第135回 昔々……79 1994年その13 なんと宗教団体のOVA『魔滅の舟師』
夏の終わりに香港に行ってきました。割と香港へは遊びに行くのですが、この真夏の、いかにも暑そうな季節は初めて。結構覚悟していったんですが、あれ? なんか全然平気。っていうか、涼しい?
どうやら今年の日本、とりわけ東京の猛暑、酷暑で、実は密かに僕ら、暑さに耐性ができちゃったんじゃないか?(苦笑)。
あ、でも、気温調べたら、あ〜、やっぱり香港の方が若干涼しい(苦笑)。少なくとも朝晩は、ちゃんと気温下がってるものね。もう、南国の香港以上に暑い日本っていったい……。
さてさて。
いろんな憂鬱と闘った劇場版『セーラームーンS』。そんな1994年の秋〜冬は、もう1本、別の作品にも並行して参加していたのでありました。『魔滅の舟師(せんし)』というOVAでありました。
スタッフは、監督:葛西治、設定:角田紘一、キャラクターデザイン・作画監督:梨澤孝司、美術監督:内川文広・徳重賢。で、色彩設計が僕(クレジットでは「色指定」となってましたが)。
実はこれ、広島県のとある宗教団体からの受注作品でありました。いわゆる「宗教アニメ」のひとつ、なのかな? 初めてこの仕事の話を上司から言い渡されたとき、「えっ?」とか思いました。「いったいどんなの作るんだろうか」って。
でもね、ちょっとおもしろそうだな、って思ったんですね。聞けば、いわゆるその宗教団体の教義をおさめたモノではなく、「人類の歴史は宗教の歴史である」ということ、そしてその「分かりやすい、世界の宗教史のダイジェスト」で「最後には宗教が人類の未来を救う!」ということを、その会の信者さんたちに分かりやすく教えるため、とのこと。基本的にはその団体内で配るためだけのビデオ作品っていうことでありました。僕的にはこの「分かりやすい世界の宗教史のダイジェスト」ってあたりがおもしろそうだったのです。で、参加させてもらうことに。
とにかく、一切市販されてないアニメの話なので説明、描写が難しいんですけども……悠久の大宇宙の彼方に神様の大元締めがいらっしゃる那国常所とかいうところがあって、そこでちょっとイタズラしちゃった神様の見習いの少年が、その罰として「刑の国」と呼ばれる星(地球)に落とされます。で、その見習い少年が、神様によって蛇にされた小悪魔2人といっしょに、地球における人類と宗教の歴史をずっと追っていく、というお話。
僕の作業はいつもと同じ。まずはメインのキャラの色決めです。「みならい少年」と人語を解するその「みならい少年」のペット、小悪魔2体の蛇の姿バージョンと元々の姿バージョン、この辺がメインのキャラクター。それ以外はなんと、キャラ設定はちょろちょろあるくらいで、ほぼすべて原画合わせ! という状態。
実際、お話の進行上、どんどん場面が移り変わっていくわけで、モーゼもキリストも仏陀も日蓮も、せいぜい10カットずつかそこらしか登場しません。一応本編カットから、これら名のある宗教家たちは色味作ってチェックしてもらって、あとはほぼ資料合わせで作業を進めていきました。資料といっても写真があるわけじゃなく、その頃の絵画や宗教画、あるいは想像図みたいなヤツをもとに作画も彩色も進めていくわけです。
たとえばモーゼなんかは、後世に描かれた絵画のフンイキよさげなヤツ合わせで作業。対するエジプト兵たちは、別の資料集から時代を合わせて該当するものを選んで使用、といった感じ。そうそう、可能な限り、時代考証っていうか、時代ごとの人々の服装なんかは、とにかく資料集めて調べて合わせていきました。
でも、これが結構楽しかったんですよ。作画も割としっかり資料通りに描いてくれるので、それにまた資料合わせで色を入れていくとさすがにシックリくるんですよね! こういうのって、やってて結構気持ちがよいのです。加えて僕自身、実は歴史好きだったりしてたので、そういう古い時代のものを画面にすることに楽しみをもって作業できました。
それにちゃんとドラマ作ってますから、夜のシーンや焚き火のシーン、早朝のフンイキのシーンなど、結構、特殊彩色もいっぱいです。実は並行してやってた劇場版『セーラームーンS』はできるだけ「ノーマル」な色のシーンを多く設計してたので、その反動もあり、もうかなりやりたい放題、シーンごと、カットごとに色を変えて楽しんでました(笑)。
お話の方は、ノストラダムスが人類の未来の惨劇を予言するあたりから大きく動きます。「三車火宅」の譬えからさらに進めた「社会主義」「自由繁栄主義」「科学技術信奉主義」みたいな譬えになり、そして滅びの現実を目の前にした人類に、宗教が救いの手をさしのべる、みたいな(苦笑)。
このクライマックスの「羊と鹿と牛の曳く三車」のシーンはさながら劇場版「ウテナ」のクライマックスのようであり、最後に空から降りてくる救いの舟は、さながら松本零士っぽいSFチックであり、そのダイナミックさは結構ツボにはまります(笑)。
そんな『魔滅の舟師』でありました(笑)。
僕は幸い、完成品の見本品VHSをもらってたんですね。いわゆる「白箱」じゃなくって、ちゃんとしたパッケージ品。実際何本くらいが製品化されたんでしょうね? もうかれこれ15〜16年前の、しかも極めてちっちゃい規模で世に出た作品なので、もうこの映像持ってるヒトっていないんじゃないか? くらいな印象です。
実はアニメって、TVや劇場用ばっかりじゃなくって、実はこういう作品って結構多く作られてるのです。こういう各種団体からの発注を受けたものや、学校教育関係の、たとえば全国の図書館に置きます、みたいなヤツとか。
なので、「アニメの殿堂」なんて「箱物」は勘弁ですが、こういう、あんまり一般の人の前に出ないようなアニメのアーカイブス作ったら、それはそれでなかなか意義のあることなんじゃないのかな? と、そう思います。
第136回へつづく
(10.09.08)