色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第156回 昔々……94 1995年その14 カラーコピー機の脇で粘った8月

この原稿を書いている今日は2月11日建国記念日でありますが、なんと東京、ゴンゴンと雪が降っております。先週の原稿で「一度くらいはちゃんと雪が降り積もってくれないかなあ」とか書いちゃったところ、なんとまさかの雪であります! おお、きっと前回の文章を天気担当の神様が読んでくださったに違いない(笑)。
雪が降って不便を被っている方もいらっしゃるかとは思いますが、みなさん、勘弁してくださいませ。この冬初めての本格的な雪の東京です。寒いけど楽しんでおりまする。

さてさて。
中野駅前のマンションの一室を借りて作った「仕事部屋」での、アルバイトと大久保さんの実戦Mac講座の日々と並行して、大泉のスタジオでは『ご近所物語』が9月の放映開始に向けて着々とその作業が進んでおりました。本編作業もいろいろではありますが、目下の僕の大きな問題は番宣スチール画の残りの作業。関プロデューサーからのオーダーのあった「コンピュータでの画像処理を加えたスチール」でありました。
「コンピュータでの画像処理? どうすりゃいいんだ?」という問題は一瞬ひとまずおいておいて、いずれにしてもそのための素材をデジタルで作らなければなりません。
まずはスキャナーで動画を取り込みます。考えなくちゃならないのは解像度。一体どれくらいの数値で取り込めばいいのか。今なら「ああ、そういう使い方をするスチールならば、まあ288dpiくらいで大丈夫」とか即答できるのですが、経験がないのでその目安がよくわかっていませんでした。
「つまりはね、ガタガタな線に見えない程度の解像度にすればいいんだよ」——まあ、そうですよね(苦笑)。このことも実は大久保先生(!)に相談していたのであります。大久保さんからその原理と目安を教えてもらっていたのでありました。ベクターの画像でない限り、原理的には大きな解像度であればあるほど、ガタガタな線には見えなくなるわけです。でもあまりに真正直に高解像度にしてデータが大きくなると、コンピュータの処理能力の限界にぶつかって動かなくなる、あるいは死にそうなほど時間がかかるわけですね。一応、そんな実験も自分なりにはやってみておりました。なので、無茶な大きさでは作業不可能なこともある程度は把握していました。なのでそんなには大きなデータにはしてはダメ、と。
しかも当時はまだデジタルデータでの入校とかは皆無な状態で、作ったデジタルなスチール画のデータを、いったんプリントアウトして、他のセル画+BGのスチールのようになんとスチールカメラで撮って、そのポジを納品、入校、ということなのでした。であれば、プリントしたものの線がガタガタに見えなければいいわけで、プリントサイズは自ずとセル+背景で作ったスチール画と同程度の大きさになればよいので、A4からせいぜいB4程度でOKです。というわけで、たしか最初のスチール画はほぼA4サイズの動画原板を300dpiくらいの解像度で作りました。でも、そのサイズでも、あとで僕らを地獄の待ち時間に陥れることになるのですが……。

さて作業です。取り込んだ動画の線画データを二値化します。二値化した線画データに彩色ツールで塗っていきます。その動画の取り込みから彩色作業はAdobe社のPhotoshopを使いました。今でこそ、線画の取り込み、二値化はTracemanに、彩色はPaintmanにデジタル彩色系の専門ソフトは分化しているのですが、当時はまだそんな便利なものはありません。Photoshopで、しかもマウスでチマチマ作業をして、そのできあがったデータは大きな容量が保存できるMOディスクに一旦保存です。ここまでの作業は仕上げの色指定の部屋の一角に設置してもらってたMacでの作業でありましたが、背景と合わせてさらに加工〜印刷までの作業は、同じスタジオ内2階のコピー室の一角に設置された別のMacでの作業でありました。ここのMacはカラーコピー機に接続されていて、チェックしながらプリントするにはちょうどよかったのでありました。

その日の夕方、そのコピー室のMac前に集まったのは関プロデューサー、梅澤さん、行さん、ゆきえさん、製作担当の風間さん、そして僕。僕の用意した彩色データと行さんが作業して持ってきた背景データをレイヤーで組んだところから作業スタートです。
「で、どうしましょう?」と僕。
「まずはね、このね、矢沢先生のMacで処理足したカラーのイラストがあるじゃない? こんなフンイキ、できない?」と関さん。
ああ、なるほど。そのイラストは夜っぽい色味に加工され、加えて全体にざらついたような質感に仕上げられておりました。当然、何をどうやっていってこういう画像になったのかは不明です(笑)。とにかく、見よう見まねで着手しました。やってみて、いじりまわしてたら何とかなるだろ! そんな風に考えてとりあえずは始めてみたのです。まずは上から色調をいじってみて何となく似た風な色味を作り、次いで画像の質感をいじっていくため、ノイズを足してみたり、ぼかしてみたり、いろいろなフィルターを試していきます。ところがもうそれが大変なことに。

この作業も同じくPhotoshopでの加工になるわけなのですが、とにかく時間がかかるのです。ひとつのフィルター効果を試そうとすると、そのひとつの加工の演算処理に何分もの時間がかかるのです。前にも書きましたが、当時のこのPowerMacintosh8100AV、「Power〜」とか言いながらも、そのスペックは今のマシンに比べれば足下にも及ばない代物。しかも、目論見が外れたのが画像の重さ。そうなのです。背景データが加わった時点でビックリするほど大きくて重いデータになってしまっていて、その重さがさらに演算処理の障害になっていたのであります。しかも当時のPhotoshopはアンドゥ機能(やり直し機能)がなく、何か失敗してしまうと最初からやり直さなければならなかったのであります。なので、作業の途中段階で何度も何度もその都度保存をしていきます。その保存、ディスクへの書き込み作業にも1回につき何分かかかるという……。
そんな感じで作業は進んではいったのですが、「よし! これで!」とモニター上で仮OK出していざプリントしてみると、なんかどうも今ひとつだったり。となると、どの部分をどんな感じで加工し直して……ということで、また最初の方の段階で仮保存したデータに遡って修正作業です。で、また、ひとつひとつの作業に膨大な時間がかかっていきます。そしてプリントしてみて修正しようということになり、また繰り返し。段々疲れてくると、今度はつまらないミスも増え、保存してあったところまで後退して再び作業と待ちを積み上げていきます。
そんな作業の繰り返しを、作業している画面を見つめながらみんなその狭いカラーコピー機の脇で待っているのでありました。気がつけば時計の針は深夜。結局、2点のスチールにOKを出すのに朝方近くまでかかってしまったのでありました。

第157回へつづく

(11.02.15)