色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第165回 番外編 名前のこと

いやはや。長いこと掲載をお休みしてしまってすみません。
目下、7月放送開始の新番組に参加してます。『四畳半神話大系』からほぼ1年ぶりのTVシリーズです。放送までいよいよあとひと月とちょっと。番組立ち上げの佳境に入ってきておりまして、なかなかいろいろたいへんであります。そんなこんなで、ちょっと身動きとれなくて、原稿落としまくってしまいました。みなさん、ごめんなさいです。
さてそんな新作TVシリーズ、いつも通り第1話の色指定も担当しておりますが、今シリーズはかなりの本数に色指定参加の予定です。2クール全24話の予定のこのシリーズ、とにかく今年の僕はコレです。乞うご期待。
え? タイトルですか? まだ公式にスタッフ発表されてないもので……(汗)。現場は目のまわる忙しさですが、ずいぶん久しぶりのこの監督とのお仕事は、驚きと笑いの連続でなかなか楽しくなってます。
……そんなわけで3週間ぶり? に帰ってきました。

さてさて。
先だってアニメスタイルのトークイベント「山内重保の世界 Part1」が開かれまして、大盛況、大成功でありました。僕も山内監督を知る1人として登壇させていただきまして、古い話(もうね、四半世紀前とか(笑))とかいろいろさせていただきました。
で、まあ、そのイベントでは話さなかったんですが、山内監督と僕の名前のお話です。

まあ皆さんご存じの方も多いと思うんですが、実は僕、本名以外の名前でも仕事をしておりました。「國音邦生」というクレジット、どこかでご覧になった方もいらっしゃると思います。『少女革命ウテナ』に始まり、『STRANGE DAWN』『カレイドスター』、劇場版『真救世主伝説 北斗の拳』3部作など。
まあ時効なので(なのか?)話しちゃいますが、これはなんでかというと、これらの作品は僕が東映に籍を置いてた時期の、いわゆる他社仕事なんですね。なので、一応伏せ字っていうか、まあペンネームっていうか、偽名、別名でクレジットしてもらってたワケです。それが國音邦生でありました。

東映動画(東映アニメーション)の仕事をしながらの他社作品の仕事なワケですが、作品に関わる以上、中途半端になってはいけない、他のスタッフに迷惑をかけてはいけない、そう肝に銘じまして、東映の仕事も100%全力でやる、他社作品も同じく100%全力でやる、このスタンスで作品に対していきました。ただしそうは言ってもなかなか東映での仕事のように、何でも全部(色彩設計&色指定検査まで)、というワケにはいかないので、例えばキャラクターのカラーデザインだけ、とか、色彩設計だけ、とか、そういう形での全力参加にはなっていました。
業界に身を置いていらっしゃる方はよくおわかりかと思うのですが、東映アニメーションとその他のプロダクションとでは、作品の作り方、制作現場の仕組みが大きく違います。東映はある意味ブラックボックス。基本社内のスタッフでほとんどの部分を作ってしまうので(TAPを含む)、制作において、ある意味、東映のスタイルができ上がってしまっています。それはそれでいい部分もあるのですが、やはり他の大多数のプロダクションの制作スタイルに興味があったし、そこには東映にはないよい部分もたくさんありました。なので、僕はそれを体験して自分のものにしたかったし、ほんのちょっとでもその体験を東映のシステムに反映させたかったのでありました。そういう個人的な思い込みもあって、声をかけていただければドンドン参加させていただいていたのでありました。
当初『ウテナ』で初めてこの名前使ったときはあんまり先のことを考えてはいなかったんですが、ありがたいことにその後もいろいろとお仕事のお話をいただきました。そんな中で『カレイドスター』に参加していた頃から「ああ、この『國音邦生』をひとつのブランドにできればいいなあ」と思うようになっていきました。東映では「辻田邦夫」、そしてそれ以外では「國音邦生」。東映作品とはテイストの異なる作品に出会えてこられたこともあって、なので勝手に「ブランドに育てていきたいなあ」とか思っていたのでありました。

そして『キャシャーンSins』です。この作品も、当初は國音邦生でのクレジット、ということで制作プロデューサーとはお話させていただいていたのですが、いよいよオープニングもでき、そのクレジットの話になったときに、山内監督からひと言、こう言われたのです。
「オープニングに名前出すときに本名じゃないと、どうも本気じゃないと思われて、ほかのスタッフみんなに対して失礼ですよ」
この一言、僕にはたいへん大きな衝撃でありました。こんな風に山内監督は、言葉少なくいつもまっすぐにコトの本質を鋭く衝いてきます。自分自身は誠心誠意、全力で作品に取り組んでいるし、そんなに迷惑をかけたりもなく頑張ってきたと思ってきたのですが、でも、このクレジットを見た人はそうは思わないかもしれない……。正直僕はそんなことはこれっぽっちも考えていなかったのです。
作品に名前がクレジットされる、ということは、よくも悪くも「この部分の責任者は自分です」ということです。ましてやそれがオープニング・クレジットとなると、これはその作品全体への責任の問題になります。本名でそこにクレジットしないということは、確かにその責任から逃げているように見えなくはないのです。
この『キャシャーンSins』で、僕は本名でクレジットしていただくこと決めました。そして同時に、これから先、自分の名前だけで仕事をしていくことに決め、長くお世話になってきた東映アニメーションを辞めてフリーになることを決めたのでありました。

もう3年になりますが、その時の決断、僕は正しかったと思っています。こうしてブレずにやってこられているのは、あのとき山内さんが言ってくれた、そのひと言のおかげなのだと思って感謝しています。そんなふうに僕にとっての節目に当たる作品はいつも、山内監督の作品なのでありました。

第166回へつづく

(11.05.31)