色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第118回 もう3月なのに……新春番外編『STRONG WORLD ONE PIECE FILM』おぼえがき(後編その4)「SW」本編全シーン色彩設計おぼえがき! その3

なんかもうすっかり春。東京は桜の開花宣言も出たようで、自宅近所の桜並木のつぼみも、もうはち切れんばかりに膨らみきっております。もうすぐ今年も見事な桜のトンネルが見られますね。
桜と言えばお花見ですよ!
自宅近所には新井薬師公園ってのがあって、ここお花見の時期は曜日と時間を問わずものすごい盛況になるんですよ。で、どんなにスゴイかっていうと、公園とその周囲の道路がビール臭しかしないくらい(笑)。うっかり無防備に公園横切ろうものなら、それだけで酔えます(笑)。
ところで先日も『四畳半神話大系』スタッフに「『四畳半』って言葉と『お花見』って言葉、非常に親和性が高いと思いませんか?」と僕。すると監督「お花見、いいですね。やらなきゃダメですね。是非やりましょう」。
しかしながら『四畳半〜』も4月の放送開始に向けてなかなかの忙しさ。さあ果たして出来るんでしょうか?お花見。さあ、お花見のために、がんばれ、僕ら!(笑)

さてさて。
長々と書いて来ちゃいました「『SW』本編全シーン色彩設計おぼえがき!」最終回です。

■シーン68 王宮内研究所栽培施設

ナミを抱いて「薬」探して研究施設に脚を踏み入れるウソップとチョッパー。天窓光源のグラスハウスは「IQ」の栽培施設。月明かりに染まったちょっと幻想的な画面です。
実はこれまたよく分かってなくって失敗リテイク話(笑)。
「討ち入り」の時にみんな正装になって、その時チョッパーも正装で靴履かせてたんだけど、チョッパーが巨大化(って言っていいんだよね?)しちゃうと、靴履いてないんですね? っていうか、履けないんですよ、蹄で(笑)。
色指定段階で僕が実はよく分かってなかったため、靴履いてる色指定で塗ってもらっちゃたんだけど、ラッシュチェック時にみんなから突っ込みが。「えっ? そうなの?(汗)」と僕。このシーン、画面が暗いことは暗いんだけど、足元に月明かりが当たってるカットでは見事に間違いがバレちゃって……。で、リテイク塗り直し(苦笑)。次のシーンも合わせると、リテイクになっちゃったその数は結構あったのでありました。ああ、ごめんなさい。
……でも、作画で間違ってたカットもあったので引き分けです(あ。

■シーン69 王宮研究所内薬品工場

まずはシーン前半の研究室内。背景美術はかなり暗めな茶色黒系、そこにぼんやりと機器の明かり、みたいな空間です。キャラたちも背景に合わせて暗めに作ってはあるんですが、「どこかしら機器とかの明かりに浮かび上がってるような」感じを狙って、ノーマル部分にほのかに緑色のテイストを入れてあります。
ここで作られてるダフトの薬品が黄緑系、っていうことで。ちなみに治療薬の方はピンク色。治療薬を作るモトになってる「IQ」もピンク色にしてあります。
僕の持ってる色のイメージなんですが、黄緑ってわりと毒っぽいイメージがあるんですよね。で、ピンクは病気が治る、みたいなイメージがあります。何でなのかは分からないんだけど、ひょっとしたら幼児の頃に風邪ひいて呑まされた、小児科で処方されたシロップ薬のイメージなのでしょうか?
後半、ゾロが登場してのインディゴとの対決シーン。ここは思いっきり、色対決にしてみました。インディゴに自分のワザの黄緑の照り返し。最初優勢だったのがインディゴなので、橋の上での対決の前半、攻撃を受けるサンジもインディゴのワザの黄緑の照り返しにして「押されてる」感を作ってます。で、緑の炎と煙に包まれたあと形勢逆転。今度はゾロのワザの赤系照り返しに。「ハイコン照り返しは、攻めてる方の色、優勢の方の色で」というのが僕的法則だったりします。「相手の色に染まる」ってのは、何となく「負けてる」感、ありますよね?
ちなみにこのシーン冒頭の3カット、机の上の薬品とかいろいろ。特殊効果班が頑張ってくれちゃって、なんとも「ナウシカ」の秘密の地下室みたいになっちゃいました(苦笑)。

■シーン70 王宮屋外 屋根の上

次いで、サンジVSスカーレット隊長。ここは割と肉弾戦。あまり派手な色使いは避けて、普通に夜色ベースでカットによっては多少ハイコンに。サンジの脚ワザの煙に色つけようかどうしようか、と一瞬考えましたが、脚本体がいい感じに透過光で光りそうだったので、それが見えやすくなるように、煙自体は白っぽくしてあります。

■シーン71 王宮屋外

チョッパーの背中でナミの意識が戻るシーン。このあたりから、ナミの顔の「アザ」が薄くなり始めてます。天候の変化に気づいて見回すナミの瞳、特殊効果がいい感じの透明感作ってくれてます。

■シーン72〜75 メルヴィルいたるところ

シキVSルフィ+ビリーの空中戦。このあたり、最初のプランでは、場所ごとに色味変えていこうかと考えてたんですが、作画とカットの積み上げのスピード感がいい感じだったので、あえて基本の夜色で押しちゃいました。
ただ、ルフィがギア2のままだったので、もうちょっと上手くビリーに照り返しとか作ってあげられたらよかったなあ、と。その辺については、実はこのあたりの一連のカットが、最後まで原画が上がらなかった、という事情もあったりします。
シキが海を切ってルフィたちをおぼれさせるシーン。ここの海の水は作画で作ったモノにCGを乗せてます。セルの水の色見、実はあまり自信なかったんですが、CG班がうまくまとめてくれました。

■シーン76、78 王宮屋外

嵐が近づいてきて雪の降り方も激しくなり始めたこのあたりから、キャラクターの色を「嵐色」にしています。それまでの「夜色」よりも彩度をさげて少し重めにしてあります。

■シーン77 王宮内武器庫とか

爆弾設置にいそしむチョッパーたちです。ここは先の研究室での色味を使いました。

■シーン79 どこかの小島

意識を取り戻して立ち上がるルフィ。ここも「嵐色」。最初ルフィは血を流していなかったんですが、尾田さんから「血、足しませんか?」という提案があって、額の血の作画を足すことに。

■シーン80 王宮上空

シキVSルフィ。決戦です。吹雪の中、とにかくアクション。そしてギア3。
今回のこの『SW』、作監の佐藤氏をはじめ、錚々たるたる作画陣でありましたが、その中にあってやっぱひときわすごかったのがこのシーンの原画でありました。いやあ、色指定してて鳥肌が立ちました!
このシーンのうち、ルフィとシキの闘いの部分の原画は馬越氏が担当してます。この『SW』全体の画風としては、細めのシャープな線の作画でまとめられていましたが、満を持してこのシーン、馬越氏の線の太い、まさに骨太な作画が炸裂です。この力強さ! クライマックス、盛り上がってきた闘いの熱さがその骨太の線の強さでさらに熱くなっていきました。
予告編でも使われていましたこのシーン、割と早い段階で作画は終わっていたのです。なので、色味も含めて、大事に作り上げることができました。
闘いの途中から、全体に稲光系の青白系ハイコントラストの色指定にしてるのですが、巨大化したルフィの脚が、どうにもこれ、大根にしか見えず(笑)、予告編のあと、何回か色味や処理を変更して撮り直しましたが、やっぱり最初にそう感じちゃった印象はぬぐえず(苦笑)。でも、画面全体、かっとの積み上げで作られた「勢い」は充分にあったので「OK!」ってことに。
ルフィの大根かかと落としが炸裂したあと、闘いの稲光ハイコンを振り切るように徐々に明けてゆく薄明の中をサニー号が飛びます。お約束ですが、無事だったルフィは太陽を浴びた色で登場です。サニー号の甲板上のみんなも、不安な感じのモノトーン調からルフィが無事だとわかって安堵した明るさへ、この間に2段階で色を変えてます。

■シーン81 海軍軍艦

捕らえられた海賊船長たちと海軍さんのカットです。ここはあえて紫に振ってます。あとで見返すと、もうちょっと抑え気味でもよかったかなあ、と。でも、なんとなく不安定な感じもいいのかな、とも。空から島が降ってくるワケだし。

■シーン84〜86 サニー号エピローグ

爽やかな感じが出ればいいなあ、というエピローグです。基本「ノーマル」な色指定。船室の中だけBGに合わせて、気持ち明るさを抑えてます。大きな事件が終わって、これでまた日常に戻っていくんだよな、的フンイキが出ればいいなあ、と。なのでナンにもしないで、まんまな感じに仕上げてます。
チョッパー、薬箱を手で持ってるんですが「ねえ、これどうやって持ってるの?」と僕。「ドラえもんと同じですよ、きっと」と小日置さん(笑)。
このシーン、全員コスチューム着替えてます。ルフィをはじめ、何人かはTVシリーズのメイン設定の服を着てますが、劇場用にバランス調整してます。ナミのワイシャツ姿は監督の強い意向だったんではありますが、これは男の子スタッフ全員の希望だったり。色トレス仕上げにしたのは僕の意向であります(笑)。僕としては、ナミよりもロビンがツボ! シースルーのブラウスなんですな、これが。色作りながらドキドキしてました(笑)。でも、そんなに画面に映ってなくて残念。

■エンディング

これもムチャクチャ時間のない中で作り上げました。いくつかのカットがかなり残念な動画で上がってきてしまい、でも当然泣けるワケもなく再動画。頑張ってギリギリ作り直しました。
オープニングのようなイラストっぽい画から始まって、最後はいつものルフィたちへ。途中、イーストブルーの情景とは別に、劇中には出てきてないキャラたちが何人か出てますが、これはたぶんTVで展開しているお話への橋渡しなのかな? とか思ったり。

……こうして『STRONG WORLD ONE PIECE FILM』は完成しました。
11月某日、東京調布の東映ラボテックで0号試写(←お台場での完成披露試写会のあと随分差し替えとかリテイク作業があったのはここだけのお話)。観終わって打ち合わせ室でラボの技術の方と「焼き」の調整の打ち合わせ。シーン43の色味が少し茶色っぽく感じられたので、ヌケのよいシャープな青系に調整をお願いして、これにて僕の『SW』の仕事はすべて終了。
観終わった時、何気なく小日置さんに訊いてみました。「どうよ?」すると小日置さん「全編やっぱり辻田さん画面な感じでしたね」と。まあ、今までの映画やTVとは随分違っちゃってる『ONE PIECE』なんだろうなあ、とそう思いましたが、まあ、それはそれ。境監督以下、僕らが作り上げた『STRONG WORLD』はこんなである、ということなんだと思います。
スケジュールとかスケジュールとかスケジュールとか(苦笑)、とにかくいろいろ大変ではありましたが、僕なりに可能な限りの仕事はできたな、いい仕事残せたな、とそう思います。
公開後の大ヒットについては「あんなにヒットしなくても(汗)」ってくらい驚きました。やっぱすごいんですな、「ONE PIECE」人気って。あらためて思い知らされた次第です。
大ヒットの促進剤「0巻」効果も重々承知してますが、それでもホントにたくさんの方々に見ていただけたのは、制作スタッフにとって何より嬉しいことでした。そして3回、4回と何度も劇場に観にいってくださったリピーターの方々も多いと聞いて、さらにさらに感謝です。
打ち上げの席、境監督が言ってました。「またいつか、このスタッフで劇場作品やりたいです!」僕らスタッフみんなもそう思ってます。

第119回へつづく

(10.03.23)