色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第184回 『輪るピングドラム』色彩設計おぼえがき その11

気がつけばもう6月なわけで、4月にスタートした新番組たちもだいたい10話を越えて、1クールものはもうすでにクライマックスだったりですね。僕が参加してる『聖闘士星矢Ω』は予定では一応1年もの。ようやく序盤の最初のヤマ場を越えたところです。この先次のヤマ場へとお話は着々と進んでいきます。
旧作から観ていただいている方々の中には旧作の『聖闘士星矢』とずいぶん違ってることに戸惑われてる方もいらっしゃるかと思いますが、これが新しい『星矢』であります。新しいスタッフたちが新しいテンポで作り出す新しいキャラたちとそのお話を楽しんでいただければと思います。僕もね「ああ、なるほど!(笑)」と日々感心しながらたくさんアイデア出して一緒に楽しんで作ってますよ。なかなか大変ですが(笑)。
そんな『聖闘士星矢Ω』、みなさんよろしくであります!

さてさて。

第9話 氷の世界 絵コンテ・演出・作画監督/武内宣之 色指定/辻田邦夫

多蕗のマンションの雨の非常階段で苹果と晶馬がお互いの心の陰について慟哭していたちょうどその頃、高倉家で陽毬はぼんやりと不思議な空間を体験していた。図書館の空の孔分室。その地下深い心と記憶の階層の中で、陽毬は眞悧に出会う。自らの生い立ちの記憶の中で「あの時」と対峙していく陽毬。そして行き着いたかすかな記憶は「こどもブロイラー」という不穏な気配の場所であった。そんな9話。

第9話はまさに武内宣之氏らしさ全開! の1本でありました。絵コンテ、ほぼすべての原画、作画監督、そして演出。じっくりじっくり時間をかけたこの9話、実作業に約3ヶ月。完成はオンエアの1週前を若干オーバーランでありました。
メインの舞台である「空の孔分室」はレイアウトからすべて3Dで構築でありました。武内氏が美術の秋山氏のスタジオパブロに通い、3Dツールの使い方を習得しつつ秋山氏と作り上げていったということです。どこまでもどこまでも続く書架はさすがに手描きでは描ききれませんし、むしろ3Dレイアウトで組んだことによって、8話までの画面のフンイキに対し、明らかな「違和感」を吹き込み、整然としていながら、なんとも不安な感じの画面が作り上げられていました。
背景美術でいろんな仕掛けを施したぶん、色彩の設計としてはトリッキーなことは一切せず、淡々と美術空間の明るさに合わせて色味を作っていくことのみに徹しています。ただし、淡々と寒々しい図書館のシーンの合間にはさまれる陽毬の回想シーンは、時に昼下がりの太陽光線であったり、時に白熱灯の照明だったりと、どこかに黄色を感じるような色合いで括ってみました。図書館のシーンの色調とのコントラストという狙いでもあったのですが、必ずしも楽しくはない記憶の気怠さ、は上手く表現できたかな? と。

この9話の撮影はサンジゲンさんでありました。開設間もないサンジゲン撮影部の山田さんと上薗さんのお2人。当初からOPとこの9話をイレギュラーでお願いすることになってまして、まあスケジュールもあるし、と。でもまあ、フタを開けたらかなり大変でありまして(苦笑)。総カット数は400近いし(通常30分モノは300カット前後)、特殊な処理や3Dで組まなきゃならないモノも少なからずあって。そしてあの図書館の本の背表紙の貼り込みも、みんな撮影で貼り込んでいただきました。
この貼り込みがもうエライ大変な作業になりまして、実はあの本のタイトルたち、みんな違ってるんですよね! とりわけ「カエルくん」シリーズは感動モノ(笑)。
で、そんな図書館の本の貼り込みも、床が回転して消えていく3Dも、13話、そして最終話では形を変えてもう一度登場することになります。

さて、9話は眞悧登場の回でありました。
ちょうどこの9話の制作の頃にOPを作っておりまして、実はまだ眞悧のキャラクターができ上がっていませんでした。星野さんのキャラ原案と西位さんのキャラクターのラフ画設定はとりあえずあって、それを元にレイアウト作業は進められていたのですが、最終的な眞悧のキャラクター設定は、色味も含めてOP作業に間に合わせる形で決め込んだので(色の決め込みはラフ設定を使って進めましたね)、結果同時作業になっていったわけです。
眞悧の色のイメージですが、最初僕には「真っ白」なイメージがあって「上から下まで真っ白なキャラ」ってどうかな? と考えました。髪もまつげさえも白。で、瞳は赤。そんなイメージです。でも密かに試してみたら、まつげが白っていうのはちょっとやり過ぎた感がありすぎたので(笑)、もうちょっと人間っぽく調整した色味で監督に見せました。
「うん……」と言いつつも、監督、今ひとつな印象だった様子。どこか歯切れが悪い感じ。僕の出した眞悧はフンイキとしてはまとまってはいたものの、「眞悧」というキャラクターの持つインパクト、押し出し、そういったものが確かに足りない気はしました。でも一旦これで「暫定決定稿」とさせてもらって仮の塗りの作業に入る準備を始めました。それが6月13日。作業を進めながら、もう一度色を考えていきました。このモデルに足りないものは何か? そして出てきたのが、あのピンクの髪の眞悧でありました。
「うん、まあやっぱりこうなるかな……」と監督。こうして眞悧が固まりました。6月23日の夜のことでありました(笑)。第1話放送まで1ヶ月を切って、もうホントにオープニング作業のギリギリでありました。
で、オープニングはそれでよかったんですが、問題の9話、実は眞悧のコスチュームが、初登場では図書館の職員なコスチュームに(笑)。なのでこっちも急遽修正でありました。
そんないろいろを経て決定していった眞悧でありました。とにかく彼は物語において重要な鍵であることはわかっていましたが、まだこの9話を制作してる時点では物語のラストがどうなるのか? 果たして眞悧の正体とは一体? ということはまだまだ遠く霧の中、監督の頭の中だったのでありました。

さて、この9話、オンエア版とBlu-ray/DVD版とで違ってる個所があります。空の孔分室の最深部、眞悧とプリンセス・オブ・クリスタルのシーンです。
最初に作ったとき、プリクリのコスチュームの陽毬の瞳をいつものピンクで彩色してあったんですが、実はそれが僕の中ですごく引っかかってて。というのも、帽子に操られてる時は瞳→ピンク、という記号にしていたんですが、このシーン、実は陽毬はプリクリのコスチューム着てるけど操られてるわけではないんではないか? と。で、幾原監督に相談したのです。
「う〜ん、そうかも知れない。でもまあどっちでも……」
結局判断を委ねられまして、で、Blu-ray/DVD版では、ピンクの瞳を陽毬の色の瞳に修正させていただきました(意図的にそのままピンクのカットもありますけど)。なので細かい考察をされてる方にはさらなる「種」を蒔いてしまいましたが(笑)。

第185回へつづく

(12.06.19)