生真面目そうな性格を、そのまま表したような脚本である。
魔法が信じられなくなった現代に、孤独な魔女の少女が登場し、仲間の魔女を探しているという設定だった。
夢がなかなか信じられなくなっている現代にやってきた海モモと、共通する設定の少女を持ち込んできたのだ。
面出さんの書いた魔女の少女ブレンダは、魔女のいなくなった現代に、かなりいらついている。
一方、この時点のミンキーモモは、狭い海の底のマリンナーサから、広い地上の世界に遊びにきた程度の気持ちで、相当お気楽である。
まだ、地上の世界に対して興味津々の状態である。
10年前の空モモも、かなり気楽な少女だったが、それでも、夢の国フェナリナーサを地上に戻すという目的はあった。
だから、この地上の人間の中にも、少なくはなっているが夢を持っている人がいるという前提で、行動している。
だから、夢の国の少女でなく、人間になって「人間としてのモモの夢をかなえる」という発想が出てくる。
だが、海モモのやってきた1990年代の現代は、10年前とは違う。
さらに、人間の夢が希薄になっているという設定にした。
そこに、人間達に夢を取り戻させようなどという目的を持った海モモを登場させると、夢の少ない現実とぶつかり、作品全体のトーンが暗くなる。
少なくとも、海モモの前半は、そうはしたくなかった。
それを避けるために、海モモには空モモのような目的……つまり、地上の人間の夢をかなえてあげるという設定……は、いっさいなくしたのである。
さしたる目的意識のない気楽なモモが、自由に遊ぶうちに、現実の人間社会の夢の喪失にぶち当たってしまう。
それにとまどいながらも、性格的にお気楽な海モモが、夢の国の少女としての自分は何かを、次第に考えるようになる。
そういう展開にしようとは、当初から考えていた。
それには、当初スタッフから異論も出ていた。
事実、海モモの第2話の「公園のともだち」からしてすでに、公園にいた妖精達が消えて行く話である。
その他にも、『ミンキーモモ』の世界ではサンタクロースは存在するのが前提になっているが、、「海モモ」の「サンタが空からふってきた」では、サンタクロースがレーダにとらえられ、攻撃ミサイルと勘違いされる。
夢がないといえば、夢のないエピソードである。
視聴者である1990年代の子どもたちに夢がなくなっていく世界をアニメで見せるのはつらいという意見が出るのは、当然ともいえる。
だが、そんな現実を生き抜くつらさよりも、乗り越えて行く気楽さを、子どもたちに持ってもらいたいと思ったのだ。
そして、もし1990年代に夢を持てるなら、それは何か探してみたいという気持もあった。
それが、脚本家の方達に、ミンキーモモとレギュラーさえ出てくれば、書きたいものを書いてください……という僕の言い方になった。
そんな事を続けているうちに、仲間の魔女がみつからなくていらついているブレンダという女の子をゲストにした脚本を書いた、面出さんが出てきた。
それまで気楽な海モモには、ブレンダは、現実の世界にぶちあたる初期の存在として、かなり適している気がした。
あまり、ギャグっ気もなく、ファンタジーの味もあまりない、真面目でまともな作風が、『ミンキーモモ』の脚本群のアクセントになりそうな気がした。
ブレンダのエピソードは、その後、「海モモ」に数本登場する事になった。
問題は、奇抜なエピソードやドタバタがこなせるかどうかだが、それはあまり期待しなかった。
それでも、ロボットもののやられメカを主役にした「発進!ミンキーロボ」や、魔法を衛星放送する「魔女っ子スターウォーズ!?」等、こちらがエピソードを出すと、結構上手くまとめてくれた。
基本的には、器用な脚本家なのかもしれない。
面出さんは、それ以降、『ミンキーモモ』のレギュラーになり、レギュラーの座を確保という意味もこめて、ギャラは何にもでないにしろシリーズ構成補という名で、シリーズ後半はスタッフタイトルに名前を出してもらう事にした。
ちょうど、同じ頃、僕がミンキーモモの脚本で出会った30数人目に、『まんがはじめて物語』を書いていた北条千夏さんという人がいた。
目茶苦茶な脚本を書く人で、普通とちょっと変わったタイプだと知人から紹介され、試しに脚本を書いてもらったら、ミンキーモモの台詞が全部、同じ魔法少女ものアニメの『ペルシャ』の独特な口調になっていた。
それまでアニメをほとんど見ていなくて、『ミンキーモモ』の話がきてから慌てて「魔女っ子アニメ」を見て、『ペルシャ』を『ミンキーモモ』と勘違いしたらしい。
ともかく、人を食っているというか、普通の脚本家から見れば、まるで浮いている存在だった。
頭の線が、どこか違ったところについているような、吹っ飛んだ脚本を書く人だった。
そこで、『アイドル天使ようこそようこ』で、使わなかったエピソードを、『ミンキーモモ』に変えた脚本を書いてもらった。『アイドル天使ようこそようこ』は、魔法を使わない魔女っ子ものといわれるぐらいだし、当時の渋谷を舞台にしたアニメだったから、1990年代の現代性という意味でも、『ミンキーモモ』でやってもおかしくないエピソードがいくつもあった。
その中のひとつ、工事現場で発掘された埴輪が動き出すエピソードを、北条さんに脚本化してもらったのだ。
結果、「GO!GO!チアガール」という極めて変な乗りの『ミンキーモモ』ができあがった。
妙にスタッフの評判がよく、その後『ミンキーモモ』のレギュラーになった。
面出さんとは正反対のタイプで、ギャグやドタバタをやりだすと乗り乗りになるタイプだ。
だが、ちょっと目を離すと、何を書いてくるか分からない、危ない脚本家でもあった。
ドラキュラや狼男が現れて、ドタバタを繰り返す「もんもんモンスター」というエピソードでは、あまりにも登場人物が変なので誰も気がつかなかったが、でき上がってみたら、ミンキーモモが一度も魔法を使っていなかった。
スタッフが、作品ができ上がるまでそれに気がつかなかったという不思議な本を書いたのも、この人である。
北条さんで、脚本家探しは終わりになった。
面出さんと北条さんは、自分の書いていない脚本のアフレコやその後の食事を兼ねた飲み会にも、極力出席してもらう事にした。
声優さん達と親しくなる事で、脚本のキャラクターと声優さんの人柄ができるだけリンクしてほしかったからだ。
その他では、『アイドル天使ようこそようこ』の脚本を書いた事のある滝花幸代さんは、脚本家としてかなり有望な気がしたが、本職の舞台俳優を選んで、いつの間にかいなくなった。
「海モモ」のはじめから書いていた菊池有起さんも、アニメより実写の方が気になりだしたのか、終盤は書かなくなった。
10年前の「空モモ」を書いた人達の脚本もでき上がってきたし、数ヶ月がかりの本もできて、脚本の本数は間に合った。
しかし、ここまで脚本家を探した僕としては、まだ、何か足りない気がしていた。
『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の「海モモ」は1990年代の夢についての話である。
集まった脚本だけで、よかったのだろうか……。
まだ他に1990年代らしい夢の話はあるかもしれない。
それが、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』のプロット(あらすじ)の一般からの募集になった。
つづく
●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)
以前、脚本に出てくるキャラクターが、台詞で自分の気持や行動をぺらぺら説明しだしたら、その脚本はあまり出来がよくないという事を書いた。
人は、面と向かって相手に本心を言わない。
昔の誰かが言っていたが、「嫌い嫌いは好きって事よ」は、いまでも正しい時もあると思う。
台詞は、その人の本心よりも嘘を言うのが普通だ……という意見も正しいと思う。
上手い台詞とは、嘘だらけの事を言っていながら、その人の本心を表現できているものだ、とも思う。
台詞の99パーセントが嘘を言い、残る1パーセントの台詞が本当の気持だというような脚本が理想だと思う。
僕自身、そんな脚本を書けるとも思えないが、書く事ができれば最高である。
だが、時代が変わった事も確かだ。
人とのつきあいが、携帯電話とメールにとって代わられようとしている。
携帯で嘘をつき、メールで嘘を書いていたら、コミュニケーションがとれなくなる。
顔を合わせないコミュニケーションは、表現が直截でないと困る。
それが、実際に会っている人間同士の会話の質をもどんどん変えている。
「嫌い」といえばあくまで「嫌い」の意味で、絶対「好き」という意味は持たない。
それを昔のように「嫌い嫌いは好きって事よ」などと思って、その気になって追いかけると、ストーカーである。
脚本の台詞も時代に合わせて、直截な表現が増えている。
直截な表現が多いという事は、語彙が少なくなるという事をも意味している。
「好き」という言葉で、「愛している」も「かわいい」も代用できるようになる。
そのうち、ラブシーンが、「好き」と「嫌い」のふたつの台詞だけですむようになるかもしれない。
こうなると、上手い台詞を書く脚本家など需要がなくなるだろう。
味気ない事この上ない。
今のところは、上手い台詞と下手な台詞の線引きが難しいといったところかもしれない。
僕の場合、昔と比べどんどん直截な台詞……つまり説明台詞……が増えているのに気がついていて、かなりこれはつらい。
つづく
■第89回へ続く
(07.02.21)
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