色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第35回 昔々……(26) 『聖闘士星矢』その13 「聖闘士星矢ハーデス十二宮編」最終話のこと

先日、注文してあった『レミーのおいしいレストラン』のDVDが届いたので、さっそく自宅の37インチ「世界の亀山モデル」で奥さんと観ました。

やっぱり3DCGのアニメーション映画は、こういう環境で観るのもいいですね。もうね、すっごいキレイでびっくり。ネズミの大群がわらわらわらわらって動く画面なんてもうそれはそれは……(笑)。

この『レミーのおいしいレストラン』、僕的に今年イチバンのアニメですなあ。画面もすばらしいし、なによりホントに悪いヤツがひとりも出てこない。コレが肝心。誰も殺されたりしないですしね。あの評論家のイーゴだって、いろいろ邪魔してたシェフだって、最後にはラタトゥーユ食べてほんわりだったしね。こういう映画は何度でも観たいなあ。

最後のエピローグのシーンで一緒に観てた奥さんが一言。「あの評論家、顔少し太ったね」

劇中、主人公のリングイニがイーゴとの初対面で「食べ物が好きなのに痩せてますね?」と言ってるのだ。それを受けてエピローグでは、性格だけじゃなく、ビジュアルも少し「ふっくら」させてるのだろう。ううむ、なるほど。そこまでは気づいてなかったなあ。

やっぱり映画やアニメは、誰かと一緒に観るとよりおもしろいですね。

あ、あと、おいしい料理も、ですが(笑)。

さてさて。

全13話の『聖闘士星矢 ハーデス十二宮編』、回を追うごとに僕らスタッフのテンションも上がっていきました。DVD発売前にスカパー!での先行放映があったため、完成・納品をその先行放映に合わせて行かねばならず、シリーズ後半、特に9話を過ぎたあたりから、かなり厳しいスケジュールになっていました。それでも、一旦盛り上がっちゃったものは、もうあとには退けません。毎回、ホントぎりぎりまで粘っての納品が続いていました。

この『聖闘士星矢 ハーデス十二宮編』では、第1話は色指定・検査まで自分ですべて担当したのですが、第2話からは佐久間ヨシ子さんが担当。ダンガンピクチャーズにグロス制作をお願いした話数では、旧作TVシリーズ時代、ライフワーク制作話数で色指定を担当してくださった鈴城るみ子さんが、仕上検査と特殊効果で参加してくれました。僕が出した色彩設計にさらにひとさじエッセンスを加えて、お話のボリュームを膨らませてくれました。

色彩設計はシリーズ、あるいはその話数の色の設計図を作り上げますが、それぞれの話数では、やはり要は色指定、そして検査です。

たとえば、「色彩設計から出てるこのシーンのキャラクター色指定はこういう明るさ、こういう色だけど、でもこのカットはもうちょっと影を強くして印象を足そう」とか。

色彩設計さんの中には「絶対に全部私の言うとおりにやって!」という方もいらっしゃると思いますが、僕は「基本に沿った形を守ってくれれば、足せるところは足してくれればいい」と思っています。僕らは絵コンテを基本に流れを設計していきますが、アニメーションは生き物です。確かに絵コンテではこういう芝居だけど、作画によって変更されていくことも多いのです。それをその都度、実際の作画を確認していくことってなかなか難しかったりします。

上がってきてる実際の作画の流れ、お話・演出意図、そして画面の冴えを考えながらの少しずつ足し引きは、色指定さんの真骨頂です。そして実際にひとつひとつのカットの作画(原画、動画)に相対して、その画にふさわしい「色」を指定し、さらに塗り上がりをコントロールしていくときに、センスや経験がモノを言うのです。

で、絶対の信頼を置いて色指定をお願いしていた佐久間さんが、別作品の色彩設計の仕事に持って行かれてしまって(泣)、シリーズラストの3本は再び僕が色指定を担当することになりました。毎回完成した話数を見つつ「やっぱり最後は自分で色指定やってみたいな」と思っていたのも事実(笑)。もうお話は佳境! いやが上にも気持ちが入っていきました。そして最終話。これがホントに「最後の『星矢』かも」という思いもあって臨んだ最終話です。そして演出は山内監督。自分の集大成のつもりで闘ったのでした。

僕の最終話の闘いは、スケジュールは13本中最高に短いものでしたが、それはもう最高に楽しい闘いでありました。まさに『真紅の少年伝説』のリベンジ戦です(笑)。

山内監督の持つ「間(ま)」の感覚。キャラとキャラの距離感、呼吸の「間」、アクションを重ねていく時の「間」が、たぶん一番『星矢』に合ってるんじゃないかと思います。とりわけこの最終13話は、それらが見事に凝縮されてたんじゃないかな、と思います。

打ち合わせ自体はいつもサックリ終わるのです。気になってるところ、重要なポイント中心に打ち合わせして、あとは「ヨロシク」と。この時もそんな感じでした。で、そこからが僕の闘いです。

この最終13話はほぼ全編ハーデス城内の攻防戦なのですが、光と影、場面場面によってすべてのシーン、特殊彩色です。シーンごとに色味を決めて設計していくのですが、時間が足りず、なかなかBGが上がってきません。本来ならばちゃんと色を決めてから動仕(動画+仕上げ作業)にまわすべきなのですが、自分のところで原画を止めておくわけにはいきません。ただでさえ足りないスケジュールです。少しでも作画の作業は先に進めたい。

なので、「たぶんこんな感じ!」というカンで色を作って動仕発注していきます。で、BG上がってきてから合わせてみて、そのままOKだったらラッキー、ダメなら頑張って塗り替え、という感じで。いくつかのシーンはそんな感じで色指定していきました。結果、おおむねバッチリだったのですが、ああ、結局いろいろいじりたくなって、ほとんど自分でTP上がりを修正していました(苦笑)。

それにしても、やっぱり実際の作画に触れられるのは楽しいです。手元にまわってくる原画をチェックしながら、ゾクゾクしてました。すばらしい原画や動画が上がってくると嬉しくなるのと同時に緊張するのです。「しっかりいい色つけていい画面に仕上げなきゃ!」そんな気持ちで緊張します。さすがに最終話、どのカットもみんな素晴らしい原画だったのですが、とりわけ僕的に緊張してワクワクしたのが、パンドラの部屋でのラダマンティスと星矢たち4人の肉弾戦アクションのシーン。流れるような作画。まさに作画の冴えですよ!

こういう原画に触れられて、テンションも上がって大変だけど楽しく仕事させてもらってると、ああ、このままこのずっとこの話数の作業していたい、とか思っちゃうのですね(笑)。

でも、まあ、そんなわけにもいかず(苦笑)。

すべてのセルを撮影に入れて、ラッシュチェックを重ねていきます。そして、ラスト。ハーデス城の崩壊カットにOKを出して全カット終了。なんと、放送の前日の朝でありました。

こうして『聖闘士星矢 ハーデス十二宮編』は終わりました。おかげさまで、この『聖闘士星矢 ハーデス十二宮編』がDVD売り上げで大ヒット。それを受けて、このあと劇場版『聖闘士星矢 天界編序奏 〜overture〜』そして『冥界編』『エリシオン編』と作られていくことになるのですが、まあ、その話はいずれまた。

余談ですが、2001年のゴールデンウィーク、新婚旅行でギリシャに行ってきました。エーゲ海の島で過ごしてきたのですが、その時、デロス島という小さな島へも行ってきました。世界遺産に指定されているこの島には、島中に神殿とか彫刻とかローマ時代の遺跡が残っているのです。さながらサンクチュアリですよ。で、その島の中心にそびえるキントス山の山頂に登って眼下に広がる遺跡群を見渡したとき、ああ、ひょっとしたら聖闘士たちが見ていた光景もこんなだったのかも、と思えました。ちょっと感動。なんかね、その辺に青銅色した聖衣の箱が落ちてそうな、そんな気がしたのでした。

■第36回へ続く

(07.11.27)