色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第176回 『輪るピングドラム』色彩設計おぼえがき その3

先週、九州・阿蘇でまさかの雪に見舞われたと思ったら、今週は東京で雪でありました! いやあ、雪! 僕のような東京ッ子には、この雪ってなんとも手放しに嬉しいですね。そりゃ翌朝の路面凍結とか、交通機関への影響とか、心配事はあるにはありますが、まあそれはそれ。だって、ひと冬に1、2度あるかないかのイベントじゃないですか!(笑) もうね、大きい心で楽しんでしまいましょう!
でももう1月も終わりです。来週には立春。この冬、まだ雪は降ってくれるんでしょうか、東京。なんとかもう一度、今度は一日中降り続いてくれないかなあとか、そんな無責任な妄想を抱いてる僕は、今年49になるオヤジです(笑)。

さてさて。

 オープニング 絵コンテ/幾原邦彦・古川知宏 演出/幾原邦彦
 エンディング 絵コンテ・演出/中村章子

僕の手元の記録によれば、BANKシーン「クリスタル・ワールド」の部分を除く第1話がとりあえずの完成に至ったのが5月GW明けのこと。そして「クリスタル・ワールド」ができあがって第1話が完成したのが6月末でありました。……が、この時点で、オープニングとエンディングはまだできあがっておりませんでした。なので、放送開始直前7月3日に行われた横浜での先行上映会には、オープニングとエンディングがついていなかったと、そういうワケだったのです。
何を隠そう、このオープニングとエンディングの楽曲が僕ら制作スタッフのもとに届いたのは、なんと6月頭でありました。それより先に仮のモノは届けられてはいたのだけれど、仮の楽曲だと編曲が実際のモノと違ってたり、曲の長さ自体が違っちゃったりしています。オープニングやエンディングは使われている楽器の出るタイミングをきっかけにカットを切り替えたりするので、本曲じゃないと絵コンテ上での決め込みができないのです。また、編曲次第で曲の持つムードが大きく左右されたりもするので、とにかく本曲が届かないと作業が前に進められないのでありました。
ともあれ、放送までひと月の超急ぎ作業でありました。そして並行して「クリスタル・ワールド」も超急ぎ。当然、他の話数の作業も1週1本のペースで粛々と進行中。あ、それにポスターとかの番宣、版権仕事も入ってきて……。そんな地獄のような、胃がキリキリする6月だったわけです。

さて、オープニングとエンディング。コンテ終了から映像完成まで約3週。
まずはエンディング。絵コンテ、演出、さらに作画もすべて中村章子さんが担当されました。もうね、すばらしい! 打ち合わせしてから作業中も、ずっと僕はニヤニヤしちゃっておりました(笑)。実は僕、章子さんの絵の大ファンなのです! 彼女の描く繊細で、でもちょっとリアルな骨格感、そしてどことなく漂うエロチックな線が大好きなのでした。章子さんがさくさくガシガシと絵を描かれてる姿もまた大好きで、そんな姿に結構見とれてしまっていたり。……と、まあ、そんな章子さんが動画まで仕上げた絵なのですから、当然僕が全部彩色担当です(笑)。
オープニングとエンディングは撮影をサンジゲンさんが担当してくれました。エンディングの赤い背景は撮影さんで先行して作っていただきまして、それに合わせてキャラの色というか、画面のテイストを考えていきました。基本、ノーマルっぽく見せていくんだけど、全体に「赤〜ピンク〜茶」の幅の中でまとめていこう、と考えました。なので登場するキャラクター「トリプルH」の主線は茶色にしてバックに馴染ませて、若干セピアを感じるような色調を狙いました。これはエンディングの曲調のちょっと気怠い感じにも合わせての狙いです。
加えて、主線に「にじみ」を足してみようと考えました。これは背景との馴染みを作るという狙いの他に、キャラクター原案の星野リリィさんの描かれるカラーのイラストのテイストも足せれば、と考えたのです。技術的には、主線部分のコピーを2枚作り、それぞれボケ具合を変えて、レイヤーの描画モードをハードライトで重ねてあります。こんな感じで組み上げてみた画像を章子さんにチェックしてもらって一発OK(笑)。それを上手くいかして撮影していただききました。

オープニングの演出は幾原監督でありました。このオープニング、実はちゃんと打ちあわせした覚えがないんですよ(笑)。通して打ち合わせをしたのが、唯一撮影打ち合わせ? 色指定的にはたぶん「だよね!」な感覚で監督とポツリぽつりは立ち話的な程度、カットごとに話をしたくらい。上がってくる原画に迷わずどんどん色指定して作業を進めていきました。
とにかくオープニングは「これからこういう物語が始まるのですよ!」という前置きみたいなモノで、お話全体の縮図というか、ハイライトシーンというか、そういう意味深なカットが積み上げられていたわけです。それを基本真っ白なバックの上で見せる、という構成でありました。ですので、キャラクターは原則「ノーマル」彩色。そこはちょっとラクできました(笑)。
基本真っ白なバックではありましたが、これもただの真っ白ではなく、越阪部さんデザインのアイコンたちが壁紙的に使用されました。で、そのアイコンたちをいろいろ動かそう、という監督のプラン。こちらも作画に先行する形で監督と撮影さんがやりとり重ねて動きのあるアイコンの芝居を作って行きます。で、そこへ追っかけ作画が乗っていく、という。
コンテ上でもある程度のプランは示してあるのですが、実際にそのとおりにやってみると、させたいアイコンの動きに対してカットの尺が短かったり、無理して詰め込んだらなんだか早すぎてわからなかったりとか、何度もテストムービーを撮ってもらって、その都度必要に応じて方向転換したりしつつ、ひとつひとつ準備は進んでいきました。

先行上映会のあった7月3日深夜、まずエンディングの最終決め込み。章子さんと僕とでサンジゲンさんに詰めまして、組み上がったカットの映像プレビューを観ながら最終調整。画面の色合いやオーバーラップの尺の長さ、画面処理の深さの度合いなどなど、みんなでいろいろアイデア出しあいつつ決め込んでいきました。これでエンディングは完成へ。
そして翌日深夜、今度はオープニングの最終決め込みで幾原監督と僕が再びサンジゲンさんにうかがったのでありました。すでに昨日までに大方のカットはラッシュチェックを済ませてOKを出してあったのですが、どうしても手を入れたい数カット分の決め込み、再撮影です。
サンジゲンさんの2D撮影班はできたばかり。実はこの『輪るピングドラム』のオープニングとエンディングが初仕事なのでありました。山田さん、上薗さんのお2人は幾多の修羅場を切り抜けてきたベテランです。が、連日連夜の集中作業でさすがに疲れが濃い。でもここが正念場とばかりにテンション上げて僕らを待ち構えていてくれました。

ひとつ、またひとつとプレビューをチェックしながら詰めていく監督と撮影のお2人。
オープニング最大の懸案カットはメインタイトルのカットでありました。Aftereffects上で素材(キャラクターの彩色データ)のサイズや軌道、タイミングを変え、その上にいろんな処理を加えていきます。まず監督が変更案を出し、撮影の山田さんが修正を加えます。それを見て「どうかな?」と監督が僕や山田さんに意見を求め、その意見をもとに修正を加えていきます。それにさらに監督が「じゃ、こういうのはできますか?」とさらなるアイデア。で、またそれを見てみんなで意見を乗せていきます。明けてその日の午前中には完成させて納品まで済ませなければならないこの期に及んで、そんなセッション(笑)。どのカットもプレビューを見るたびに洗練されていくので、その真剣勝負に参加していることはなかなか楽しくて仕方なかったのでありました。

と、その時「あ゛〜っ!」と叫び声をあげた幾原監督。なんと背景に使っているモノグラムアイコンのひとつに間違いが。というか、これはダミー扱いになってたモノが連絡ミスから本編用に使われてしまっていたのでした。慌ててスタジオに電話して正しいモノを探してもらったのですが、これ、どうもこのオープニングに使えるタイプの素材がこぼれていたようなのです。しまった! どうしようか? でも、迷わず躊躇わず、僕と監督はデザイナーの越阪部さんに連絡を試みました。時間は深夜……というか未明です。普通なら寝ちゃってる時刻だけど、さっき越阪部さんTwitterで呟いてたから、ひょっとして、と。
というわけで、見事越阪部さんに連絡がつき、速攻でアイコンを仕上げて送ってもらいました。そのアイコンとは地下鉄「TSM(東京スカイメトロ)」のアイコンでありました。これ、実は第13話で明らかになるある事実を表している、結構重要なアイコンだったりしたのでした。こんな感じでオープニングには、実に様々な「隠された情報」が散りばめられていたのであります。

そうそう、放送開始後、ネットで話題になってたのですが、オープニングに登場するいくつもの「手」、それを放送画面のキャプチャー画からRGB採って比較して「これは○○の手」とか調べてた方がいらっしゃって、僕もそれ見てびっくりしつつ大笑いしちゃいました。いやはや、さすが地デジ&いまの視聴者さんだなあ、と感心しちゃいました。まあ一応そのとおりなんですが(笑)、そこまでできるのは地デジだからだよなあ、アナログだとこうハッキリとはわからなかったろうに、と。そして、そういうところ、みんな気になるんだ! とファン心理の認識を新たにしたのでありました。まあ、これは別に隠してたワケじゃないんですけどね。

こうしてなんとかそのTSMのアイコンの差し替えも完了。休憩を挟みつつさらに作業は進められて、すべてのカットのOKが出たのは午前5時過ぎでありました。そのまま監督はV編スタジオへと移動。オープニング、エンディングのテロップ入れを経て、『輪るピングドラム』第1話がホントに完成したのでありました。
そしてその2日後の深夜、関西地区を皮切りに『輪るピングドラム』の本放送が始まっていったのです。こうして僕らは、これから半年に渡って続いていく激しい厳しい闘いの、新たな出発点に立ったのでありました。

第177回へつづく

(12.01.24)