色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第155回 昔々……93 1995年その13 バイトで覚えたMacintoshな7月〜8月

節分、そして立春と、暦の上ではもう春になりました。ここ数日東京はこころなしか空気が春めいて、寒さも一時の厳しさはなくなりました。梅も咲いたしね。ああ、冬が終わってしまうなあ。
なんかね、寂しいのです、季節が変わっていくことが。夏には夏の楽しみがあり、冬には冬の味わいがある。この冬、僕はちゃんと冬を満喫できたかなあ? とか、そんなふうに思ってしまいます。毎季節、その終わりかけに、僕はいつも自問しているのでありました。
若い頃にはそんなふうには思ったりしなかったんだけど、さすがにもう50の大台が見え始めてきて、段々と残り時間を気にするようになってます。まだ早いって? いやいや、ホントに身体が元気でムリできるのも、もうあと何年? とか真剣に思います。そして、冬を楽しんで迎えられるのもあと何回? 気がつくと人生って短いものです。
毎年繰り返す季節の移り変わりに乗せて、僕らの思い出や記憶が成り立ってたりします。この冬、僕にはいい思い出ができただろうか? ちゃんと仕事を残せてるかな? そしてやってくる春にはまた、その終わりに同じように思い巡らすことでしょう。
ともあれ、もうすぐホントに春。ああ、でも、それまでに一度くらいはちゃんと、雪が降り積もってくれないかなあ、とか思う東京人であります(笑)。

さてさて。
とりあえず買ってしまったPowerMacintosh8100AV。弄り倒してなんとか使えるようにならなくちゃ。とにもかくにも、デジタルやらパソコンやらの知識はほとんどないのに買っちゃったわけです。とにかく機材はあるんだけど、部分的にしか使い方がわからない、そんな状況です。
例えば線画をスキャナーで取り込んで、それに着彩しようとしたとします。スキャナーで画像を取り込んで、それを二値化して、で、Photoshopで線の途切れを繋いで補正しつつチマチマ塗っていく……。手順的にはなんとなくは分かっていて、というのもそのあたりは東映動画でも講習会ちっくなことをやってもらったりしてたので、見よう見まねでなんとか分かるんだけど、ところがその時に画像を取り込んで作業するその基本になる画像解像度やら画像サイズやらの目安がわからない。当然、その画像の用途によって必要なサイズって変わってくるワケで、いったいどのくらいの解像度で作業すればよいのか? ということからして分からないのです。さらにはどんなタイプの画像にすればよいのか? とか。.pctやら.tgaやら.psdやら.jpgやら……。そもそもこれら、一体どう違うのか? とりわけ.pctと.tgaなんて、見た目かわんないじゃない? とか。
そんな基礎的な知識からして体験的に、あるいは本で調べて理解することから始めなくちゃならなかったのです。幸い、大学生の頃にちょっとだけ勉強したビデオ信号とか映像の基礎の基礎の知識はあったので、それは多少の助けにはなりましたが、でもまあ、ほぼ初めてのことばかり。

ちょうどそんな時に1本の電話がかかってきました。
「ねえねえ辻田くん、Mac買ったんだって? さっそくだけどバイトしない?(笑)」
それは以前からいろいろとお世話になってた大久保さんという方からの電話でありました。彼は以前東映動画でプロデューサーをされていた先輩で、独立されて小さなプロダクションを主宰していて、実は僕、ちょこちょことバイトをさせていただいていたのです。これまでにどんなバイトをさせていただいてたかというと、ゲームの解説本や雑誌の表紙イラストのセル画の色指定・彩色などの静止画の仕事から、テレビCM用などのアニメーション映像の仕事も。NHKの『みんなのうた』の映像も何本か参加させていただきました。いずれもセルのアニメーションです。
ちなみにこの『みんなのうた』で僕が参加したものの1本に「ジャガイモジャガー」という名作(←と思ってる(笑))がありまして、これは僕がセルワークの色と美術の両方を担当させていただきました。演出も作画も当時東映動画にいた知り合いが担当してました。そんなかんじで、日々メチャクチャ忙しかったりしてたのですが、東映で仕事をしているのとはちょっと違った体験ができるのでこんなふうにちょこちょこバイトをしてたわけです。

さてそんな大久保さん、すでにその頃自社に数台のMacを揃えて、ゲームソフトのオープニング映像とかのデジタルな映像の仕事にもどんどん進出を始めていたのでありました。個人でMac買って仕事にとかはまだまだ少ない時代でしたから、大久保さんとしても、こんなチャンスを逃すはずはありません(笑)。
「まずはね、これの塗り、お願いしたいんだけど」と言って話をくださったのは確かPlayStation用ゲーム「東京ダンジョン」のオープニング用の静止画素材でありました。さっそく大久保さんとアニメーターの梅津泰臣さんと打ち合わせ。そしてほどなくして実作業INでありました。

「でもね、大久保さん、僕はまだぜ〜んぜん分かってないんですよ、Mac」
「うん。教えるから大丈夫!(笑)」
そんなわけで始まった、バイトのお仕事大久保さんの「Mac講座」つき。週に2度ほどのペースで大久保さんが部屋にやってきては繰り広げられたやりとりが、僕は楽しくてしかたなかったのでありました。これはホントにありがたいことでした。まさに基礎の基礎から教えていただき、僕のとんちんかんな質問にも丁寧に答えていただけました。それこそ、先に挙げた解像度問題、映像用の素材のポイントや印刷用素材のための解像度のガイドライン、PhotoshopのTips、スキャナーの賢い使い方、などなど。さらにはISDN回線のあれこれから、DirectorやPremiereなどの映像編集ソフトの使い方、QuicktimeやHypercardといったMacの基本のソフトの使い方までも。このバイトのお話がなかったら、大久保さんがいなかったら、いまこれほどまでにパソコン作業を、Macを好きになっていたかどうか。ホントに大久保さんに感謝であります。
というわけで、デジタルなお仕事の第1弾は『ご近所物語』の作業よりも先に、実はなんとこのバイトでやった「東京ダンジョン」だったのでありました。そしてこのあとも、何度も何度もバイトをさせていただきました。後にTVアニメーションがデジタルに移行していく流れのなかで、ことあるごとに、やや流れの先を行く感じでバイトを通して要所要所でいろいろ教えていただいたのでありました。

さあ、そしていよいよ『ご近所物語』の方の作業です。こいつがまた、思いの外なかなか大変なことになっていったのであります。

第156回へつづく

(11.02.08)