第57回 昔々……(38) ふと思い出して『わが青春のアルカディア』アルバイトの話
2週に渡って連載お休みさせていただいてしまってすみません。本業のお仕事がいろいろ追い込みその他いろいろでありまして、なかなかまとめて原稿書ける状況になかったのであります。楽しみにしてくださってるみなさん、ごめんなさい。
そうなんですよ! 考えたらこのアニメスタイルの執筆陣、僕以外の方ってライターさんだったり絵描きさんだったりと、みんな書くこと(描くこと)のお仕事の方ばかりじゃないですか! 僕はそもそも「色」のヒトなので、そんなに書いたり描いたりってしないんですよ。
……と、まあ、ちょっと言い訳(笑)。
今後もまたそんなこんなでお休みさせていただくこともあるかもですが、でもなんとか、今週から復活です。さあ、がんばろう〜(遠い目)。
さてさて。
少し前に懐かしい作品のDVDを購入しまして、で、ずっと鞄に入れてあちこち持ち歩いてたんですが、先日やっとこさ、観ることができました。
劇場用作品『わが青春のアルカディア』。原作/松本零士、監督/勝間田具治、キャラクターデザイン&作画監督/小松原一男、美術監督/伊藤岩光。1982年東映動画作品であります。
この作品、僕が仕上げのアルバイトを始めた年の夏休みの公開でして、ちょっとした思い出があったんですよ。そんなわけで、今週はちょっとかなり時間遡って、僕のアルバイト時代のお話です。
「ちょっとですね、お願いしたい仕事があるんで……」
その年のたしか6月だったか7月だったかのある日、バイト先の仕上げプロダクション「こずえアニメ」の社長から電話で呼ばれまして。
「これをね、お願いしたいんですよ」
西池袋にあったスタジオ(というか作業場ですね)に行くと、目の前のガラスの応接テーブルにはなにやら分厚い、そしてデカイ大判のカットがありました。カット袋には『わが青春のアルカディア』の文字。「おおっ! 劇場作品のお仕事だ!」と僕。実はバイト始めて日も浅かった僕は、まだ劇場用作品の彩色仕事ってやらせてもらえていなかったのです。
「このね、炎のセル、塗ってほしいんですよ」
そう言ってカット袋から動画を取り出す社長。動画サイズはだいたい230フレーム以上もの大判動画。だいたいA2サイズくらいですかね? その動画用紙に描かれていたものは、くねくねと走る細い炎の動画でありました。基本2色塗りで、1枚の動画に1〜2本の炎が走っています。それが、セル重ねでABCDEFくらいまであったかなあ?
聞けばそれは劇中のクライマックスで登場するプロミネンスだかなんだかのカットとのこと。こんな感じのカットが数カットあって、当時の東映系仕上げ数社で分けあって請け負ったらしいのですね。
で、「こずえアニメ」分の炎カットを、僕と先輩のS田さんとで塗ることになったのです。
デジタル彩色となった昨今では、乱暴な言い方敢えてしますが、TV用作品も劇場用作品も、その塗り上がりに塗り手の力量差は正直ほとんど出ないんですが、セル彩色の時代には、トレスにしろ彩色にしろ、その技術的力量差はでき上がりの差として歴然たるものがあったのです。
なので当時「こずえアニメ」では、劇場作品の彩色を担当できるのは社内ベテランスタッフと外注さんスタッフのごく一部に限られていました。ガンガン枚数を仕上げられる外注さんスタッフが数名いたのですが、やはり彼女たちは「TV作品クオリティ」の彩色レベルでありまして、そういう方たちには原則として劇場作品はちょっと出せなかったりしてました。
こう書くとTV作品のレベルが低いように取られちゃいそうですが、「こずえアニメ」の彩色のレベルは、実はそこそこ高い位置にはあったのですよ(後に僕が東映動画に入って他の東映系仕上げ会社の塗り上がりのセルを見るようになってさらに実感したのであります)。
「これ、色トレスですよね?」と僕。
セル仕上げにおいて、鉛筆描きの線の動画はトレースマシンでその線をセルにカーボン転写して塗るのですが、いわゆる「色トレス」の絵柄は、トレースマシンでは線が転写できないので、敷き込んだ動画の絵柄をなぞってペンで直接セルに描いていくわけですね。
当時セル仕上げの作業工程では「ハンドトレス」と「彩色」を作業者を分けることも少なくありませんでしたが、「こずえアニメ」ではあえて作業者を分けずに「塗る人がトレスも全部する」という方針でありました。ですので、この「炎カット」も塗りを作業する僕らが、色トレスも全部やるんだろうと思ったわけです。
でも、先にも書きましたが、僕はまだ始めて間もない新人です。劇場作品なのにそんな新人の力量のトレスで大丈夫なのか? とか、思ってたのですね。
「これね、トレスしなくていいです」
「へ?」
「直接塗っちゃってください」
「えっ?(汗)」
そうなのです。通常はまず表から色トレスをしたセルを裏返して塗る、のですが、今回は色トレスをせず、いきなりウラから動画をなぞって塗る、ということなのです。しかも……。
「仕上げ机が空いてないし大判だからここで塗ってください」そう言って社長は応接テーブルを指さしたのです!
そしてその夜から闘いが始まりました。
ガラスの応接テーブルにZライトを固定して、ガラスの下から光を当て「なんちゃって大判用ライトテーブル」とし、その上でアニメタップとゼムクリップとセロテープとで動画とセルをずれないように固定して、慎重に筆で塗っていくのです。色は2色。B‐3(赤)とOR‐3(オレンジ)。筆は業界御用達のセーブル長峰。幸い比較的塗りやすい絵の具だったので、可能な限りゆるめに絵の具を溶いて、セルの上で絵の具を均一な厚みにのばしていきます。
最初のうちはおっかなびっくり、ゆっくりゆっくり塗っていましたが、段々コツがつかめてくると、手慣れてきていいペースになっていきました。先輩のSさんや他のスタッフとの会話も楽しくて、なんか文化祭の準備でもしてるような錯覚に陥ります(笑)。
時間は進み、時計の針は深夜0時を越えていきました。僕はと言えば、慣れと睡魔からミス連発(苦笑)。動画用紙をウラ返さず塗り始めちゃったり、思わず居眠りしちゃってヘンなとこまで塗っちゃったり(苦笑)。とにかく朝まで作業して一度撤収です。とにかくちっちゃな会社だった「こずえアニメ」、仕事場が狭いので人の出入りが多い日中は作業がしにくかったのと、そうそう、僕は学生だったので昼間は学部に講義受けに行ってたのでした(笑)。で、夕方会社に戻ってきて作業再開。
枚数は全部でどれくらいあったんだろう? さすがにもう憶えていませんが、結局2人して2晩作業したので、そこそこの枚数はあったんですよ。たしかその時、1枚500円のバイト料をもらったのを憶えてます。
それからもう20数年経っちゃいました(笑)。
思えばこの体験が、いまこうしてアニメ作る仕事に就いてる、そのきっかけのひとつだったのかも知れないですねえ(笑)。ちなみに一緒に塗ったS先輩は、作画、演出で活躍中。最近では『いたKiss』でキャラデのひとりだったりしてます。
さて、この『わが青春のアルカディア』、公開当時も観に行ったような気もするんですが、もう全然内容なんて憶えてなくって、今回DVDで見直して「ああ、こ〜んなお話だったのか!」と、ちょっとビックリ(苦笑)。う〜む、微妙な作品でしたね(苦笑)、しかも長いし(上映時間2時間10分)。
でもね、これがあの頃の東映劇場作品の「気分」だったんだよなあ、と懐かしく観ることができました。自分たちが塗った炎のセルのシーンは、ちょっと嬉しい気持ちで観られたので満足でありました(笑)。
■第58回へ続く
(08.07.08)