第161回 昔々……100 1995年その19 劇場版『セーラームーンSuperS』と巡る様々な想いの10月そして11月
原子力発電所は嫌いです。嫌いなのですが、僕ら東京都民、そして首都圏の巨大電力事情を支えているものの大きな柱のひとつが原子力発電所であるのは事実です。そして震災による事故で、いま福島の原子力発電所は大変な事態に陥って、福島県の方々をはじめ僕ら首都圏の住民にも放射能の危険が迫っております。政府は「大丈夫」を連呼しておりますが、ネット上では「危険!」が叫ばれ、みんな不安を抱えての生活です。
僕は専門家ではないので「どっちが正しい」とか言うべき立場にはないですが、イヤな事態が迫ってしまっているのは逃れようのない事実。いまのところ、東京にいる限りは大丈夫っぽいですが、東京・首都圏から離れたいと思われる方はかなりの数いらっしゃいますね。僕の知り合い、同業者にもちらほらと。
「人体に影響」云々よりも、まず「心の安心」なのかな? と思います。とりわけ、小さいお子さん、乳児を抱えていらっしゃる方、妊娠中の方には不安要素しかないのは事実ですから。一度気になって不安な芽が生まれてしまうと、その芽は育つばかりでなかなか消えてくれません。ですから気持ちの安心ということからも、それが可能な状況にある方、可能な方は他の地域へ避難されるのもひとつの方策だと思うのであります。
ですが、僕も含めそんな状況にない人たちの方が大部分であります。僕らはいまできること、自分の役割を、粛々と続けていかなければと思います。いろいろあってなかなか一気に物事は進まないけれど、キチッ、キチッと1歩ずつでも前に歩を進めようとすることが肝心。ゆったりと構えてブレないこと。でも決して頑なにならず、絶えず新しい情報と取り巻く状況を認識し続けること。いつも準備して機を待つということ。
そんな気持ちで僕は、現在三鷹の某スタジオにて新作のTVシリーズ作品に参加中。この作品を観てもらえる頃には、もう少し世の中が落ち着いているハズと信じます。
さてさて。
1996年のお正月映画である劇場版『美少女戦士 セーラームーンSuperS セーラー9戦士集結! ブラック・ドリーム・ホールの奇跡』(←タイトル長すぎ(笑))、全国公開は12月23日天皇誕生日。いつもギリギリの東映動画制作・東映系公開の劇場用作品のスケジュールでは、公開1週前の土日で一般試写会。これには原則的にその会場となる映画館での一般上映で使用するプリントを使います。なので、その試写会の1週前には一応完成させて0号試写をやって上映用のフィルムのプリントを始めます。
プリント作業の手順としては、運搬に時間のかかる、東京から遠い地域の映画館用のプリントから焼き始めていきます。映画館での上映用は35mmのフィルムを使用するのですが、まだ当時地方の小さな映画館では16mmフィルムでの上映をされているところもあって、たしか、まずその16mmのフィルムから焼くって聞いたことがあったような。
その原板完成(ネガ編集)と0号試写の1週間から10日前くらいに音をつける作業があります。音楽、そして効果音です。衝撃音、爆発音、ワザを繰り出す時のエフェクトにつける音、キャラクターの服の衣擦れの音などなど。さらにはその音が右から聞こえるのか左からなのか前からなのか後ろからなのか、はたまた移動しながらの音なのか、画面の中の動きに合わせて音の聞こえ方を配していきます。ですので、それら効果音をつけるためには当然画面ができていなくてはなりません。
芝居の間を調整し映画全体の長さを決める編集が今回は11月11日、役者さんに声をつけてもらうアフレコが翌12日でありました。しかし実はまだまだ画面は完成しておりません。この時点でほぼできあがっていたのは、予告編用に先行して作っていたカットやTVシリーズでも使っている変身BANKのカットたちを中心に全体の5分の1程度。残り5分の4はまだ原撮やらタイミング撮(セル画は上がってるんだけど、背景が間に合わなかったり撮影エフェクトに時間がかかるカットだったりするものは、とりあえず声や音のタイミングが分かるようにセル画だけで撮影しておくのです)ばかり。
とにかく、編集・アフレコには最低限原画は上がってないと芝居がつけられませんので、この編集に合わせて原画が揃います。それを作監さんがガシガシ作監作業。次いで僕のところで色指定を入れて動画仕上げ発注。そして色指定作業と並行して、塗り上がってくるセルを検査しリテイクの処理をして撮影に渡し、撮影されたカットをラッシュチェックしリテイクがあればそれも並行して処理していきます。ですので、この編集・アフレコから音づけ作業までの約2週間がホントの追い込み。戦いの本番でありました。
この頃の劇場作品はすべてセル画制作。しかも短期間で一気に作らなければならないために、いつも東映作品を作業してもらってる国内プロダクションやマニラのスタジオだけでは間に合わず、韓国や中国のプロダクションに作業をお願いしていました。で、毎回書いてますが、発生する絵の具問題。東映作品の基本のSTAC絵の具と韓国・中国のプロダクションは太陽色彩絵の具。この発色の差がいろいろ難しい。特にこの『セーラームーン』はスッキリとした発色での仕上がりが求められる作品なのですね。濁った色味はできるだけ画面に出したくない。でも制作の都合上、太陽色彩絵の具のプロダクションにもお願いしなければなりません。しかも分量的に、この追い込み時期にはどうしても、韓国・中国のプロダクションにお願いする比率の方が断然上になるのです。
それでも僕自身、この劇場版『美少女戦士セーラームーンSuperS』で3本目のセーラームーンです。過去2作品の反省のもと、極力「ノーマル」色のカットとセーラー戦士のカットはSTAC絵の具が使えるプロダクションに振りました。その代わり、太陽色彩絵の具で塗っても大丈夫っぽかった敵のボスキャラ「バディアーヌ」や「ボンボン・ベイビー」たちのカット、連れ去られる子供たちのモブシーンは、優先的に太陽色彩色プロダクションへ発注。セーラー戦士たちのカットも特殊彩色シーンは色彩設計の時点で初めから太陽色彩絵の具で設計していったのでした。
そしてむしろその方が僕には好都合。ノーマルのシーンでのキャラクターのすっきり感は断然STAC色の方がよかったし、そもそもTVシリーズはSTAC色ですから、TVシリーズでも使っているBANKシーンとの相性も含めて、劇場に観に来てくれるお客さんの目にも見慣れたバランスで映ります。一方、夜色や、バディアーヌの城での戦闘シーンの赤みがかった特殊彩色や、光線受けての照り返しやハイコントラストといった色たちは、色数が豊富な太陽色彩絵の具をベースにバランスを取っていった方が、微妙な色合いを作り出せて上手くいきました。いつも気になっていたのは、太陽色彩色でセルが塗り上がってきてからあとのリテイク処理のことだったのですが、もうこの頃にはかなりの色数の太陽色彩絵の具のストックも社内にはあって、大抵のリテイクはカバーしてもらえていたのでありました。
そんな感じで12月。公開からちょうど10日前の13日、劇場版『美少女戦士セーラームーンSuperS』は無事0号試写。なんとか完成と相成ったのでありました。
なんでもそうですが、ちゃんと心づもりができていれば、大変でもなんとかなるもの。この劇場版『美少女戦士セーラームーンSuperS』、たぶん追い込み期間中は作業量も含めてかなり大変だったと思うのですが、でもなんかそんなに混乱もなくがんばり切れたという感じです。いや、もしかしたら、いろいろ大変だったのかも、ですが、ああ、もう憶えていなかったり……。
前の2作品もそうでしたが『セーラームーン』の劇場用作品は、まずTVシリーズのビジュアルの印象をまずシッカリと再現して、その上にどれだけ「劇場用作品らしさ」を乗せられるか、ということを考えた色作り、画面作りは考えていました。それがこの3作目の劇場版では僕なりにうまく頑張れたかな? とは思います。
でもやはり細かなところ、画面の端々に粗さが目立ちます。短期間に一気に作るこの劇場作品の作り方に限界を感じ反発している自分と、またそういう作り方をここまで年に何本も経験してきちゃって、経験値と慣れを持つ自分。その狭間で今ひとつスッキリ感がない自分にジレンマ感じていたのも事実。その大変だったことを「あんまりよく憶えていない」というのも、ひとつにはそんな劇場作品の作り方に慣れちゃってきてるという現れなのかもしれません。もっとジックリと時間をかけて劇場作品を作りたい。でも、東映動画で仕事をしている以上、それは間違いなくムリ、ということも分かってしまっている自分です。
「じゃ、そんな作り方の中で僕はどうあるべきなのか?」僕がそんな想いを巡らすようになっていったのもこの時期くらいからのことなのでありました。
そんな僕だったのでありますが、その大変だったことを「あんまりよく憶えていない」という理由は他にありまして……。ずっと並行して担当していたTVシリーズ『ご近所物語』の色彩設計もやりながら、目下絶賛追い込み中のこの劇場版『美少女戦士セーラームーンSuperS』。そしてなんと、さらに2本の劇場作品の準備と、もうひとつ別の仕事が動き出していたのです。それが1995年の11月でありました。
第162回へつづく
(11.03.29)