第16回 昔々……(11)『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大戦争』
先日、記録さん(東映アニメーションにはこういう職種があって、実写で言うところのスクリプターさん。この人たちがいないと、編集以降、音と画面の合わせが立ちいかなくなっちゃう大切なお仕事です)のO女史が僕のところへやってきて、
「ねえねえ、見てくださいよ、これ!」
差し出されたそれは、昔々にスタジオのどこかの部屋で撮られたスナップ写真。かれこれ十数年前のスナップです。 で、そこに写ってたのは、なんと、髪を後ろで束ねる前の、まだ髪が短かった頃の僕の姿でした。
いやあ、あっはっはっは(笑) 。
昔の僕の姿を知らない若い連中は、それが僕だと分からなかったようで、なかなかその変貌ぶりは、自分で見ても笑えますな(笑)。
ところで、実は今日、都庁の旅券課でパスポートの申請をしてきました。今持ってるヤツが7月で期限切れちゃうんですよ。 それで、今のパスポートの写真ってのがちょうど10年前、すでに髪を後ろで束ねてるもの。ただ、どうやら束ね始めてそんなに経ってない感じが、なんとなく落ち着かない髪の様子からうかがいしれます。10年以上15年未満? まあ、そんなところでしょうね。
10年後、新しいパスポートが期限切れになって改めて申請するとき、「ああ、10年前のオレはこんなだったのか…」と思うんでしょうな(笑)。
さてさて。
なんと劇場作品ですよ! 『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大戦争』。この年(1985年)の秋から放映が始まった『ゲゲゲの鬼太郎』。これが3度目のTVアニメ化で、鬼太郎の声を戸田恵子さんがあてて、オープニングの歌を吉幾三が歌って、「夢子ちゃん」が登場するシリーズです。その作品の「春の東映まんがまつり」の1本として製作、公開される劇場用作品なのです。
TVシリーズの方の『鬼太郎』は『とんがり帽子のメモル』や『まじかる★タルるートくん』の坂本陽子さんという大先輩が色指定を担当されていました。TVシリーズの担当者が劇場版も担当するというのが慣例だったのですが、たしか彼女が別の大きな作品も担当していたからだったんじゃないかな? それで僕にお鉢が回ってきた、そんな経緯だった気が……。
で、その劇場版は、監督・葛西治、作画監督・兼森義則、美術監督・土田勇という錚々たる顔ぶれ。ううむ、そんなスタッフの中にまだまだ新米もいいところの僕が放り込まれたのです(汗)。大緊張しつつ、葛西さんと土田さんに挨拶に行ったのを覚えています。その時にたしか葛西さんが「TVとはちょっと違った感じの作品に。TVとはフンイキ変えたいですね」と言ったのでした。で、そのあとにコンテ渡されて読んでいくと、なるほど、TVとはひと味もふた味も違う濃さ。尺は約40分です。
お話は、南海の孤島ホウキボシ島にハレー彗星(!)の出現とともにベアード率いる西洋の妖怪たちがやってきて、その島の少年に助けを求められた鬼太郎たちが、その島に上陸し妖怪大戦争を繰り広げる、というもの。そう「夢子ちゃん」は登場しないのですね(笑)。
当時の東映動画は、色味に関することは、ほぼすべて美術監督が決定していました。美術ボードをはじめ背景画に関係することのみならず、キャラクターの色味についても原則として美術監督が色を指定していました。僕らは美術から出された色指定で色見本セルを塗り、キャラの色味打ち合わせを行います。そこで、監督、作監、美監、プロデューサーらと色味の決め込みをしていくのです。
ベアードさまをはじめ、ドラキュラ、フランケンシュタイン、狼男とオオカミたち、そして村の少年・アキオ、基本はみんな土田さんのカラーデザインです。それをみんなで意見を出し合いながら微調整していきました。あ、僕はなんといってもぺーぺーの新米なので、もうひたすら葛西さんや土田さんの指示のどおりに色見本を修正するばかりです(苦笑)。
ただ、メインキャラクターの色味はすでにTVのものがあったのですが、先の監督の一言もあったので、僕の考えでTVよりも若干渋めに、影も少し強くして色見本を作成。で、それがそのまま採用になりました。
この劇場版の基本の「色」を基に、本編の打ち合わせをしていきました。その時は美術打ち合わせはもう終わっていて、色指定だけの打ち合わせでした。「この浜辺は強い陽射しで、影は少なめなのでコントラスト強く」とか、「ここの鬼太郎は死にかけてるから、肌色を土気色にしてください」とか、監督の指示を必死に絵コンテにメモしていきます。色味でキャラに意味を持たせる、色味でキャラに芝居させる。打ち合わせしてて、嬉しくなる瞬間です。
今でこそ「夜のシーンは夜色」とか、そんな風にその背景の時勢に合わせて色変えをしていったりしますが、その頃はどんな時でもキャラの色はノーマルベースで、多少影色の強弱を変えるくらいが普通でした。それまでやってきた「合作」も基本すべてキャラはノーマルでしたし。
さて、いよいよ本編のカットが僕のもとに回ってきました。
その頃の劇場作品は、すべてちゃんと国内で動画になってから僕らのもとに回ってくるのが基本。もうね、その作画がいいんですよ! キャラ自体もいいんですが、もう動きのキレがいい! 動画をね、束ねて持ってパララララ……っとやると、もうそれだけで嬉しくなる(笑)。それぞれのシーンでのキャラの影の分量の度合いとか、ちゃんと光源合わせして計算されてて(ま、当然なんですけどね(苦笑))、セルの塗り上がりにドキドキしてました。
岩や土塊、工事現場の丸太や壊れる屋敷の屋根、空に立ち上がる水柱などなど、背景との色合わせもすべて美術監督に色指定してもらうのが当時のスタイルでした。セルのそういうところまでキッチリ決めていく、まさに美術監督の仕事です。
で、その美術がすばらしい。やっぱり土田さんの画力だなあ、劇場作品なんだなあ、と。その背景に僕が色指定して塗り上がったセルがのって、それがまた撮影されてラッシュフィルムになってそれを見る。いや、「合作」とやってることは同じなんだけど、「映画なんだ!」と思うと、いやが上にも盛り上がります(笑)。
本編中、暗がりの中で鬼太郎とアキオがドラキュラと狼男と立ち回りするシーンというのがあって、どなたの作画(原画)のシーンだったかは知らないんですが、ノーマル+影にBL(黒)影がガッシリと入り、加えて照り返しがたくさん入ってる、という作画が上がってきました。当時の僕はまだ作画とかがよく分かっていなくて、いくら悩んでもどんな画面になるのか、どんな色にすればいいのか分からなくて、一連のカットをごっそり抱えて土田さんのところに相談に行ったのです。
見せられた土田さんも、ちょっと分かりにくかったみたいで、担当の原画さんを直接呼んで打ち合わせされていたのが強く印象に残ってます。いま思えば、動画より、むしろ原画を見て考えた方が分かりやすかったのです。でも、その頃は、仕上げに回ってくるのは、タイムシートと動画だけが入ったカット袋だったのですね。
かくして、僕の初の劇場用作品『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大戦争』は完成しました。
今回これを書くにあたって、実家からこの映画のビデオ(当時、記念に製品版を買ったのですよ)を持ってきて視聴しました。なんと、テープがβでビックリ(笑)。でも僕も自宅に現役のβのビデオデッキがあったりするので(爆)、ちゃんと見られたのですが、いやあ、なかなかいいできですよ。おもしろい!
エンディングのスタッフクレジット、僕の名前は「検査」という役職で載ってます。これは、当時東映動画では「色指定」という表記がなくて、あくまでもセル上がりの「検査」である、そういう時代でした。先にも触れたとおり、「色」に関するものはすべて美術が決めて指定する、そういうスタイルだったことに起因します(実は僕らの部屋、社内の表記ではいまだに「検査」となってますが(苦笑))。
ちなみに、仕上の方々の名前の中に、第4シリーズ、そして現在放送中の『鬼太郎』の色彩設計担当している板坂さんの名前が。ああ、縁なのですね?>板坂さん(笑)
■第17回へ続く
(07.05.29)